朝倉かすみの名言55選

直木賞作家・朝倉かすみの名言55選。インタビューや受賞会見で語った創作と生き方の言葉36件と、『平場の月』『田村はまだか』『けんぐゎい』など作品の名セリフ19件を、言葉が生まれた背景とともに解説します。
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「間違った人のほうが面白いの」「デビューは43歳で、老婆作家になりたかった」。小説家・朝倉かすみの名言には、うまく生きられない人をそのまま肯定する力があります。この記事では、インタビューや受賞会見で本人が語った言葉36件と、『田村はまだか』『平場の月』『けんぐゎい』『よむよむかたる』などの作品に登場する名セリフ19件、あわせて55件を集めました。
ひとつひとつに、いつ、どんな場で出た言葉なのかを添えて解説します。市井の人々の可笑しさと切なさを描いてきた作家の言葉は、派手に励ましてはきません。そのかわり、平場で生きる毎日を、少しだけ見上げる角度に変えてくれます。
55件のなかから、心に留めて帰れる一本が見つかればうれしいです。

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朝倉かすみとはどんな人物か

朝倉かすみは1960年生まれ、北海道小樽市出身の小説家です。デビューは43歳のとき。2009年、スナックで同窓生たちがひとりの友を待ち続ける『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞を受賞しました。2018年の『平場の月』は50歳で再会した男女の恋と病を描き、のちに映画化されています。2026年には初めての時代小説『けんぐゎい』で第175回直木賞を受賞。女性最年長での受賞でした。描くのは、特別ではない市井の人々の可笑しさと切なさ。北海道の言葉を会話に生かし、細部の積み重ねから感情を立ち上らせる作風で知られます。

朝倉かすみ自身が語った言葉

まずは、インタビューや受賞会見、エッセイで朝倉かすみ本人が語った36の言葉から。創作の方法について語った言葉が多いのですが、読んでいくと、そのまま生き方の話として響いてきます。

名言1【朝倉かすみ】感情は小さいものの積み重ねから生まれる

細部に神が宿るって言うでしょう。ケンカをしたり、別れたり、好きになったり、そういうのって小さいものの積み重ね

(朝倉かすみ)

出典:映画『平場の月』公開記念インタビュー(sitakke.jp)
映画『平場の月』の公開にあわせたインタビューで、大切にしているものを問われて出た言葉です。感情は大きな事件からではなく、細かいものの積み重ねから「立ち上る」のだと朝倉かすみは考えています。「また同じことで揉めてしまった」と落ち込む夜、その小さな摩擦を気にしすぎと片づけなくていいのかもしれません。ケンカも別れも、小さいものでできている。そう見ると、何でもない一日の手ざわりが少し変わります。

名言2【朝倉かすみ】細かいことを書くと何かが立ち上る

細かい、小さいことを書くことで、立ち上るものがあると信じているんです

(朝倉かすみ)

出典:映画『平場の月』公開記念インタビュー(sitakke.jp)
同じインタビューで、創作の信念を一言にまとめた言葉です。「立ち上る」という動詞に、朝倉かすみらしい感覚が出ています。湯気のように、書いた本人も予期しなかった何かが行間から昇ってくる。大きなテーマを掲げるより、目の前の細かいことを丁寧に拾うほうが、結果として遠くまで届く。仕事の報告でも、具体的な一つの場面を差し出したときに相手の顔が変わった経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。

名言3【朝倉かすみ】むき出しで喋らせたいときは北海道の言葉

私がよく聞いていたのと違う言葉で会話しているのを聞いたり、自分で書いたりすると、本当のことを言ってない、根ざしてない感じがするんですよ。女性の発言が勝手に女言葉に翻訳されるとか、今問題になっているああいう感じに近いです。だから、本当にむき出しで喋らせたいときは北海道の言葉がいいですね

(朝倉かすみ)

出典:『にぎやかな落日』刊行記念インタビュー(honsuki.jp)
『にぎやかな落日』の刊行記念インタビューで、登場人物に北海道の言葉を使わせる理由を語った場面です。標準語で書くと「根ざしてない感じがする」とも続けています。むき出しで喋らせたいときほど、育った土地の言葉がいい。会議でもSNSでも、整えた言葉を使うほど本音から遠ざかる感覚は、多くの人が知っているはずです。気取らずに話せる相手や場所を持っていること。それが、自分の言葉を取り戻す場所になります。

名言4【朝倉かすみ】体の反応には負けると決めている

身体感覚というのは、最初から意識しています。体の反応には負けるだろうって思っているんです。

(朝倉かすみ)

出典:「作家の読書道」第96回(WEB本の雑誌)
2009年の「作家の読書道」で語られた執筆姿勢です。頭で考えた理屈より、体の反応のほうが先に本当のことを知っている。だから体に負けることを前提に書く、と朝倉かすみは言います。「疲れているけれど、もう少し頑張ろう」と体の声を後回しにしてしまう日に、思い出す価値のある言葉です。抗うより、まず受け取ってみる。肩の重さや胸のざわつきを敵ではなく情報として扱えたとき、自分への理解は一段深くなります。

名言5【朝倉かすみ】デビューの時から決めていたこと

フィジカルに書くということはデビューの時から決めています。

(朝倉かすみ)

出典:「作家の読書道」第96回(WEB本の雑誌)
同じインタビューでの宣言です。デビュー時から「フィジカルに書く」と決めていたと、朝倉かすみは言い切っています。考えをまとめてから書くのではなく、体を動かすように書き始め、書きながら考える。この順番は小説以外にもあてはまります。企画書も相談のメッセージも、頭の中で整えようとするほど詰まる。手を動かしてしまえば、思考はあとから追いついてくる。そう知っているだけで、最初の一行のハードルは下がります。

名言6【朝倉かすみ】完璧でない人物ばかり描く理由

間違った人のほうが面白いの。私が間違いがちだから。

(朝倉かすみ)

出典:「作家の読書道」第96回(WEB本の雑誌)
完璧でない人物を描く理由を問われての答えです。「私が間違いがちだから」という続きが率直で、朝倉かすみの作風の芯があります。間違う人は、試して、感じて、動いてきた人でもあります。失敗した日に「また間違えた」と責める声が頭に響くとき、この言葉はその声を別の角度から照らします。正しさだけで組み立てた人より、間違いながら進む人のほうが面白い。そう言ってくれる小説家がいることを、覚えておきたくなります。

名言7【朝倉かすみ】自分のことは一番分からない

自分のことなんて一番分からないしね。

(朝倉かすみ)

出典:「作家の読書道」第96回(WEB本の雑誌)
同じインタビューで、人が「素」で話せなくなった時代について語る中で出た一言です。登場人物の内側を書き続けてきた人が、自分のことは一番分からないと言う。その率直さに救われる気がします。「自分がどういう人間なのか分からない」と焦る時期は、誰にでもあります。分からないのが当たり前だとしたら、焦りは少し薄まります。分かろうとするより、小さく気づくことを重ねるほうが、自分には近づけるのかもしれません。

名言8【朝倉かすみ】思うことまで検閲してしまう時代に

心の中で思うことすら、今はできないんじゃないかって思う。

(朝倉かすみ)

出典:「作家の読書道」第96回(WEB本の雑誌)
現代人の自意識の肥大について語った言葉です。他人の目を内側に住まわせすぎて、思うことまで検閲してしまう。朝倉かすみはそこに時代の息苦しさを見ています。「こんなこと考えてはいけない」と、口に出す前の段階で自分を止めた経験は、誰にでもあるはずです。ただ、止めている自分に気づけているなら、心の声はまだ生きています。誰にも見せないところでだけは、思うことを許しておく。その余白が、内側に風を通します。

名言9【朝倉かすみ】きっかけは常に複数ある

この小説を書いたきっかけは、わたしの場合、常に複数だ。こころのなかに散らばっている、たくさんのかたちのないもののいくつかを繋ぐと、どうしたものか、『この小説』ができあがる。

(朝倉かすみ)

出典:エッセイ「散らばっていたもの」(『満潮』刊行エッセイ、Book Bang)
2017年の『満潮』刊行にあわせたエッセイの冒頭です。きっかけはいつも複数で、心に散らばった形のない断片が繋がったときに「この小説」ができる、と朝倉かすみは書いています。考えがバラバラで整理できていない、と感じる時期に、この言葉は別の見方をくれます。散らばったままにしておくことは、怠けているのではなく、繋がる瞬間を待っている状態かもしれない。形のないものをそのまま抱えておく勇気も、創造の一部です。

名言10【朝倉かすみ】星座が見えたら、お話が始まる

夜空にてんでに瞬く星を眺めているうち、星座がひとつ、見えてくる感じである。見えたら、お話が始まるのである。

(朝倉かすみ)

出典:エッセイ「散らばっていたもの」(『満潮』刊行エッセイ、Book Bang)
同じエッセイで、物語が始まる瞬間を星座にたとえた一節です。てんでに瞬く星を眺めているうちに、ある夜ふっと線が見えてくる。見えたら書き始める。この比喩には、待つことへの信頼があります。何から手をつければいいか分からないときほど、人は答えを急ぎます。けれど視野を狭めて探すより、関係なさそうな点をいくつも眺めているほうが、線は現れやすい。繋ぐのはあとでいい、と言ってもらえた気がする言葉です。

名言11【朝倉かすみ】創作の根底にある、ある感情

私が私でごめんなさい、という気持ち

(朝倉かすみ)

出典:朝倉かすみインタビュー「”あばたを負った女性”の尊厳を描いた理由」(RealSound)
『けんぐゎい』をめぐるインタビューで、創作の根底にある感覚を自己分析した言葉です。自己否定とも取れる感情を、朝倉かすみは消すべきものとせず、書く力の源として引き受けています。「自分みたいな人間がここにいていいのか」と小さくなった経験のある人には、この告白は深く届くはずです。謝りながら生きてきた人の目だからこそ、見える景色がある。消せない違和感を持ったままでいいと、遠回しに許してもらえる一言です。

名言12【朝倉かすみ】生まれた瞬間に誰かが祝福する

たとえ親が望んでいなかったとしても、誰かが祝福せずにはいられないものなのだと思いました

(朝倉かすみ)

出典:朝倉かすみインタビュー「”あばたを負った女性”の尊厳を描いた理由」(RealSound)
同じインタビューで、『けんぐゎい』の出産シーンを書いたときの実感を語った言葉です。親が望んでいなかった命でも、生まれた瞬間に誰かが祝福せずにはいられない。書きながらそう気づいたといいます。「自分は望まれて生まれたのだろうか」という問いを抱えて大人になった人がいます。期待に応えられなかったと責めてきた人も。けれど存在は、値踏みされるものではない。そう受け取るだけで、呼吸が少し深くなる言葉です。

名言13【朝倉かすみ】真面目に受け取ってもらえなかった夢

デビュー当初からずっと時代小説を書きたかったのですが、真面目に受け取ってもらえなくて

(朝倉かすみ)

出典:『けんぐゎい』著者インタビュー(文春オンライン)
直木賞候補インタビューで語られた、長年の渇望です。時代小説を書きたかったのに、真面目に受け取ってもらえなかった。それでも願いは消えず、二十年以上を経て『けんぐゎい』で実現しました。「本当はこれがやりたい」と口にしたとき、苦笑いで流された記憶のある人もいるでしょう。周りの反応が願いの価値を決めるわけではありません。聞いてもらえなかった夢は、終わったのではなく、順番が来ていないだけかもしれません。

名言14【朝倉かすみ】直木賞受賞会見で語った43歳のデビュー

デビューは43歳で、老婆作家になりたかった。ものすごくうれしい

(朝倉かすみ)

出典:第175回直木賞受賞会見(時事ドットコム等)
2026年7月15日、直木賞受賞会見での言葉です。女性最年長の受賞と告げられて、43歳でのデビューを振り返り、「老婆作家になりたかった」と答えました。目指したのは早い成功ではなく、年を重ねても書き続けている姿だったのです。「もう遅い」と諦めかけている人にとって、静かな反証になる言葉です。スタートラインは年齢で決まるものではなく、自分で引き直せる。遅咲きという言葉さえ、この人の前では似合いません。

名言15【朝倉かすみ】初めての時代小説を夢中で書いた

慣れないことばかりで夢中で書いた。頑張って考えたのが大きかった

(朝倉かすみ)

出典:第175回直木賞受賞会見(時事ドットコム)
同じ受賞会見で、初めての時代小説『けんぐゎい』の執筆を振り返った言葉です。長いキャリアの作家が、慣れないことばかりだったと認め、それでも夢中で、頑張って考えたのだと言う。その率直さが心をつかみました。新しい部署、初めての役割。うまくできているか分からないまま進む時期は、誰にでもあります。「必死に考えた」事実は、結果がどうであれ残ります。慣れないことに夢中になれる自分を、少し誇っていいのです。

名言16【朝倉かすみ】多様に読まれるものを目指してきた

そういう読まれ方をするものを書きたいと思っていた

(朝倉かすみ)

出典:第175回直木賞受賞会見(時事ドットコム)
受賞会見で、選考委員から多様な解釈ができると評されて答えた言葉です。ひとつの正解を押しつけるのではなく、読んだ人が違うものを受け取り、語り合いたくなる。そんな読まれ方を目指していた、と朝倉かすみは言います。「誰かの心に残るものを届けたい」と思いながら、届け方が分からずにいる人は多いはずです。派手な感動ではなく、静かに居着くもの。願いの形がはっきりしているだけで、進む方向は決まってきます。

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名言17【朝倉かすみ】感動を演出しないという鉄則

泣かせることを狙うのは絶対に駄目

(朝倉かすみ)

出典:『平場の月』著者インタビュー(小説丸)
2018年、『平場の月』のインタビューで語られた執筆の鉄則です。感情のうねりを演出するのではなく、むしろ鎮める方向を意識したと続けています。大人の恋と病を描きながら、あえて涙を狙わない。その抑制が、読者の胸に深く落ちました。「もっと感動させなければ」と力むほど、言葉は空回りします。誰かに伝えたいことがあるとき、飾らずに事実を置くほうが届くことがある。狙わない誠実さが、いちばん遠くまで届くのです。

名言18【朝倉かすみ】読書会で見た「もともとの母」

読書会に参加している母は、「母親」でも「妻」でもなくて、”もともとの母”に見えました。それまで、家族にも親戚にも見せなかった顔つき。たいそうフレッシュな老人でした

(朝倉かすみ)

出典:『よむよむかたる』直木賞候補インタビュー(文春)
2024年、『よむよむかたる』の直木賞候補インタビューで、執筆のきっかけになった母親の読書会見学を語った場面です。そこにいたのは「母親」でも「妻」でもない、家族の誰も見たことのない顔つきの母だったといいます。役割の名前でしか自分を見られなくなる時期は、誰にでもあります。社員、親、長男。その肩書きの手前に、もともとの自分がいる。その人を久しぶりに思い出すだけで、少し息がしやすくなります。

名言19【朝倉かすみ】何かが始まる直前の空気

会が始まる直前、一瞬場が静まり、『楽しくて、でもちょっと緊張するような何か』の始まる気配が満ちるんです。子供の頃に戻ったかのような、お勉強のようなお楽しみ会のような学芸会のような、何かすごく楽しいことへの期待。その空気を作品に込めたいと思いました

(朝倉かすみ)

出典:『よむよむかたる』直木賞候補インタビュー(文春)
同じインタビューで、読書会が始まる直前の空気を描いた言葉です。一瞬場が静まり、学芸会のような、お楽しみ会のような期待が満ちる。朝倉かすみはその気配を小説に込めたかったのだと言います。この感覚は、年齢を問わず訪れます。プレゼンの直前、新しい職場の初日、久しぶりに会う人を待つ数分。胸がざわつく時間を、不安ではなく「始まりの気配」と呼び直してみる。この空気を感じ取れるなら、感性はまだ十分に生きています。

名言20【朝倉かすみ】テーマは書き始めた後に立ち現れる

テーマというのは書き始めた後に立ち現れるもので、どの作品も「このテーマを伝えたい」という思いで書き始めたわけではありません

(朝倉かすみ)

出典:VERYウェブインタビュー(veryweb.jp)
直木賞受賞後のVERYウェブのインタビューで語った言葉です。どの作品も「これを伝えたい」から始めたわけではなく、書き進めるうちにテーマのほうが姿を見せる。小説以外の場面でも助けになる順番です。「なぜやるのか、まだ分からない」という迷いで企画の手が止まるとき、意味を先に用意しなくていいのです。動いた先で、やっと見えてくるものがある。走りながらテーマを拾っていけばいいのだと背中を押してくれます。

名言21【朝倉かすみ】少数派だったことが作家には幸いした

周囲と同じように振る舞えず、ずっと少数派と思ってきましたが、作家になるうえではよかった

(朝倉かすみ)

出典:VERYウェブインタビュー(veryweb.jp)
同じインタビューで、少数派だった経験を創作の強みとして語った言葉です。周囲と同じように振る舞えなかった感覚が、小説では登場人物の特徴として生きたのだと言います。「空気が読めない」「浮いている」と感じるたびに縮んでいく自分を知っている人には、小さな転換点になる言葉です。馴染めなかった目線は、他の人には見えないものを見ている目線でもある。誰かに刺さるための位置に、最初から立っていたのです。

名言22【朝倉かすみ】50歳を過ぎてゲームで気づいたこと

強くなっても大丈夫。むしろそのほうがいい

(朝倉かすみ)

出典:VERYウェブインタビュー(veryweb.jp)
同じインタビューで、50歳を過ぎてから始めたオンラインゲームの経験から出た言葉です。強いことがかっこいいという価値観に出会い、女性が強くあることへの後押しとして語っています。会議で言いかけた言葉を飲み込んだ日に、思い出したい一言です。強さは誰かを傷つけるためのものではなく、自分の場所に立つための足腰のようなものです。「むしろそのほうがいい」と言い切ってもらえると、次は口に出せそうな気がしてきます。

名言23【朝倉かすみ】小学4年生の主人公に込めたもの

誰もが見失いがちな“よきもの”を持っている子にしたかった

(朝倉かすみ)

出典:『ぼくは朝日』著者インタビュー(クロワッサン)
『ぼくは朝日』のインタビューで、小学4年生の主人公・朝日に込めた思いを語った言葉です。いいと思ったことを素直に伝えられる無垢さを描きたかったといいます。「自分には何もない」と感じる時期に、視点をくれる言葉です。よきものは消えたのではなく、見失われているだけかもしれない。礼を言われた瞬間や頼られた日の記憶は、そこにあったものの輪郭です。朝日という少年の目で、自分の中にあるものを探し直したくなります。

名言24【朝倉かすみ】ぶつかっても元に戻るのが家族

気づいたら元どおりになるのが家族のあり方なんだと思います

(朝倉かすみ)

出典:『ぼくは朝日』著者インタビュー(クロワッサン)
同じインタビューで、『ぼくは朝日』に描かれる父と子の関係を語った言葉です。ぶつかって距離ができても、気づけば元の場所に戻っている。家族をそういうものとして見ています。大切な人とぶつかった後、「これで終わりかもしれない」と不安になることがあります。無理に修復しようとして、かえってこじれることもある。大切な関係ほど、力まなくても戻ってくる。距離を置いて時間に任せる選択も、ひとつの誠実さです。

名言25【朝倉かすみ】85歳の読書会メンバーに驚かされる

年寄りを見ていると、驚きと好奇心が止まりません。ワンダーバイワンダーで、次から次へと驚かされる

(朝倉かすみ)

出典:『よむよむかたる』刊行記念対談(文春、books.bunshun.jp)
『よむよむかたる』の刊行記念対談で、中島京子に向けて語った言葉です。平均年齢85歳の読書会メンバーの個性と生命力に、驚きに次ぐ驚きだったと朝倉かすみは言います。年を取った人を「もう変わらない人」として見ない目線があります。毎朝同じ道を歩き、何にも驚かなくなった気がする時期にも、目を向ければ初めて気づくものはあります。同僚の口癖、空の色の変わり方。驚きは、見ようとした人の足もとに現れます。

名言26【朝倉かすみ】83歳のおもちさんを死なせなかった理由

最後に死なせないよとは思ってました。自分なりに楽しんでいるおもちさんが「今がずっと続けばいいな」と生きていく話

(朝倉かすみ)

出典:『にぎやかな落日』インタビュー(Book Bang / honsuki.jp)
『にぎやかな落日』のインタビューで、83歳のおもちさんの物語の結び方を語った言葉です。死の結末を選ばず、「今がずっと続けばいいな」と思いながら生きていく話として閉じた。その判断に、朝倉かすみの人間への眼差しが表れています。特別なことは何もなかった一日の終わりに、「悪くなかった」と思える夜も、きっとあります。今がずっと続けばいいと思えることは、贅沢でも怠惰でもない。静かで確かな人生の形のひとつです。

名言27【朝倉かすみ】特別な人はひとりも書いていない

みんな個性は強いけれど、特別な人は書いていません。だから、ある意味で本当によくある話になったと思います

(朝倉かすみ)

出典:『よむよむかたる』直木賞候補インタビュー(文春)
2024年の『よむよむかたる』インタビューで語られた言葉です。個性は強いけれど、特別な人はひとりもいない。だからこそ「本当によくある話」になったと、朝倉かすみは胸を張ります。「自分には特別なエピソードがない」と感じる人ほど、読んでほしい言葉です。よくある話だからこそ、読んだ誰かが「私もだ」と息をのむ。平凡だと思う日常の断片は、誰かと繋がる入口になります。特別でないことは、弱みではなく通路です。

名言28【朝倉かすみ】筋とは無関係に作品世界を決めるもの

ストーリーの展開とは関係ないところで作品世界を決定づけるものを短篇のほうが入れやすい

(朝倉かすみ)

出典:『にぎやかな落日』刊行記念インタビュー(honsuki.jp)
『にぎやかな落日』のインタビューで、落語の「フラ」を引きながら短篇の魅力を語った言葉です。筋とは無関係なのに、その場の空気を決めてしまう要素。それを入れやすいのが短篇だといいます。人も同じです。本筋とは関係のない雑談、ふと口をついた一言、昼休みの過ごし方。そういう余白こそが、その人の輪郭を決めています。成果や肩書きだけが自分を語るわけではない。本筋から外れた時間にも、自分らしさは宿っています。

名言29【朝倉かすみ】母を書いていたら、おもちさんになった

最初はうちの母親のことを書いてる感じだったんですよ。ただ、二、三篇書いたところで、「これはおもちさんだ」ってなりました

(朝倉かすみ)

出典:『にぎやかな落日』インタビュー(Book Bang)
『にぎやかな落日』のインタビューで、主人公おもちさんが生まれた経緯を語った言葉です。最初は母親を書いている感じだったのが、二、三篇書いたところで別の人物として動き出した。実体験がフィクションに変わる瞬間の告白です。誰かの真似から始めることに、後ろめたさを感じる必要はありません。先輩のやり方でも、繰り返すうちに「これは自分のものだ」と感じる瞬間が来る。そこに気づけたら、もう真似ではなくなっています。

名言30【朝倉かすみ】きっかけは母の読書会だった

きっかけは、八十歳を過ぎた母の参加する読書会でした。昔から、近所の主婦仲間と編み物や刺繍などをする『ちいさな集まり』を楽しんでいた母が、歳を重ねてもずっと続けているのが読書会。かれこれ二十年以上になるでしょうか。見学させてもらう機会があって、これはもう小説に書きたいなと

(朝倉かすみ)

出典:『よむよむかたる』直木賞候補インタビュー(文春)
『よむよむかたる』の執筆のきっかけを語った言葉です。編み物や刺繍を楽しんできた母が、二十年以上続けている読書会。それを見学して「これはもう小説に書きたい」と思ったといいます。大きなヒントは、遠くにあるとは限りません。家族の習慣、通い慣れた場所の光景。「これは何かになる」という予感は、身近なところに転がっています。母の読書会がそうだったように、あなたの隣にも、もう何かが置かれているかもしれません。

名言31【朝倉かすみ】足元ばかり見ずに、見上げてほしい

平場でうまく生きるって難しいということがひとつ、もうひとつは比喩的な意味で、足元ばかり気にして歩くのでなく、もっと見上げてほしい、夢を見てほしいという気持ちがありました

(朝倉かすみ)

出典:『平場の月』著者インタビュー(小説丸)
2018年、『平場の月』のタイトルの意味を問われて答えた言葉です。うまく生きるのは難しいという実感と、見上げてほしいという願い。二重の意味が込められています。特別ではない毎日を回していくだけで、人は十分にしんどい。そのしんどさの中で夢が消えていないなら、それで十分なのだと言っているように聞こえます。平場を歩きながら、ときどき月を見上げる。その姿勢が、この小説の主人公たちの生き方でもあります。

名言32【朝倉かすみ】短篇は早く終わるのがいい

短篇は早く終わるのが好きなんですよ(笑)。読むほうだって最初っから「短いぞ」って感じがするじゃないですか。読むのも書くのも短篇が好きですね

(朝倉かすみ)

出典:『にぎやかな落日』刊行記念インタビュー(honsuki.jp)
『にぎやかな落日』のインタビューで、短篇への愛着を語った言葉です。読む側も最初から「短いぞ」と分かっている、その気楽さがいいのだと笑いながら言っています。終わりが見えていることの気持ちよさを、もっと大切にしていい。長い目標に疲れた日は、ひとつだけ終わらせられるものを選ぶ。返信ひとつ、片づけひとつでも、「終わった」という事実は次の一歩を呼び込みます。小さく完結させることも、立派な前進です。

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短篇が好きだと語る朝倉かすみのように、短く完結するものには続けやすさがあります。ポケットAnchorが届けるのは、一日ひとつの言葉。アプリ独自の3,000を超える名言から、ウィジェットが毎日ひとつを選んで見せてくれます。読むのに数秒、それで終わりでいい。

名言33【朝倉かすみ】ぐちゃぐちゃでも、そう書くしかなかった

ぐちゃぐちゃっというか、形式的に何かちょっと普通の時代小説と違うところがあったと思うんですけど、自分ではどうしようもなくて、あのように書くしかなかった

(朝倉かすみ)

出典:直木賞受賞後インタビュー(文春オンライン)
直木賞受賞後のインタビューで、『けんぐゎい』の形式を語った言葉です。普通の時代小説とは違う書き方になったが、自分ではどうしようもなかったと認めています。「なんか変だな」と自分でも思う、整理できない感情や人と違うやり方があります。けれど、どうしようもなくそうなってしまう部分こそが、その人にしか出せない表現なのかもしれません。ぐちゃぐちゃのまま差し出す勇気が評価された作品でもあります。

名言34【朝倉かすみ】ベテランが初めてプロットを作った

今回から、プロットを作るようになったんです。先にプロットを作っておくと、文章に集中できる

(朝倉かすみ)

出典:『よむよむかたる』刊行記念対談(文春、books.bunshun.jp)
『よむよむかたる』の刊行記念対談で明かした、執筆方法の転換点です。この作品から初めてプロットを作り、骨格を先に決めることで文章に集中できるようになったといいます。やることが多すぎて進まない日に、ヒントをくれる話です。完璧な計画は要らない。先に大まかな枠だけ決めておくと、頭が本来の仕事に向かえる。ベテランが今からでも方法を変えられるのだと知ると、自分のやり方を見直すことも怖くなくなります。

名言35【朝倉かすみ】伝えようとせず、情報として置く

メッセージよりも、情報として贈る

(朝倉かすみ)

出典:Billboard JAPANインタビュー(WITH BOOKS)
2026年、『けんぐゎい』のインタビューで語られた執筆のスタンスです。読者に何かを「伝えよう」とするのではなく、作品の中に情報として置いておく。受け取り方は読む人に委ねる姿勢です。「こうしたほうがいい」と言うほど相手が遠ざかる経験は、誰にでもあります。言いたいことがあるときほど、感情より先に「何があったか」を差し出す。助言ではなく、見たものを贈る。その距離の取り方が、一番深く届く届け方になります。

名言36【朝倉かすみ】登場人物の皆が「圏外」の者

『けんぐゎい』は、世間並みではない人間、圏外の者を指します。ふゆだけではなく、宗三郎も、りよも、ふゆの朋輩で男より腕力があるつるも、この小説に出てくる皆は悉く、です

(朝倉かすみ)

出典:『けんぐゎい』著者インタビュー(文春オンライン)
文春オンラインのインタビューで、作品タイトルの意味を説明した言葉です。主人公のふゆだけでなく、宗三郎も、りよも、つるも、登場する皆が「圏外の者」なのだと明かしています。「また変なことを言ってしまった」と、世間の枠からはみ出す自分を責めてきた人にとって、この言葉は救いになるはずです。圏外の人たちは、物語の中で確かな輪郭を持っていました。枠の外にいることは、欠陥ではなく、ひとつの立ち位置です。

朝倉かすみが描いた作品の名セリフ

ここからは、朝倉かすみが作品の中で登場人物に語らせた19の言葉です。『田村はまだか』『平場の月』『けんぐゎい』『よむよむかたる』『満潮』『棺桶も花もいらない』から、場面とともに紹介します。

名言37【田村久志】小学6年生の田村が放った逆説

どうせ死ぬから、今、生きてるんじゃないのか

(田村久志)

出典:小説『田村はまだか』(光文社、2007年)
大雪の夜、スナック「チャオ!」で同窓生たちが田村を待ちながら語り合う『田村はまだか』。その回想の中で、小学6年生の田村が問題児の女子に投げかけた言葉です。子どもの言葉としては重いが、虚無ではない。どうせ死ぬのだからという前提をひっくり返し、だから今生きているのだと言い切る。何十年たっても同窓生たちが忘れずにいたことが、田村の在り方を物語っています。先が見えずに足が重い日、この逆説は燃料になります。

名言38【語り手】不在の友を思うとき心が澄む

田村のことを思うとき、おれたちの心は混じりけのないものになる

(語り手)

出典:小説『田村はまだか』(光文社、2007年)
『田村はまだか』で、田村を待つ同窓生たちの内面を描いた一文です。会話の中心は、いつまでも現れない田村。その不在の人物を思うとき、集まった面々の心から損得や見栄が抜け落ちていきます。大人たちが、ひとりの友を思うことで子どもの頃の澄んだ場所に戻る。小説の情感がこの一文に凝縮されています。評価や比較から離れて、ただ誰かを思って心が澄む瞬間。そういう相手がいると知っているだけで、人は少し強くなれます。

名言39【加持千夏(ちなっちゃん)】保健室の看護師が漏らした本音

誰か、とても暖かいひとの手で、こうして頭を撫でられながら眠りにつきたい夜が、あたしにだってあったりするのよ。大人になってもね

(加持千夏(ちなっちゃん))

出典:小説『田村はまだか』(光文社、2007年)
『田村はまだか』に登場する加持千夏、通称ちなっちゃんのセリフです。男子校の保健室で働く40歳の看護師で、生徒たちに慕われる存在。その彼女が漏らした、頭を撫でられながら眠りたい夜が自分にもあるという本音です。「大人になってもね」という結びに、強がりの奥の柔らかさが覗きます。頼られる人ほど、こういう夜を人に見せません。だからこそこの一言は、抱え込んでいる読者の肩に静かに手を置いてくれます。

名言40【須藤葉子】病を抱えた須藤が口にした小さな夢

夢みたいなことをね。ちょっと

(須藤葉子)

出典:小説『平場の月』(光文社、2018年)
『平場の月』第1章のタイトルになった、須藤葉子のセリフです。大腸がんを抱える須藤が、多くを語らずに「ちょっとだけ夢みたいなこと」を望む。書店員が「読後もしばらく涙腺を緩ませる」と評した言葉でもあります。整った夢でなければ口にしてはいけない、と思っている人は多いはずです。でも須藤の夢は、輪郭のぼんやりした「ちょっと」でした。それでも夢と呼んでいい。語尾の控えめさが、かえって切実さを伝えてきます。

名言41【須藤葉子】過不足のない幸せを言い切る

ちょうどよくしあわせなんだ

(須藤葉子)

出典:小説『平場の月』(光文社、2018年)
『平場の月』第2章のタイトルになった須藤のセリフです。病を抱えながらも、過不足のない場所で「ちょうどよく」幸せだと言い切る。映画に出演した井川遥がお気に入りの台詞として挙げた言葉でもあります。もっと頑張らなければ、と焦る日に、この言葉は静かに降り立ちます。幸せの量を増やすのではなく、今あるものを「ちょうどよい」と呼ぶ。須藤の受容の哲学は、残された時間の中で選び取られたものだからこそ重みがあります。

名言42【須藤葉子】50歳で出会えた、甘やかしてくれる人

この歳で甘やかしてくれる人に会えるなんて、僥倖だ。

(須藤葉子)

出典:小説『平場の月』(光文社、2018年)
50歳で再会した青砥と関係を深めていく中での、須藤のセリフです。思いがけない幸運を意味する「僥倖」という言葉を選んだところに、照れと驚きの大きさが表れています。大人は甘えてはいけないと、学んできた人は多いはずです。人に気を遣われると「悪いな」が先に立つ。須藤もそういう人だったからこそ、この言葉が出ました。優しくされた瞬間を、素直に幸運と呼ぶ。それができる人だけが、僥倖を僥倖として受け取れます。

名言43【須藤葉子】話しておきたい相手として選んだ人

話しておきたい相手として青砥はもってこいだ

(須藤葉子)

出典:小説『平場の月』(光文社、2018年)
『平場の月』第3章のタイトルになった須藤のセリフです。胸の内を預ける相手として、同級生だった青砥を選ぶ。告白ではなく「話しておきたい相手」という言い方に、対等な大人同士の距離感が出ています。話したいことがあるのに、誰に言えばいいか分からないときがあります。不安で結局黙ってしまう。そんなとき「この人になら」と思える顔がひとつ浮かぶだけで、心は軽くなる。須藤にとっての青砥は、そういう相手でした。

名言44【須藤葉子】死を前にして妹に語った言葉

合わせる顔がないんだよ

(須藤葉子)

出典:小説『平場の月』(光文社、2018年)
『平場の月』最終章のタイトルになった、須藤のセリフです。死を前にした須藤が妹に語った、結末を象徴する言葉です。自分を卑下するようでいて、相手を思う気持ちが滲んでいます。会いたくないのではなく、会う資格がないと感じてしまう。長く連絡を取れずにいる人を思うとき、覚えのある感情です。合わせる顔がないと思うのは、その人をまだ大切に思っている証でもあります。須藤の最後の選択が、胸に長く残る理由です。

名言45【青砥の母(認知症)、青砥健将】認知症の母と繰り返すやり取り

どちらさまですか? 息子の健将。 息子は死にました。

(青砥の母(認知症)、青砥健将)

出典:小説『平場の月』(光文社、2018年)
『平場の月』で、認知症の母と主人公・青砥健将が繰り返すやり取りです。息子として認識されない青砥が「息子の健将」と名乗るたびに、「息子は死にました」と返される。この短い反復は、作品の中でも特に印象的な場面です。名前を呼んでも、通じない。関係がすり抜けていく介護の時間を、朝倉かすみは余計な説明を足さずに描きました。それでも名乗り続ける青砥の姿は、伝わらなくても消えない愛の形として記憶に刻まれます。

名言46【語り手(地の文)】再会したばかりの二人の会話

アイドリングのような会話だった。つまり、まだ走っていなかった。

(語り手(地の文))

出典:小説『平場の月』(光文社、2018年)
50歳で再会した青砥と須藤が、酒を飲み始めた頃の関係を描いた『平場の月』の地の文です。本題に入らない世間話を「アイドリング」にたとえ、エンジンはかかっているのにまだ走り出していない二人の距離を一文で言い当てています。「うまく話せなかった」と感じる帰り道に、思い出したい比喩です。伝えたかったことを飲み込んだ会話も、止まっているわけではない。走る前の時間として必要だった、と後から分かる関係もあります。

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名言47【宗三郎】ふゆを傷つけ続けた男の言葉

おまえは、一生外側にいるしかないんだ。わたしらの側には入れない

(宗三郎)

出典:小説『けんぐゎい』(光文社、2026年)
『けんぐゎい』で主人公ふゆを生涯傷つけ続けた男、宗三郎の言葉です。「圏外」という題名の意味を、加害する側の口から突きつける残酷なセリフです。ふゆはこの言葉を否定して内側に入ろうとするのではなく、外側で生き抜いていく。だからこの言葉は、呪いであると同時に、ふゆの立つ場所を定めた言葉でもあります。外側にいることは、内側に飲み込まれずにいることでもある。宗三郎の意図を超えて、読者はそう読めます。

名言48【おこまさま(女医者)】技と魂を受け継がせる先人の言葉

ふゆ、おまえはわしになるのである。なろうことなら、わしよりわしになってくれ

(おこまさま(女医者))

出典:小説『けんぐゎい』(光文社、2026年)
『けんぐゎい』で、女医者のおこまさまがふゆに技と魂を受け継がせようとして語りかけた言葉です。世間並みの枠の外で生きながら、尊厳と技術を持つ先人から後継者へ。「わしよりわしになってくれ」という言い回しに、継承とは複製ではないという思想が込められています。受け継ぐとは、同じになることではなく、相手を超えて自分になること。手本を真似ることに後ろめたさを覚える人に、先へ進む許しをくれるセリフです。

名言49【けんぐゎい登場人物】我が身に起こることは選び取ったもの

我が身に起こるのは、みいんな、この手で選み取ったものなのよ

(けんぐゎい登場人物)

出典:小説『けんぐゎい』(光文社、2026年)
『けんぐゎい』の登場人物が口にする言葉です。「選み取った」という古風な言い回しと「みいんな」の揺れが、台詞に生身の体温を与えています。この言葉は、被害者としてではなく、選んだ者として人生を引き受ける姿勢を示しています。「なんで自分だけこうなるのだろう」と感じるとき、選び取ったという言葉は責める棒ではありません。自分が選んだ部分を見つけたとき、この手で変えられる感覚も少しずつ戻ってきます。

名言50【読書会メンバー】ほんとうにあなただけのお話ですか

ほんとうに、あなただけのお話ですか?あなたひとりでつくりましたか?モン

(読書会メンバー)

出典:小説『よむよむかたる』(文藝春秋、2024年)
『よむよむかたる』の読書会で、メンバーのひとりが投げかける問いです。語尾の「モン」に北海道の年配者の話し言葉の響きがあり、鋭さを和らげています。自分だけの経験だと思っていた話にも、誰かの言葉が染み込んでいる。物語は、ひとりではつくれない。この問いは、自分の人生を語ろうとするすべての人に向けられています。影響を受けたことを弱さと思わず、繋がりとして受け取る視点を、老人たちの読書会は教えてくれます。

名言51【読書会メンバー】知らなければ何事も起きていない

知らなければ万事なんという事はないのです。たとえ世界中の人たちが知っていたとしても

(読書会メンバー)

出典:小説『よむよむかたる』(文藝春秋、2024年)
『よむよむかたる』の読書会メンバーの言葉です。世界中の人が知っていることでも、自分が知らなければ何事も起きていないのと同じ。達観とも開き直りともつかない物言いです。「みんなが知っているのに自分だけ知らなかった」と恥ずかしくなる経験は、誰にでもあります。けれど知らなかった間は、何の問題もなかった。知った今から始めれば足りる。読書会メンバーたちの会話には、こういう肩の力の抜けた真理が転がっています。

名言52【読書会メンバー】本を読んで喋ることが生きがい

ココでみんなで本を読むこと!アでもないコでもないって喋ること!それがあたしの、あたしがたの、紛れもない生きがいなのサァ!

(読書会メンバー)

出典:小説『よむよむかたる』(文藝春秋、2024年)
『よむよむかたる』のクライマックスに近い場面で、読書会の老人メンバーが生きがいを宣言するセリフです。「あたしがた」という北海道弁的な複数形で仲間を含め、「紛れもない生きがい」と言い切る。生きがいという言葉を聞くと、もっと立派なものが必要な気がしてしまいます。けれど誰かと本を読んで、ああでもないこうでもないと話す時間。それで十分だと、人生の先輩たちは声を張って言い切ります。

名言53【読書会の会長】雪の中を到着した会長の挨拶

ヤァヤァ、どうも、どうもでした

(読書会の会長)

出典:小説『よむよむかたる』(文藝春秋、2024年)
『よむよむかたる』の冒頭近く、雪の中を読書会の会場に到着した会長の挨拶です。「ヤァヤァ」という独特の言葉遣いに、老人たちのユーモアと生命力が一言で表れています。何かを言っているようで、何も言っていない。それでいて、場の空気がぱっと温まる挨拶です。「どうも、どうも」と手を振るだけの別れにほっとした経験は、誰にでもあるはずです。言葉が軽くても、その場は繋がっている。会長の一言はその証明です。

名言54【眉子】そのままのわたしって、なに

ところで「そのままのわたし」ってなに?

(眉子)

出典:小説『満潮』(光文社、2017年)
『満潮』の登場人物、眉子の言葉です。「ありのままでいい」と言われることの多い時代に、では、そのままとは何なのかと問い返す。素朴なようで、簡単には答えられない問いです。きれいな言葉を鵜呑みにせず、自分の言葉で確かめようとする姿勢があります。この問いを持てる人は、誠実です。答えはきっと、理屈の中ではなく、自分が自然にしてしまう振る舞いの積み重ねの中にある。眉子の問いは、読者にもそのまま手渡されます。

名言55【語り手】生き生きしなくなった、と認める

わたしは生き生きしなくなった。「生き生き」とは正反対のありさまである。

(語り手)

出典:小説『棺桶も花もいらない』(U-NEXT Publishing、2025年)
2025年刊行の『棺桶も花もいらない』の語り手の言葉です。「生き生きしなくなった」という事実を、嘆くでも責めるでもなく、「そうである」と記すだけの文体。その正直さが、肩の力を抜いてくれます。「生き生きしなければ」と思うほど、できない自分が嫌になることがあります。けれど語り手は、正反対のありさまをそのまま認めている。市井の人々の可笑しさと切なさは、この短い一文にも静かに息づいています。

まとめ

朝倉かすみの名言55件を、本人の言葉と作品のセリフに分けて紹介しました。「間違った人のほうが面白いの」「特別な人は書いていません」「泣かせることを狙うのは絶対に駄目」。並べてみると、一貫して、特別ではない人の特別ではない日々を、そのまま肯定する作家であることが見えてきます。43歳でデビューし、65歳で直木賞を受けた歩みそのものが、その言葉の裏づけになっています。
『平場の月』の須藤が言う「ちょうどよくしあわせなんだ」も、『よむよむかたる』の老人たちの「紛れもない生きがいなのサァ!」も、大きな成功の話ではありません。平場でうまく生きるのは難しい。それでも、足もとばかり見ずにときどき見上げる。そんな一本が、この記事のどこかに見つかっていたらうれしいです。

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