
社会的自己効力感──人の中で、自分を信じられるか
社会的自己効力感──人の中で、自分を信じられるか
「技術はあるのに、人前では言葉が出ない」
「やるべきことはわかっているのに、会議で黙ってしまう」
「一対一なら話せるのに、大勢の前では萎縮する」
そんな経験を重ねるうちに、こう思うようになる。
「自分は、人と関わるのが得意じゃないんだ」と。
でも、それは本当だろうか。
もしかしたらそれは、能力の問題ではなく、「人の中で自分を信じる感覚」が、まだ育ちきっていないだけかもしれない。
その感覚のことを、心理学では「社会的自己効力感」と呼ぶ。
人の中で、何が試されているのか
能力と、関係性は、別物だ。
どれだけ知識があっても、どれだけスキルがあっても、それを「人の中で発揮できるか」は、また別の話である。
「社会的自己効力感とは、対人関係の中で適切に振る舞い、望ましい結果を得られるという確信のこと」
これは、「人の海で、泳げるか」という問いだ。
一対一では話せるのに、集団では黙ってしまう。
仲間内では意見が言えるのに、上司の前では飲み込んでしまう。
知っている人とは楽に話せるのに、初対面では身構えてしまう。
それは、社会的自己効力感が「場面によって揺らいでいる」ということだ。
なぜこの概念が生まれたのか──能力と社会性のギャップ
1990年代、自己効力感の研究が進む中で、研究者たちはある現象に気づいた。
勉強はできるのに、友人関係を築けない子どもたち。
技術力はあるのに、チームワークが苦手な社員たち。
能力はある。知識もある。でも、それを「人との関わりの中で使う」ことができない。
そして、もう一つ明らかになったことがある。
「社会的孤立は、抑うつや不安のリスク要因である」
人間は社会的存在であり、対人関係における効力感が、幸福や適応、成功に不可欠だと認識された。
心理学者バンデューラは、社会的自己効力感を独立した概念として位置づけ、これが学業成績や進路選択、問題行動にも独自の影響を持つことを実証した。
つまり、人との関わりの中で「自分はやっていける」と信じられるかどうかが、人生の質を左右するということだ。
社会的自己効力感が試される、3つの場面
社会的自己効力感は、大きく分けて3つの領域で発揮される。
① 関係を築く力
新しい人と出会い、友好的な関係を築く。
信頼を積み重ね、関係を維持する。
共感し、支え合う。
これは、「つながりを生み出す力」だ。
② 自己主張とコミュニケーション
自分の意見や感情を、適切に表現する。
交渉や説得を、効果的に行う。
対立や衝突を、建設的に解決する。
これは、「自分を伝える力」だ。
③ 集団の中で機能する力
チームやコミュニティに、積極的に関わる。
リーダーシップを発揮する、またはフォロワーとして貢献する。
社会的ネットワークを、活用する。
これは、「集団の中で自分を活かす力」だ。
具体例──どこで、何が揺らぐのか
仕事の場面
- 初対面のクライアントと、信頼関係を築ける自信があるか。
- チーム会議で、自分のアイデアを効果的にプレゼンできる確信があるか。
- 上司に異なる意見を、建設的に伝えられる自信があるか。
日常の場面
- パーティーで知らない人に、話しかけられるか。
- 友人と意見が対立しても、関係を壊さずに話し合える確信があるか。
- コミュニティ活動に、参加する勇気があるか。
これらの場面で感じる「できる/できない」の感覚が、社会的自己効力感だ。
高い人と、低い人の違い
社会的自己効力感が高い人
- 初対面の場面でもリラックスし、積極的に関わる。
- 多様な人々と良好な関係を構築・維持できる。
- 対立や衝突を恐れず、建設的に解決しようとする。
- 社会的サポートを求め、提供することができる。
社会的自己効力感が低い人
- 対人場面を避け、孤立しがち。
- 「嫌われるのでは」「失敗するのでは」という不安が強い。
- 自己主張ができず、自分の意見を抑え込む。
- 対立を極端に恐れ、問題を先送りする。
どちらが良い・悪いという話ではない。
ただ、この感覚は育てることができるということだ。
どうやって育つのか──4つの情報源
社会的自己効力感は、以下の4つの経験から形成される。
① 達成経験──自分で成功した記憶
対人場面での成功体験。
初対面の人と打ち解けられた。
チームをまとめてプロジェクトを成功させた。
難しい交渉をまとめた。
成功の記憶が、確信をつくる。
② 代理経験──誰かの姿から学ぶ
同僚が効果的にプレゼンする様子。
友人が上手に人間関係を築くプロセス。
「あの人にできるなら、自分にもできるかもしれない」という感覚が、力になる。
③ 言語的説得──認められる、励まされる
「あなたのコミュニケーション力は素晴らしい」
「チームをまとめるのが上手だね」
適切な言葉が、信念を育てる。
④ 生理的・情動的状態──心の状態が影響する
人前で話す際の過度な緊張は、社会的効力感を下げる。
でも、適度な興奮は、逆に促進する。
心を整えることが、力を引き出す。
一対一では話せるのに、大勢の前では黙ってしまう理由
ここで、一つの問いが浮かぶ。
「なぜ、場面によって自信が揺らぐのか?」
それは、社会的自己効力感が「状況依存的」だからだ。
- 一対一での対話では、自分の主張を明確に伝えられる。
- 相手の気持ちを察しながら、踏み込んだコミュニケーションもできる。
でも、10人から20人のミーティングでは、発言に躊躇が生じる。
不特定多数を前にした場面では、自信が揺らぐ。
これは、「小さな場では信じられるが、大きな場ではまだ信じきれていない」ということだ。
つまり、社会的自己効力感は、「全体的に高い/低い」ではなく、「どの場面で、どれだけ信じられるか」という細やかな感覚なのだ。
まとめ──人の中で、自分を信じること
社会的自己効力感とは、こういうことだ。
「人の中で、自分はやっていける」という確信。
それは、性格ではなく、信念である。
生まれつき決まっているものではなく、育てられるものである。
一対一では話せるのに、大勢の前では黙ってしまう。
それは、能力がないのではなく、その場面での確信が、まだ育ちきっていないだけだ。
大切なのは、自分がどの場面で信じられていて、どの場面で揺らいでいるのかを、見分けることだ。
そして、小さな成功を積み重ねること。
誰かの姿から学ぶこと。
適切な言葉をもらうこと。
心を整えること。
それが、人の中で自分を信じる力を、少しずつ育てていく。
最後に──スタンスを持つことから、始まる
社会的自己効力感を高める最初の一歩は、「スタンスを持つこと」だと書いた。
でも、それは簡単なことではない。
スタンスを持つということは、否定されるリスクを引き受けるということだからだ。
けれど、言葉には不思議な力がある。
「言い切れるレベルまで思考を深めると、表現の力が変わる」
そして、表現が変わると、人との関わり方が変わる。
関わり方が変わると、確信が育つ。
社会的自己効力感は、そうやって育っていく。
人の中で、自分を信じること。
それは、才能ではなく、積み重ねだ。











