仕事のモチベーションを上げる名言70選!明日のための名言集

仕事のモチベーションが上がらない7つの原因別に、名言を70個厳選。人間関係・評価・給料・仕事量など、あなたの悩みに合う言葉と、その人がたどり着いた背景を紹介します。
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仕事のモチベーションが上がらない。そう感じる瞬間は、誰にでも訪れます。人間関係の疲れ、正当に評価されない不満、そもそも仕事に興味が持てない焦り、給料への不満、仕事量の重さ、失敗への不安、裁量の少なさ。原因は人それぞれですが、共通しているのは「一人で抱え込むと出口が見えなくなる」ということです。
このページでは、仕事のモチベーションを上げる名言を70個、7つの原因別に厳選して紹介します。名言だけを並べるのではなく、「その人がどんな仕事人生の中で、その言葉にたどり着いたのか」という背景まで掘り下げました。あなたが今感じているつらさに近いカテゴリから、読んでみてください。

仕事のモチベーションが上がらない7つの原因

職場の人間関係/仕事の成果が評価されない/仕事に興味が持てない/給料への不満/仕事量の負担/失敗への不安/仕事の自由度・裁量の少なさ。この7つの原因ごとに、それぞれ10の名言を紹介していきます。
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職場の人間関係が苦しい人に伝えたい名言

名言1【レオナルド・ダ・ヴィンチ】肩書きや権威を振りかざす人に萎縮してしまうとき

権威を引いて論ずるものは才能にあらず。

(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

出典:『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』(岩波文庫)
レオナルド・ダ・ヴィンチは、正規の高等教育を受けていません。学問の共通語だったラテン語も満足に読めず、「無学の人」と見下されることさえありました。それでも彼は自らを「経験の弟子」と呼び、観察と実験を通じて絵画から解剖学まであらゆる分野を極めていきます。この言葉は、そんな彼が手記に残した一文です。誰かの権威を借りて語るのは、知性ではなく記憶の引き写しにすぎない。職場にも「上がこう言っているから」「前からこうだから」と、肩書きや前例を盾に話を進める人がいます。そんな相手に萎縮しそうになったら、この言葉を思い出してみてください。価値があるのは、借り物の権威ではなく、自分の経験から考えたこと。現場で手を動かしてきたあなたの実感は、堂々と語っていい根拠なのです。

名言2【ヴォルテール】威張る上司やマウントにうんざりしたとき

途方もない大きなプライドを、とんでもなくケチな人間が持っている。

(ヴォルテール)

ヴォルテールは18世紀フランスの啓蒙思想家です。貴族社会を風刺した詩がもとでバスティーユ牢獄に投獄され、名門貴族とのいざこざで再び投獄されたのち、イギリスへ渡りました。特権と虚栄が渦巻く世界を間近で観察し続けた人の、鋭い人間分析がこの一文です。プライドの大きさと人間の器は比例しない。むしろ、器の小さい人ほど、巨大なプライドで自分を守ろうとする。職場で威張り散らす上司や、マウントを取らずにいられない同僚に出会ったとき、この視点は効きます。あの態度は強さの表れではなく、余裕のなさの裏返しなのだと見抜ければ、怒りの何割かは観察に変わります。まともにぶつかって消耗する前に、一歩引いて眺める。ヴォルテール流の皮肉は、心を守る距離の取り方も教えてくれます。

名言3【安岡正篤】会社の決まりや空気に息苦しさを感じるとき

組織が人を動かす企業は活力を失い衰退していく。人が組織を動かす企業は発展し成長する。

(安岡正篤)

安岡正篤は、吉田茂をはじめ歴代首相が師と仰いだ東洋思想家です。終戦の詔書の原案に手を入れたことでも知られ、生涯表舞台には立たず、政財界のリーダーたちを陰から支え続けました。数多くの経営者を見てきた人の組織論が、この言葉です。組織が人を動かすとは、ルールと前例が主人になり、人が歯車として扱われる状態。人が組織を動かすとは、一人ひとりの意志が組織を生かしている状態です。職場の息苦しさの正体は、多くの場合「動かされる側」に固定されている感覚にあります。決められたことをこなすだけの毎日では、活力を失うのは会社より先に自分です。会議での小さな提案、業務の小さな改善。どんなに小さくても「動かす側」に立った瞬間、同じ職場の景色は変わり始めます。

名言4【本田宗一郎】役職の上下関係に疲れてしまったとき

社長なんて偉くも何ともない。課長、部長、包丁、盲腸と同じだ。要するに命令系統をはっきりさせる記号に過ぎない。

(本田宗一郎)

ホンダを世界的企業に育てた本田宗一郎は、社長でありながら現場で油まみれになって働き続けた技術者でした。社長引退後には2年半かけて全国の販売店をお礼に回り、油で汚れた手を差し出すのをためらう整備士に「その油まみれの手がいいんだ」と自分から握手を求めた逸話が残っています。課長、部長、包丁、盲腸。冗談めかした言い回しの奥にあるのは、役職は人間の偉さの序列ではなく、仕事を円滑に回すための記号にすぎないという信念です。職場の上下関係に疲れたとき、この視点は呼吸を楽にしてくれます。上司は自分より偉い人ではなく、役割が違う人。そう捉え直せば、必要以上にへりくだることも、顔色に怯えることもなくなります。敬意は払う、けれど卑屈にはならない。その線引きを、この言葉が引いてくれます。

名言5【本田圭佑】周囲の声に自分の選択を左右されそうなとき

なんで他人が俺の進む道を決めんねん。自分の道は、自分が決める。

(本田圭佑)

2008年1月、本田圭佑は名古屋グランパスからオランダのVVVフェンロへ移籍しました。北京五輪を控えた時期で、代表入りを考えれば国内に残るほうが有利だという声もあった中での決断です。この言葉には、そのときの覚悟が表れています。チームはその夏2部に降格しますが、本田は残留してキャプテンを任され、リーグ優勝と1部昇格の立役者になりました。周囲の声に従っていたら、この物語は生まれていません。職場でも、キャリアの選択に周囲が口を出してくる場面はあります。「やめておいたほうがいい」「前例がない」。善意の助言ほど断りにくいものです。けれど、助言は参考にしても、決定権まで渡す必要はありません。自分で決めた道なら、うまくいかなくても引き受けられる。その覚悟が、人を強くするのです。

名言6【リンカーン】自分の仕事を卑下しそうになるとき

世に卑しい職業はなく、ただ卑しい人があるのみである。

(リンカーン)

リンカーンは貧しい開拓農家に生まれ、船の水夫、店員、測量技師、郵便局長と職を転々としながら独学で弁護士になり、やがて大統領に上りつめました。大統領になってからも自分の靴を自分で磨き、「そのような卑しいことは人にやらせてください」と諫める周囲に「仕事に卑しいも何もない」と答えた、という逸話とともに、この言葉は広く語り継がれてきました。あらゆる下積みの仕事を経験した人の実感として、腑に落ちる一言です。職業に貴賤はない。あるとすれば、仕事への向き合い方に宿る卑しさと誠実さだけ。職場で部署や職種に序列をつけたがる人に出会ったとき、あるいは自分の仕事を「たいしたことない」と卑下しそうになったとき、思い出したい言葉です。何をしているかではなく、どう働いているか。誇りの置き場所は、そこにあります。

名言7【ゲーテ】職場に気の合う人がいないと感じるとき

仕事は仲間をつくる。

(ゲーテ)

『ファウスト』で知られるゲーテは、文豪であると同時に、ワイマール公国で財政や鉱山開発などの実務を担った政治家でもありました。生涯の盟友シラーとの関係も、シラーが創刊する雑誌への協力依頼という仕事のやりとりから始まり、共同の創作を重ねる中で深い友情に育っています。仕事は仲間をつくる。実務と創作の両方を生き抜いた人の、実感のこもった言葉です。職場に気の合う人がいない、と感じるときほど、雑談や飲み会で無理に距離を縮めようと焦りがちです。けれど順序は逆かもしれません。まず目の前の仕事に誠実に取り組む。すると、同じ目標に向かって汗をかいた時間が、自然と人を結びつけていきます。百回の雑談より、一つの仕事を一緒にやり遂げた経験。仲間は探すものではなく、働く姿が連れてくるものなのです。

名言8【宇津木妙子】ぎくしゃくした空気を変えたいとき

正しいあいさつは、いい仕事への第一歩。

(宇津木妙子)

宇津木妙子さんは、ソフトボール日本代表監督としてシドニー五輪で銀メダル、アテネ五輪で銅メダルにチームを導いた名将です。日本リーグ3部だった日立高崎をわずか3年で1部に引き上げた手腕でも知られます。猛烈なノックで鍛える鬼の指導の一方、チームの土台に置いたのは、挨拶、時間厳守、整理整頓、そして相手への気配りという当たり前の基本でした。あいさつは、相手の存在を認めていると伝える最小の行為です。だからこそ、人間関係がぎくしゃくした職場でこそ効きます。関係がこじれた相手と大げさな話し合いの場を持つのは腰が重いもの。でも、自分から先に「おはようございます」と声をかけることなら、明日の朝からできます。小さな一言が空気を少しだけ動かし、その積み重ねが、いい仕事の土台を静かに整えていくのです。

名言9【藤田田】不満を言うだけで終わってしまうとき

傍観者ではダメである どんな仕事でも、当事者になることが肝心である。

(藤田田)

日本マクドナルド創業者の藤田田は、1971年、銀座三越に1号店を開きました。米国本社は郊外型の出店を勧めましたが、「日本の流行は銀座から広がる」と主張を押し通し、開店初日には当時の世界記録となる売上を打ち立てます。契約交渉でも破格の条件を勝ち取り、常に自分が矢面に立って決断してきた人でした。傍観者とは、外から評論する人。当事者とは、手を動かし、結果の責任を引き受ける人です。職場の人間関係の不満も、傍観者でいる限りは何も変わりません。「誰かが何とかすべきだ」とつぶやく間は、不満は不満のままです。「自分にできることは何か」に問いを置き換えた瞬間、同じ職場でも立ち位置が変わり、周囲があなたを見る目も変わり始めます。小さな仕事でいい。当事者の側に一歩、踏み込んでみてください。

名言10【白洲次郎】嫌われるのが怖くて意見を飲み込んでしまうとき

人に好かれようと思って仕事をするな むしろ、半分の人には嫌われるように積極的に努力しないとよい仕事はできない。

(白洲次郎)

白洲次郎は戦後、吉田茂首相に請われて占領軍GHQとの折衝を担い、その堂々たる交渉ぶりから「従順ならざる唯一の日本人」と評された人物です。「君は英語がうまいね」と言ったGHQ幹部に「あなたももう少し勉強すれば上手になりますよ」と切り返した逸話は、誰が相手でも筋を曲げない生き方を象徴しています。全員に好かれようとすれば、意見は角が取れ、仕事の輪郭はぼやけていきます。半分に嫌われる覚悟とは、裏を返せば、自分の軸を持つ覚悟のことです。職場で八方美人をやめるのは怖いものです。けれど、その場の全員に合わせる人より、筋を通す人のほうが、長い目では信頼を集めていきます。好かれることと信頼されることは、別物です。意見を飲み込みそうになったら、どちらを選びたいのかを、静かに自分に問うてみてください。

仕事の成果が評価されていない人に伝えたい名言

名言11【ヘミングウェイ】忙しく動いているのに評価につながらないとき

働くのと動くのを混同するな。

(アーネスト・ヘミングウェイ)

出典:A・E・ホッチナー『パパ・ヘミングウェイ』(早川書房)
1966年に刊行された伝記『パパ・ヘミングウェイ』に、女優マレーネ・ディートリヒが明かした逸話が残っています。仕事のオファーを受けるべきか迷う彼女に、ヘミングウェイは「心からやりたくないことはするな」と告げ、この言葉を続けました。ディートリヒは後年、この一言が自分の人生哲学になったと語っています。忙しく動き回っているのに、なぜか評価につながらない。そんなときこの言葉は、予定で埋まった手帳が成果を保証しないという事実を静かに突きつけてきます。メールの返信も、会議への出席も、それ自体は「動き」であって、目標に近づく「行動」とは限りません。今日やったことを一つずつ、「これは前に進む行動だったか」と仕分けてみる。動きを行動に置き換えた分だけ、働きは評価される密度に変わっていきます。

名言12【エルバート・ハバード】給料分だけ働けばいいと思ってしまうとき

報酬以上の仕事をしないものは、仕事並みの報酬しか得られない。

(エルバート・ハバード)

エルバート・ハバードは、19世紀末から20世紀初頭のアメリカで活躍した作家・出版人です。1899年に発表したエッセイ『ガルシアへの手紙』は、米西戦争のさなか、ガルシア将軍への親書を一切の言い訳をせずに届けきった一人の中尉の逸話をもとに、言われた以上の仕事を自ら考えてやり遂げる人の価値を説き、累計1億人が読んだともいわれる世界的ベストセラーになりました。評価に不満があるとき、「給料が上がらないなら、この程度の働きでいい」と手を抜きたくなるものです。しかしこの言葉は、その順序が逆だと教えてくれます。報酬は常に過去の働きへの後払いであり、次の報酬を決めるのは今の働きぶりです。頼まれた資料に一枚の分析を添える、期限より一日早く仕上げる。報酬からはみ出したその部分だけが、あなたの評価の伸びしろになるのです。

名言13【シュヴァイツァー】成果を出せば幸せになれると信じて疲れたとき

成功は幸福のカギではない。幸福が成功のカギなのだ。自分のやっていることが好きなら、きっと成功するだろう。

(アルベルト・シュヴァイツァー)

シュヴァイツァーは30歳のとき、神学者・オルガン奏者としての名声を築きながら、あらためて医学の道を志しました。8年かけて医師となり、1913年、アフリカのランバレネ(現在のガボン)に渡って病院を開きます。密林での医療活動は資金難と過酷な環境の連続でしたが、彼は生涯この仕事に打ち込み続け、1952年にはノーベル平和賞を受賞しました。この言葉で見るべきは、順序です。成功すれば幸福になれるのではなく、幸福が先だと言うのです。評価や成果を幸福の条件にしてしまうと、幸福は永遠に先送りされます。逆に、いま自分のやっていることの中に好きな部分を一つでも見つけられれば、続ける力が湧き、結果はあとからついてくる。評価されない時期こそ、「この仕事のどこが好きだったか」を思い出すことが、遠回りに見えて成功への近道なのです。

名言14【スティーブ・ジョブズ】現状に慣れて挑戦心が薄れてきたとき

ハングリーであれ。愚か者であれ。

(スティーブ・ジョブズ)

出典:スタンフォード大学卒業式スピーチ(2005年6月)
2005年6月、スタンフォード大学の卒業式。すい臓がんの手術を経たジョブズは、スピーチの結びにこの言葉を贈りました。出典として彼自身が挙げたのが、若い頃に愛読した『全地球カタログ』です。最終号の裏表紙に記されていた「Stay Hungry. Stay Foolish.」という言葉を、彼は「自分自身、常にそうありたいと願ってきた」と紹介しました。評価が思うように得られないとき、人は守りに入るか、腐るかの二択になりがちです。しかしジョブズ自身、自ら創業したアップルを追われた過去を持ち、その時期を後に「人生で最も創造的な時期だった」と振り返っています。評価は他人が決めるものです。けれど、満たされないままなお求め続ける姿勢と、失敗を恐れず愚直に挑む姿勢は、自分で選べます。評価が止まった今こそ、ハングリーでいられるかが試されているのです。

名言15【ジグ・ジグラー】才能の差を言い訳にしたくなるとき

あなたの高さを決めるのは、あなたの才能ではなく、あなたの態度である。

(ジグ・ジグラー)

ジグ・ジグラーは1926年、アラバマ州の貧しい家庭に生まれ、幼くして父を亡くし、小学生の頃から働いて家計を支えました。調理器具のセールスマンとして長く鳴かず飛ばずの日々を送りましたが、先輩から「君はチャンピオンになれる」と言われたことを機に意識が変わり、全米トップクラスの成績を収めるまでになります。後半生は講演家として、モチベーション理論の第一人者と呼ばれました。原文はaptitude(才能)とaltitude(高度)の韻を踏んだ、彼の代名詞といえる一句です。評価されないとき、私たちは「才能がないからだ」と結論を急ぎがちです。けれど周囲が見ているのは、実は態度のほうです。腐らずに学ぶ姿勢、指摘を素直に直す姿勢。それは才能と違って、今日この瞬間から選び直せるものなのです。

名言16【イチロー】大事な場面で特別なことをしようと力むとき

特別なことをするために特別なことをするのではない。特別なことをするために普段どおりの当たり前のことをする。

(イチロー)

イチロー選手は、シーズン最多安打の世界記録がかかった2004年も、普段と同じ準備を淡々と繰り返しました。球場入りの時間、ストレッチの手順、道具の手入れ。大記録を前にしても特別メニューには切り替えず、当たり前の準備を守り抜いた末に、84年ぶりの記録更新となる262安打に到達します。この言葉は、その生き方の要約です。評価されたい、結果を出したいと焦るとき、人はつい「特別なこと」に手を伸ばします。徹夜で資料を作り込み、慣れないアピールをして、かえって空回りする。イチロー選手の順序は逆です。特別な成果は、普段どおりの当たり前を、誰よりも高い水準で繰り返した先にしか現れない。今日の仕事で問われているのは、派手な一手ではなく、いつもの基本をいつもどおりやり切れるかどうかなのです。

名言17【ドラッカー】頑張っているのに成果が出ないとき

成果をあげる者は、仕事からスタートしない。時間からスタートする。

(ピーター・F・ドラッカー)

出典:『経営者の条件』(ダイヤモンド社)
「マネジメントの父」と呼ばれるドラッカーは、著書『経営者の条件』で、成果をあげるための習慣の第一に「汝の時間を知れ」を挙げました。成果をあげる人は計画からすら始めない。まず自分の時間が何に取られているかを記録し、時間を奪う非生産的な仕事を退け、残った時間を大きくまとめる。この三段階が出発点だと説いています。頑張っているのに評価されないとき、多くの人は「もっと頑張る」方向へ進みがちです。しかし足りないのは努力量ではなく、時間の使い途の把握かもしれません。試しに一週間、自分の時間の記録をつけてみてください。会議と割り込み仕事に大半が費やされ、評価に直結する仕事にはわずかな時間しか残っていない。その現実が見えた瞬間から、働き方の立て直しは始まります。成果は根性からではなく、時間から生まれるのです。

名言18【ジョン・D・ロックフェラー】不遇な時期に腐りそうになるとき

私はいかなる失敗もチャンスに変えるよう常に努力してきた。

(ジョン・D・ロックフェラー)

ロックフェラーは、石油会社スタンダード・オイルを一代で築き、史上屈指の富豪となった実業家です。出発点は華やかさとは無縁でした。16歳のとき、何週間も会社を回り続けてようやく簿記係の職を手に入れ、その採用日を「就職記念日」として生涯祝い続けたといいます。さらに恐慌で市場が混乱するたびに、周囲が投げ出した事業を引き受けて会社を成長させました。逆境のたびに強くなった人生だったのです。この言葉が教えてくれるのは、不遇の時期の使い方です。評価されない、任される仕事が地味だ、という状況そのものは変えられなくても、その時間を何に使うかは変えられます。うまくいかなかった仕事は、そこで手を止めればただの失敗ですが、原因をたどって次に生かした瞬間から「仕込み」に変わります。誰も見ていない時期こそ、差がつく時期なのかもしれません。

名言19【羽生善治】報われる保証がなくて心が折れそうなとき

何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。

(羽生善治)

羽生善治九段は1996年、将棋界の七大タイトルすべてを同時に保持する「七冠独占」を史上初めて達成し、通算タイトル獲得99期という前人未到の記録を持つ棋士です。その羽生九段が才能の定義として語ったのが、この言葉でした。勝負の世界では、研究した戦法が一度も日の目を見ないことも、費やした時間が結果に結びつかないことも珍しくありません。それでも同じ情熱で盤に向かい続けられるか。羽生九段は、その継続こそが才能だと言い切ります。仕事も同じです。頑張りが評価に反映される保証は、どこにもありません。報われる確証があるうちしか頑張れないなら、挑戦は誰にでもできるものになってしまう。評価されない期間も淡々と質を積み上げる人にだけ、あるとき一気に信頼が集まります。その日まで熱量を切らさないことが、あなたの才能の証明になるのです。

名言20【ビートたけし】努力しても無駄だと感じてしまうとき

努力ってのは宝くじみたいなものだよ。買っても当たるかどうかはわからないけど、買わなきゃ当たらない。

(ビートたけし)

1972年、25歳のビートたけしさんは、浅草フランス座でエレベーターボーイとして働いていました。エレベーターに乗り込んできた芸人・深見千三郎さんに「芸人になりたい」と直談判し、「何ができるんだ」と問われて「何もできません」と答えた逸話は有名です。そこから劇場の屋根裏部屋に住み込んで芸を仕込まれ、やがてツービートを結成して漫才ブームの頂点へ駆け上がりました。売れる保証など、どこにもなかった挑戦です。努力を宝くじにたとえるこの言葉は、突き放しているようで、実は誠実です。「努力すれば必ず報われる」とは言わない。当たるかどうかは分からない。それでも、買わなければ当選の可能性はゼロのままです。評価されない日々は、外れ券が積み上がっていくように見えるかもしれません。けれど、買い続けた人にしか当たりは巡ってこないのです。
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仕事に興味が持てない人に伝えたい名言

名言21【アインシュタイン】仕事が退屈な作業にしか見えないとき

私には特別な才能はありません。ただ、ものすごく好奇心が強いだけです。

(アルベルト・アインシュタイン)

出典:カール・ゼーリヒ宛書簡(1952年)
1952年、73歳のアインシュタインが伝記作家カール・ゼーリヒに宛てた手紙に、この一文はあります。相対性理論で物理学の常識を塗り替えた人物が、自分を動かしてきたのは才能ではなく好奇心だと言い切ったのです。興味深いのは、彼のノーベル物理学賞の受賞理由が有名な相対性理論ではなく「光電効果の法則の発見」だったこと。一つの成果に安住せず、あらゆる現象に「なぜ」を向け続けた人らしい逸話です。仕事に興味が持てないとき、私たちは「向いていないから」と才能のせいにしがちです。けれど世紀の天才が頼ったのは、才能ではなく問いでした。この作業はなぜこの手順なのか、なぜこの数字が動くのか。小さな「なぜ」を一つ持ち込むだけで、退屈に見えた仕事は観察の対象に変わります。興味は見つけるものではなく、問いが連れてくるものなのです。

名言22【内村鑑三】この仕事が天職なのか分からないとき

人生の成功とは、自分の天職を知って、これを実行することである。

(内村鑑三)

1894年、内村鑑三は箱根で開かれたキリスト教青年会の夏期学校で、後に『後世への最大遺物』として残る講演を行いました。お金も事業も残せない平凡な人間でも、「勇ましい高尚なる生涯」だけは誰でも後世に遺せる。そう説いた内村自身、教育勅語への敬礼を拒んだ不敬事件で教壇を追われ、職を転々とした人でした。順風のキャリアからではなく、揺れる足場の上からこの言葉は生まれています。天職と聞くと、どこかに隠された「自分だけの正解」を探す宝探しを想像しがちです。けれど内村の定義は「知って、実行すること」までがひとつながり。頭の中で適性を吟味するだけでは、成功は始まりません。今の仕事の中に自分の役割を見出し、実行してみる。天職は探し当てるものではなく、実行によって確かめていくものだと、この言葉は教えてくれます。

名言23【カール・ヒルティ】働く意味を頭で考えすぎてしまうとき

労働の喜びは、自分でよく考え、実際に経験する事からしか生まれない。

(カール・ヒルティ)

出典:『幸福論』(岩波文庫)
カール・ヒルティは19世紀スイスの法学者です。弁護士から出発してベルン大学の教授となり、国会議員も兼ねる多忙な生涯を送りながら、1891年から『幸福論』を書き継ぎました。その第一部の冒頭に置かれているのは、意外にも「仕事の上手な仕方」。幸福を論じる本の入口に、彼は働き方を据えたのです。この名言が突いているのは、労働の喜びは教訓や他人の実例からは決して生まれない、という事実です。「仕事の面白さが分からない」と入口で立ち止まっている限り、面白さは永遠にやってきません。自分の頭で工夫し、実際に手を動かした人にだけ、後から喜びが届く。順番が逆なのです。今の仕事がつまらなく感じるなら、まず小さな一部分でいい、自分なりのやり方を考えて試してみる。喜びはその経験の中からしか生まれないと、ヒルティは断言しています。

名言24【マザー・テレサ】成果が出ない仕事に意味を見失いそうなとき

神様は私たちに、成功してほしいなんて思っていません。ただ、挑戦することを望んでいるだけよ。

(マザー・テレサ)

1950年、マザー・テレサはわずか12人の仲間と「神の愛の宣教者会」を立ち上げました。インドの路上で瀕死の人を看取り、孤児やハンセン病の患者に寄り添う活動はやがて世界へ広がり、1979年にはノーベル平和賞を受賞。授賞式にもいつもの白い木綿のサリーで臨み、賞金はすべて貧しい人々のために使いました。その彼女が語ったのは、神が求めているのは成功ではなく挑戦だ、という視点です。看取った人が助からないことも、活動が実らないことも数え切れないほどあった。それでも続けられたのは、評価の物差しを「成功したか」ではなく「挑戦したか」に置いていたからです。仕事の成果が出ず、自分の頑張りに意味を感じられないとき、この物差しは効きます。結果は選べなくても、今日挑戦するかどうかは選べる。その一点に立ち戻れば、足は前に出ます。

名言25【永守重信】能力の差を言い訳にしてしまうとき

能力の差は五倍。意識の差は百倍。

(永守重信)

永守重信さんは1973年、28歳のときに日本電産(現ニデック)を創業しました。数人で始めた町工場は、やがて精密モーターで世界首位を争う企業グループへと成長します。数々の赤字企業を再建してきた永守さんが繰り返し語ってきた持論が、この言葉です。人間の能力の差は、せいぜい五倍。しかし仕事にどう向き合うかという意識の差は、百倍つく。だからこそ、意識を変えた人と組織は生まれ変われるというのが、再建の現場で確かめてきた実感でした。この言葉の希望は、百倍の差がつく方を、今日から自分で動かせることです。能力は一朝一夕には伸びません。けれど、どうせやるなら工夫してみよう、一番に手を挙げてみよう、という意識は今この瞬間に切り替えられる。仕事への興味は、意識を切り替えた後から追いついてくるものかもしれません。

名言26【ジョー・タイ】どうせ無理だと思いながら仕事をしているとき

ポジティブ・シンキングとは実現すると信じて積極的に取り組むこと。

(ジョー・タイ)

ジョー・タイは、アメリカの作家・経営コンサルタントです。スタンフォード大学でMBAを取得し、病院など医療機関の組織文化づくりを支援するバリューズ・コーチ社を設立。恐れと諦めを乗り越える寓話『Never Fear, Never Quit』をはじめ、価値観に基づく生き方と働き方をテーマに多くの著作を発表してきました。この言葉が優れているのは、ポジティブ・シンキングを「気の持ちよう」から「行動」へ定義し直した点です。楽観的に眺めるだけなら、現実は一ミリも動きません。実現すると信じ、その前提で積極的に取り組む。信じることと動くことをセットにして、初めて前向きさは力になります。気が乗らない仕事ほど、「どうせ」という前提で手を動かしていないでしょうか。同じ作業でも「これは形になる」という前提に立つと、工夫の量が変わります。前提を変えることが、取り組みを変える最初の一歩です。

名言27【ピーター・F・ドラッカー】スキル不足ばかりが気になって焦るとき

努力では習得できない資質、それは、真摯さである。

(ピーター・F・ドラッカー)

出典:『マネジメント[エッセンシャル版]基本と原則』(ダイヤモンド社)
「マネジメントの父」と呼ばれるドラッカーは、1954年の『現代の経営』でマネジメントという分野を初めて体系化しました。その彼が、マネジャーの資質について語った有名な一節がこれです。仕事に必要な能力のほとんどは、あとから学ぶことができる。しかしただ一つ、真摯さだけは習得できず、初めから持っていなければならない。部下は上司の無知や頼りなさは許しても、真摯さの欠如だけは許さない、とまで書いています。この言葉は、スキル不足に焦る人の順番を正してくれます。資格や技術を積み上げても、目の前の仕事や相手に誠実に向き合う姿勢がなければ、信頼は育ちません。逆に、能力がまだ足りなくても、真摯に取り組む人には仕事と信頼が集まってきます。そして不思議なもので、真摯に向き合った仕事ほど、後から面白くなってくる。興味は真摯さの後を追いかけてくるのです。

名言28【アンドリュー・カーネギー】今の仕事に将来が見えないとき

賢い人は、徹底的に楽天家である。

(アンドリュー・カーネギー)

アンドリュー・カーネギーは1835年、スコットランドの貧しい織物職人の家に生まれ、13歳で家族とアメリカへ移民しました。最初の仕事は綿工場の糸巻き係で、週給はわずか1ドル20セント。そこから電報配達員、鉄道会社勤務と働きながら学び続け、ついには「鉄鋼王」と呼ばれる大実業家となります。引退後は財産を社会に還し、世界に2,500を超える図書館を寄贈しました。どん底から出発した人が「賢い人は楽天家だ」と言うとき、それは呑気な性格論ではありません。悲観は状況の暗い面を数え、楽観は打てる手を数える。彼にとって楽天とは、可能性の側を選び取る知性の使い方でした。今の仕事に将来が見えないと感じるとき、暗い材料は探せばいくらでも見つかります。だからこそ意識して、打てる手の側を数えてみる。その選択自体が、賢さなのです。

名言29【岡本太郎】失敗が怖くて手を挙げられないとき

挑戦は美であり、スタイルだ。挑戦した上での不成功者と、挑戦を避けたままの不成功者とでは全く天地の隔たりがある。

(岡本太郎)

岡本太郎は10代でパリに渡り、ピカソの絵に衝撃を受けて抽象絵画の最前線に飛び込みました。帰国後も日本の画壇の常識に挑み続け、1970年の大阪万博では、進歩と調和を掲げる祭典のただ中に、異形の「太陽の塔」を突き立てます。生涯を通じて安全な道を選ばなかった人の挑戦論が、この言葉です。注目したいのは、比べているのが成功者と失敗者ではなく、「挑戦した不成功者」と「挑戦を避けた不成功者」だという点です。挑戦しなければ失敗しない、というのは錯覚で、挑戦を避けた人も「やらなかった」という別の不成功を抱え込む。同じ不成功なら、挑戦した側には経験と次の一手が残り、そこに天地の差が開きます。手を挙げるか迷う場面で本当に怖いのは、失敗ではなく何も残らないことの方です。挑戦それ自体が美だという言葉は、結果が出る前のあなたを、すでに肯定してくれています。

名言30【ジャッキー・ロビンソン】前例のない仕事を任されて尻込みするとき

不可能の反対は可能ではない。挑戦だ!

(ジャッキー・ロビンソン)

1947年4月15日、ジャッキー・ロビンソンは近代メジャーリーグ初の黒人選手として、ブルックリン・ドジャースの一員でグラウンドに立ちました。観客席からの罵声、相手選手の妨害、届き続ける脅迫状。それでも彼は実力で応え、この年に制定された新人王に輝きます。背番号42は1997年、全球団共通の永久欠番となりました。当時、黒人選手のメジャー入りは「不可能」とされていました。その壁を破った人の言葉だからこそ、この一文は重いのです。不可能の反対語を辞書で引けば、確かに可能でしょう。しかし現実の世界では、不可能を可能に変えるための中間項がある。それが挑戦です。前例のない仕事を前に「できるかどうか」を考え始めると、足はすくみます。問いを「やるかどうか」に置き換えた瞬間、状況は自分の手に戻ってくる。できるからやるのではなく、やるから可能になっていくのです。

給料に不満がある人に伝えたい名言

名言31【ビル・ゲイツ】過去の査定を悔やんでしまうとき

問題は未来だ。だから私は、過去を振り返らない。

(ビル・ゲイツ)

1975年、ハーバード大学在学中だったビル・ゲイツは、大学を離れてマイクロソフトを創業しました。積み上げてきた学歴という過去を惜しむより、パソコンが世界を変える未来に賭けたのです。以後も彼は、成功した製品にしがみつかず、常に次の一手を考え続けてきました。給料への不満は、突き詰めると「これまでの働きが正当に評価されていない」という過去への感情です。しかし、その感情に留まり続けても、来月の給与明細は変わりません。変えられるのは、これから何を学び、どんな成果を作るかという未来だけ。過去の査定を悔やむ時間を、次の評価をつくる時間に振り向ける。不満をエネルギーに変換できたとき、給料はあとから追いついてきます。

名言32【ウィリアム・フォークナー】同期の年収と比べて焦るとき

同世代の人たちや過去の世代の人たちに勝とうなどと考えることはない。自分自身に勝つことを考えるべきだ。

(ウィリアム・フォークナー)

出典:『パリ・レヴュー』誌インタビュー(1956年)
フォークナーは1956年、文芸誌『パリ・レヴュー』のインタビューでこの言葉を語りました。1949年度のノーベル文学賞に輝いた作家でありながら、彼が競争相手に据えたのは同時代の作家でも過去の文豪でもなく、昨日の自分自身だったのです。給料の不満の多くは、金額そのものより「比較」から生まれます。同期の年収、友人の転職先の待遇。比べた瞬間、昨日まで納得していた給料が急に色あせて見える。けれど他人との勝ち負けには終わりがなく、上には必ず上がいます。基準を自分に戻してみてください。去年の自分よりスキルは増えたか、任される仕事の幅は広がったか。そこで成長を確認できているなら、あなたの市場価値は確実に上がっています。年収が追いつくのは、その後です。

名言33【ナポレオン・ヒル】「その給料が君の限界だ」と言われたとき

「君にそんなことができるはずはないよ」とあなたに言ったのは誰ですか?その人は、あなたの限界を定める資格を持つほど大きな成功を収めたというのでしょうか?

(ナポレオン・ヒル)

ナポレオン・ヒルは駆け出しの記者だった25歳の頃、鉄鋼王アンドリュー・カーネギーを取材したことをきっかけに、成功者の哲学を体系化するという仕事を託されました。約20年をかけて500人を超える成功者を調査し、成功哲学の古典『思考は現実化する』を著した人物です。その膨大な調査で見えたのは、成功した人ほど、他人の「無理だ」を真に受けていないという事実でした。「今の会社ではその程度の給料が限界だよ」「未経験で転職しても稼げないよ」。そう言ってくる人の顔を、思い浮かべてみてください。その人は、あなたの上限を決められるほどの成果を収めた人でしょうか。多くの場合、答えはノーのはずです。収入の限界を決めていいのは、挑戦する本人だけです。

名言34【ユング】高収入の人の生き方が正解に見えるとき

ある人に合う靴も、別の人には窮屈である。あらゆるケースに適用する人生の秘訣などない。

(ユング)

出典:『Modern Man in Search of a Soul』(英訳版エッセイ集・1933年)
スイスの心理学者ユングが、1933年刊行の英訳エッセイ集に残した言葉です。フロイトと並ぶ深層心理学の開拓者は、数え切れないほどの人の悩みと向き合った末に、「万人に効く人生の処方箋はない」と結論づけました。給料に不満を覚えるとき、人は無意識に「稼いでいる誰か」を人生のモデルにしています。外資系に転職した友人、副業で成功した同僚。けれど、その人に合った靴が、あなたの足にも合うとは限りません。高収入でも激務に消耗する人もいれば、収入はそこそこでも時間と健康に満たされている人もいる。大事なのは、金額の比較ではなく、自分はどんな働き方なら納得できるのかという自分専用の基準です。靴を選ぶように、働き方も自分の足に合わせていいのです。

名言35【本田宗一郎】苦手の克服で評価を上げようとしているとき

私は不得手なことは一切やらず、得意なことだけやるようにしている。

(本田宗一郎)

ホンダ創業者の本田宗一郎は1949年、後に名参謀と呼ばれる藤沢武夫と出会ったとき、「金のことは任せる。おれは技術屋なんだから」と経営と財務を委ね、自らはものづくりに没頭しました。町工場から世界のホンダへの飛躍は、得意なことに徹した二人の分業から生まれたのです。給料を上げようとするとき、多くの人は苦手の克服から始めます。しかし、苦手をどれだけ頑張って人並みにしても、評価は人並み止まり。収入の源泉になるのは、「これはあの人に頼みたい」と名指しされる得意分野です。自分が周りより楽にできて、しかも感謝されることは何か。そこに時間を集中させた人から、代わりの利かない存在になっていきます。不得手の穴埋めより、得意の一点突破。給料交渉の最強のカードは、そうやって作られます。

名言36【スティーブ・ジョブズ】今の待遇に不満をため込んでいるとき

私は本当に、自分のできる最大限のことをやったのだろうか?まだだ。だから私はいまだにハングリー精神が旺盛なんだろう。

(スティーブ・ジョブズ)

ジョブズは1985年、自ら創業したアップルを追われました。しかし、そこで腐って終わるどころか、NeXTを立ち上げ、ピクサーを世界的スタジオに育て、1997年にアップルへ復帰してiPhoneを生み出します。この言葉には、成功の絶頂にあってもなお「まだやれるはずだ」と自分に問い続けた姿勢が表れています。給料に不満があるとき、この問いは少し痛いかもしれません。ただ、これは「もっと頑張れ」という説教ではなく、不満を燃料に変えるための問いです。今の環境で試せることをやり切ったと言えるなら、堂々と交渉や転職に進めばいい。まだ余地があるなら、それはそのまま伸びしろです。どちらに転んでも、「最大限やったか」と自分に問える人は前に進めます。ハングリーさは、現状を変える力になるのです。

名言37【寺山修司】昔の待遇への未練を引きずるとき

振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない。

(寺山修司)

出典:詩「さらばハイセイコー」
歌人であり劇作家でもあった寺山修司が、昭和の競馬ブームを牽引した名馬ハイセイコーの引退に寄せて書いた詩「さらばハイセイコー」の一節です。国民的アイドルとなった馬の栄光の日々を惜しむのではなく、寺山は「振り向くな」と繰り返しました。輝いていた過去にも、後悔の残る過去にも、これから叶える夢はもう存在しないからです。給料の話でいえば、「前の会社のほうが待遇がよかった」「あのとき転職していれば」という振り返りがこれにあたります。過去の給与明細を何度眺め直しても、そこから未来の収入は生まれません。夢があるのは、常に前方だけ。次の査定、次のスキル、次の職場。視線を前に固定した人から、状況は動き始めます。後ろを断ち切る潔さも、稼ぐ力の一部なのです。

名言38【高村光太郎】昇給のモデルケースが見当たらないとき

僕の前に道はない。僕の後に道ができる。

(高村光太郎)

出典:詩「道程」(詩集『道程』収録)
詩人であり彫刻家でもあった高村光太郎が、1914年に発表した詩「道程」の冒頭です。雑誌発表時は102行もの長詩でしたが、同年刊行の詩集に収める際、光太郎自身の手でわずか9行にまで削り込まれました。それでも残されたのがこの言葉だったという事実に、その強度がうかがえます。彫刻と詩を両立させるという前例の少ない道を歩んだ光太郎には、手本となる先人がいませんでした。給料やキャリアに悩むとき、私たちはつい「うまくいった誰かの前例」を探します。けれど、あなたと同じ条件で同じ人生を歩いた人は、どこにもいません。前例がないことは、道がないことではなく、これから道を作れるということ。社内で新しい役割を作る、誰もやらない仕事で腕を磨く。今日の一歩が、後ろに道として残っていきます。

名言39【トーマス・エジソン】一発逆転で収入を上げたくなるとき

私は今までちょっとした偶然で何か値打ちのある事を成し遂げた事もないし、私の数々の発明のどれも偶然に成されたものはなかった。それはただ働く事によってできたものである。

(トーマス・エジソン)

エジソンは、米国だけで1093件の特許を取得した発明王です。その代名詞である白熱電球の実用化では、フィラメントに適した素材を求めて数千種類もの材料を試したと伝えられています。「天才とは1パーセントのひらめきと99パーセントの努力」という言葉でも知られる通り、彼の発明はひらめき一発の産物ではなく、膨大な試行の積み上げでした。収入も、これとよく似ています。宝くじのような偶然の一撃を待っている間は、給料への不満は不満のまま溜まっていくだけです。一方で、スキルの習得や実績づくりという「働き」は、地味でも確実に値打ちを積み上げていきます。偶然を待つか、働きを積むか。遠回りに見えても、後者だけが再現性のある昇給ルートです。

名言40【瀬戸内寂聴】給料の額だけで仕事を測ってしまうとき

生きることは、働くこと。仕事をさせていただくことです。自分にふさわしい、あるいは自分にできる仕事をさせていただいて、それが人様の役に立つ。それが生きがいというものです。仕事があるということはとても有り難いことです。

(瀬戸内寂聴)

瀬戸内寂聴さんは51歳で出家した後も小説を書き続け、99歳で亡くなる直前まで現役の作家であり続けました。京都・寂庵での法話には全国から人が集まり、悩みを抱えた人たちに言葉を届け続けた人です。その寂聴さんは、働くことを「させていただくこと」と表現しました。給料に不満があるとき、この言葉は少し遠く感じるかもしれません。我慢しろという意味ではないのです。注目したいのは、自分にできる仕事が人様の役に立つ、その手応えこそが生きがいだという部分です。給料は大切な条件ですが、額面だけを見つめていると、仕事から受け取っているものが見えなくなります。感謝された瞬間、役に立てた実感。それを数えたうえで、足りない待遇は堂々と交渉すればいい。土台に生きがいがある人は、交渉の場でも折れません。
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仕事量の負担が大きい人に伝えたい名言

名言41【ヘレン・ケラー】終わりの見えない仕事を前に立ちすくむとき

困難な仕事でも、あきらめずにがんばればうまくいきます。

(ヘレン・ケラー)

1歳半で視力と聴力を失ったヘレン・ケラーは、家庭教師アン・サリバンとの出会いを経て言葉を獲得し、1904年にラドクリフ・カレッジを卒業しました。目も耳も使えない状態での大学の勉強は、指文字と点字だけを頼りに進める、想像を絶する作業量です。それでも彼女は学び終え、その後は世界各地を回って障害者福祉のために生涯働き続けました。この言葉の核心は、困難な仕事も「あきらめずにがんばれば」うまくいくという、継続のシンプルな力です。仕事量が多いとき、私たちは「終わるかどうか」を先に考えて疲れてしまいます。けれど本当に必要なのは、今日の分を今日やり続けることだけ。人生の大半を暗闇と静寂の中で働き抜いた人の言葉だからこそ、机上の精神論ではない重みがあります。

名言42【アウソニウス】重い仕事に手がつけられないとき

大変な仕事だと思っても、まずとりかかってみなさい 仕事に手をつけた、それで半分の仕事は終わってしまったのです。

(アウソニウス)

アウソニウスは4世紀、帝政ローマ末期の詩人です。属州ガリアのボルドーで修辞学の教師を長く務め、その評判から皇子グラティアヌスの家庭教師に招かれ、後には帝国最高の栄誉である執政官にまで上り詰めました。教育者として人を動かし続けた人の助言が、この「まずとりかかってみなさい」です。大変な仕事ほど、着手する前がいちばん重いものです。全体量を想像して圧倒され、準備や段取りを理由に先送りしてしまう。けれど実際に手をつけてみると、頭は目の前の作業に集中し始め、想像していた重さの多くが消えていきます。手をつけた時点で半分終わり、という言い回しは誇張ではなく、心の負担の半分は着手で消えるという実感の表現です。抱えている仕事が大きいときほど、5分だけ、1行だけ。入口を小さくすることが突破口になります。

名言43【レオナルド・ダ・ヴィンチ】目の前の仕事で頭がいっぱいになったとき

どこか遠くへ行きなさい。仕事が小さく見えてきて、もっと全体がよく眺められるようになります。不調和やアンバランスがもっとよく見えるようになるでしょう。

(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

出典:『絵画論』(レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿)
レオナルド・ダ・ヴィンチは絵画に関する手稿、いわゆる『絵画論』の中で、画家たちに「ときどき仕事から離れよ」と説いています。作品から距離を取ると絵が小さく見え、ひと目で全体を捉えられるため、手足の不釣り合いや色の不調和が容易に見えてくる、と。『最後の晩餐』のような大作に挑んだ本人の実践から生まれた助言です。これは絵に限った話ではありません。仕事量に追われているとき、私たちの視野は目の前のタスクだけに狭まり、「そもそも全部やる必要があるのか」「順番はこれでいいのか」という全体への問いが消えてしまいます。近くで手を動かすほど、アンバランスは見えなくなる。だからこそ、意識的に遠くへ行く。散歩でも、半日の休みでも構いません。距離を取ることは怠けではなく、全体を取り戻すための技術なのです。

名言44【落合博満】頑張っても成果が見えないとき

前向きにもがき苦しむ経験は、すぐに結果に結びつかなくても、必ず自分の生きる力になっていく。

(落合博満)

落合博満さんは、プロ野球史上ただ一人、三冠王を3度獲得した打者です。しかしその道のりは遅咲きでした。東洋大学を中退し、社会人野球の東芝府中を経てロッテに入団したのは25歳のとき。同世代がすでに一軍で活躍する中、人より遅れたスタートから独自の打撃理論を磨き上げ、頂点に立ちました。この言葉が支えになるのは、「すぐに結果に結びつかなくても」という但し書きがあるからです。仕事量に押しつぶされそうな時期は、頑張りと成果が釣り合わず、ただもがいているだけのように感じられます。けれど落合さんは、その前向きなもがきこそが「生きる力」に変わると言い切ります。今の苦しさは、無駄な消耗ではなく蓄積です。結果が出ない期間に積んだものが、数年後のあなたの土台になっていきます。

名言45【孔子】何度も失敗して心が折れそうなとき

最大の名誉は決して倒れないことではない。倒れるたびに起き上がることである。

(孔子)

孔子の言葉として世界中で引用されてきた一節です。孔子自身の生涯は、倒れることの連続でした。理想の政治を実現しようと祖国の魯を離れ、50代半ばから約14年間も諸国を遍歴しましたが、その思想を採用する君主は現れず、旅の途中では食糧が尽きて弟子たちと飢える困窮まで経験しています。それでも孔子は歩みを止めず、晩年は教育に力を注ぎ、その教えは『論語』として2500年後の今も読み継がれています。仕事で倒れること自体は、避けられません。量に押されて計画が崩れる日も、ミスで信頼を落とす日もあります。問われているのは倒れた回数ではなく、起き上がった回数のほう。倒れていない人ではなく、起き上がり続けた人にこそ名誉は宿る。失敗続きの時期に、順番を数え直させてくれる言葉です。

名言46【ネルソン・マンデラ】山積みの仕事が終わる気がしないとき

何事も達成するまでは不可能に見えるものである。

(ネルソン・マンデラ)

ネルソン・マンデラは、アパルトヘイト撤廃を求めた闘いの中で終身刑を宣告され、27年間を獄中で過ごしました。釈放されたのは71歳のとき。そこから白人政権との交渉を重ね、1994年、南アフリカ初の全人種参加選挙を経て大統領に就任します。数十年前には誰もが不可能だと考えていた変革を、現実にした人です。「何事も達成するまでは不可能に見える」という言葉は、その歩みの要約といえます。大量の仕事を前にしたとき、私たちの目にもまず「不可能」が映ります。この量は終わらない、この納期には間に合わない、と。けれど、不可能に見えることと実際に不可能であることは別物です。見え方は、達成した瞬間に書き換わります。今日の一歩を積み重ねる人だけが、その書き換わる瞬間に立ち会えるのです。

名言47【リチャード・ニクソン】大きな失敗で自信を失ったとき

負けても終わりじゃない。でも、やめたら終わりだ。

(リチャード・ニクソン)

リチャード・ニクソンは、挫折からの復活を体現した政治家です。1960年の大統領選でケネディに僅差で敗れ、1962年にはカリフォルニア州知事選でも落選。メディアからは政治生命の終わりとまで書かれました。しかしニクソンは政治への意欲を捨てず、1968年の大統領選で勝利し、第37代アメリカ大統領に就任します。敗北から8年をかけた再起でした。「負けても終わりじゃない。でも、やめたら終わりだ」という言葉は、その歳月に裏打ちされています。仕事での失敗やコンペでの敗北は、確かに痛いものです。けれど、それ自体があなたを終わらせることはありません。終わりを確定させられるのは、やめるという自分の決断だけです。負けた日は、終わった日ではなく、続けるかどうかを選ぶ日。選択権はいつも自分の手の中にあります。

名言48【羽生結弦】プレッシャーに押しつぶされそうなとき

逆境は嫌いじゃない。それを乗り越えた先にある景色は、絶対にいいはずだと信じている。

(羽生結弦)

この言葉は、2018年の平昌五輪を前に羽生結弦さんが語ったものです。前年11月、NHK杯の公式練習中に右足首を負傷し、以後の試合をすべて欠場。実戦から離れたまま、ぶっつけ本番に近い状態で五輪に臨むという、王者にとって最大級の逆境の中にいました。結果は金メダル。66年ぶりとなる男子シングルの五輪連覇を成し遂げます。注目したいのは、「乗り越えられる」ではなく「乗り越えた先にある景色は絶対にいいはず」と、景色のほうを信じている点です。仕事の負荷が重いとき、目の前の苦しさだけを見つめていると足が止まります。けれど、この山を越えた自分に見える景色を想像できれば、今日の一歩の意味が変わってきます。逆境の渦中で景色を信じる力こそが、王者の強さの正体なのかもしれません。

名言49【永崎一則】失敗を恐れて動けなくなったとき

自分の未来は自分で拓く以外にはない。そして「壁」を破れるのも自分だけである。そのためには失敗を恐れないで勇敢に挑戦することが大切!一度や二度の失敗で落ち込んでいたら、これからの人生、成長の道は閉ざされてしまう。

(永崎一則)

出典:『「強い自分」「賢い自分」のつくりかた』(三笠書房)
永崎一則さんは1926年鹿児島県生まれ。終戦の年から話し方の研究を始め、大学で日本初の「対話論」を講じ、1972年には話力研究所(現・話力総合研究所)を設立して、話す力・聴く力の教育に生涯を捧げた人物です。『正しい敬語の使い方』など著書も多数あります。この言葉で心に留めたいのは、「壁を破れるのも自分だけ」という指摘と、「一度や二度の失敗で落ち込んでいたら成長の道は閉ざされてしまう」という戒めのセットです。仕事量の壁にぶつかったとき、誰かが取り除いてくれるのを待つ姿勢は、自分の未来を他人に預けることと同じです。失敗してもいい。挑戦した回数だけが、壁に少しずつ穴を開けていきます。未来の扉の鍵は、最初から自分の手の中にあるのです。

名言50【松下幸之助】無理を重ねて疲れ果てたとき

苦しかったらやめればいい、無理をしてはならない。無理をしないといけないのはレベルが低い証拠。真剣に生きる人ほど無理はしない。無理をしないというのは消極的な意味ではない。願いはするが無理はしない。努力はしても天命に従う。これが疲れないコツである。

(松下幸之助)

出典:『人生を動かす 賢者の名言』(池田書店)
パナソニックを一代で築いた松下幸之助さんは、実は丈夫な体に恵まれませんでした。9歳で丁稚奉公に出され、20歳の頃には肺の病を患い、療養しながら働いた時期もあります。無理がきかない体だったからこそ、人に任せ、休みながら続ける経営を編み出した人です。「苦しかったらやめればいい」という言葉は、投げやりな放任ではありません。無理でしか進められないなら、やり方のレベルが低い証拠。真剣に生きる人ほど、願いはしても無理はせず、努力しても天命に従う。この割り切りこそが「疲れないコツ」だという、長く続けるための知恵です。仕事量に苦しんでいるとき、根性で乗り切ろうとするほど消耗は深くなります。休む、任せる、やり方を変える。無理を手放すことは逃げではなく、真剣に働き続けるための技術なのです。

仕事の失敗で続けることに不安な人に伝えたい名言

名言51【マイケル・ジョーダン】失敗の数を数えて落ち込んでしまうとき

俺は何度も何度も失敗した。打ちのめされた。それが俺の成功した理由さ。

(マイケル・ジョーダン)

出典:ナイキCM「Failure」(1997年)
1997年、キャリア絶頂期のジョーダンが出演したナイキのCM「Failure」で語られた言葉です。CMの中で彼は、9000本以上のシュートを外し、300試合近くに敗れ、勝敗を託されたウィニングショットを26回も外してきたと、栄光の裏にある失敗の記録を淡々と数え上げ、最後にこの一文を置きました。6度のNBA制覇を成し遂げた「神様」の実像は、誰よりも多く外してきた人だったのです。ここで順序が逆転します。失敗したのに成功した、のではない。失敗できるほど挑み続けたから、成功に届いた。仕事でミスが続くと、失敗の数は無能の証明に見えてきます。けれどその数は、あなたが打席に立ち続けた回数の記録でもあります。数えるべきは、外した数ではなく、挑んだ数の方なのです。

名言52【松下幸之助】大きなミスをして立ち直れないとき

こけたら立ちなはれ。

(松下幸之助)

出典:後藤清一『こけたら立ちなはれ』(PHP研究所)
「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助は、9歳で学校を離れ、大阪の火鉢店へ丁稚奉公に出たところから人生を始めた人です。この言葉は、松下電器で幸之助の薫陶を受け、のちに三洋電機の創業に参加した後藤清一さんが、著書の題に掲げたことでも知られています。幸之助は「こけたら立たなあかんねん。赤ん坊でも、こけっぱなしではおらへん。すぐ立ち上がるやないか」とも語っていました。転んだ後にどうすべきかは、赤ん坊でも知っている。立つ。それだけのことだ、と。大きな失敗をすると、私たちは反省と自己嫌悪と言い訳で頭をいっぱいにして、なかなか立ち上がれません。けれど、失敗の後に最初にやるべきことは、この一言に尽きます。原因分析は、立ち上がってからでいい。責めるでもなく慰めるでもなく、次の動作だけを短く示す。関西弁の柔らかさに、実践の人の優しさが宿っています。

名言53【バーナード・ショー】何をやってもうまくいかないと感じるとき

若い頃、私は10回に9回は失敗することに気がついた。だから、10倍働いた。

(バーナード・ショー)

ノーベル文学賞作家バーナード・ショーの出発点は、失敗の山でした。20代の初めにアイルランドからロンドンへ出て文筆で身を立てようとし、20代のうちに5本もの長編小説を書き上げましたが、出版社に断られ続け、小説家としてはまったく芽が出ませんでした。劇作家として名を成すのは、30代も後半になってからです。10回に9回は失敗する。そう気づいたとき、普通は成功率を上げる方法を考えます。しかしショーの答えは「だから10倍働いた」でした。打率を上げるのではなく、打席を増やしたのです。仕事で失敗が続くと、次の一手が慎重になりすぎて動けなくなります。けれど計算してみれば、9割失敗する人でも挑戦の回数を10倍にすれば、成功の数では引けを取りません。センスの差は、量で埋められる。失敗の多さに悩む人ほど、この豪快な開き直りに救われるはずです。

名言54【田中耕一】失敗を引きずって次の仕事が怖いとき

失敗からは必ず新たな発見がある。最近は、失敗するのが楽しみになってきました。

(田中耕一)

2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんは、島津製作所のエンジニアとして働く「会社員」のまま受賞した異色の科学者です。受賞につながった発見のきっかけは、実験中の失敗でした。本来混ぜるはずのなかったグリセリンとコバルトの微粉末を誤って混ぜてしまい、「捨てるのはもったいない」とそのまま測定に使ったところ、それまで不可能とされていたタンパク質のイオン化に成功したのです。失敗作を捨てなかったことが、世界を変えました。この経験を持つ人の「失敗が楽しみ」という言葉は、綺麗事に聞こえません。失敗とは、予想と違う結果が出たということ。つまりそこには、まだ誰も知らない情報が含まれています。ミスをした直後は、目の前の結果が損失にしか見えないものです。けれど、捨てる前に一度だけ眺めてみる。発見は、たいていそういう場所に隠れています。

名言55【ヘレン・ケラー】今日の失敗で頭がいっぱいのとき

元気を出しなさい。今日の失敗ではなく、明日訪れるかもしれない成功について考えるのです。

(ヘレン・ケラー)

ヘレン・ケラーは生後19ヶ月の病で視力と聴力を失い、光と音のない世界で育ちました。7歳でサリバン先生と出会い、井戸の水に触れながら「water」という指文字を理解した瞬間から、言葉の世界を取り戻していきます。やがてラドクリフ・カレッジを卒業し、盲ろう者として初めて学士号を取得しました。生涯をかけて障害のある人々を励まし続けた彼女のこの言葉は、視線の向きを変えることを教えてくれます。今日の失敗は、もう変えられない過去です。明日の成功は、まだ変えられる未来です。落ち込んでいるとき、人は変えられない方ばかりを見つめています。だから元気が出ないのです。失敗した日の夜にすべきことは、反省会を延長することではなく、明日の一手を一つだけ決めること。考える対象を過去から未来へ移す。それだけで、心の重さは変わり始めます。

名言56【トーマス・カーライル】失敗した自分が恥ずかしいとき

失敗の最たるものは、何一つそれを自覚しないことである。

(トーマス・カーライル)

出典:『英雄崇拝論』(1841年)
19世紀英国の思想家カーライルは、1840年の連続講演をまとめた『英雄崇拝論』にこの言葉を残しました。歴史上の偉人たちの欠点をあげつらう世間に対し、「我々は欠点を重視しすぎる」と述べた上で、最大の欠点とは欠点を一つも自覚していないことだ、と切り返したのです。つまりこれは、失敗を責める言葉ではなく、失敗を自覚できる人を守る言葉です。自分のミスに気づいて落ち込んでいる人は、少なくとも「自覚」という最初の関門をすでに越えています。本当に危ういのは、自分は何も間違えていないと思い込んでいる人の方です。その人には、改善の入り口がありません。失敗を自覚して苦しいとき、その苦しさは、あなたがまだ成長の途中にいる証拠でもあります。失敗の自覚は、恥ではなく能力です。カーライルの定義に従えば、あなたは最大の失敗からは最も遠い場所にいるのです。

名言57【マーク・ザッカーバーグ】失敗が怖くて挑戦できないとき

偉大な成功は、失敗する自由から生まれる。

(マーク・ザッカーバーグ)

出典:ハーバード大学卒業式スピーチ(2017年)
2017年5月、ザッカーバーグはかつて中退した母校ハーバード大学の卒業式に招かれ、スピーチの中でこの言葉を語りました。彼はそこで、Facebookが自分の最初の作品ではなかったことを明かしています。それ以前にゲームやチャットシステム、学習ツールや音楽プレイヤーをいくつも作ってきたこと。そしてあのビヨンセでさえ、名曲「Halo」を生むために何百もの曲を作ったこと。偉大な成功の手前には、無数の試作と失敗が積まれているという話です。注目したいのは「失敗する自由」という言い方です。失敗そのものが成功を生むのではなく、失敗しても致命傷にならない環境が挑戦の数を増やし、その中から成功が生まれる。だとすれば、やるべきことは失敗を避けることではなく、安心して失敗できる状況を作ることです。小さく試す。撤退ラインを先に決めておく。その設計が、挑戦の質を変えていきます。

名言58【ジェフ・ベゾス】新しい挑戦をためらってしまうとき

発明家になりたければ失敗を恐れるな。

(ジェフ・ベゾス)

ベゾスが率いたAmazonは、輝かしい成功と同じくらい、大きな失敗を重ねてきた会社です。象徴が2014年発売のスマートフォン「Fire Phone」でした。鳴り物入りで投入されながらまったく売れず、巨額の評価損を計上して撤退しています。しかしこの失敗で培われた技術と人材は、その後のスマートスピーカー「Echo」と音声アシスタント「Alexa」の成功につながったといわれます。ベゾスは株主への手紙で「失敗と発明は切り離せない双子だ」とも書きました。実験とは、結果が事前に分からないから実験なのであって、発明を望みながら失敗だけを拒むことはできないのです。仕事で新しい提案や挑戦をためらうとき、私たちは「失敗しない方法」を探しがちです。けれどそれは、「何も発明しない方法」とほとんど同じこと。失敗をあらかじめ計画に織り込んでしまえば、挑戦はもっと軽やかになります。

名言59【トーマス・J・ワトソン】うまくいかない時期を無駄に感じるとき

ビジネスにおける最悪のミスは、うまくいかない時ではなく、うまくいっている時になされる。

(トーマス・J・ワトソン)

トーマス・J・ワトソンは、小さな計算機器の会社を約40年かけて世界企業IBMへ育て上げた経営者です。「THINK(考えよ)」を合言葉に掲げ、世界恐慌の時代にも従業員を守り、生産と研究への投資を続けたことで知られています。そのワトソンが警告したのが、好調な時こそ危ないという逆説でした。うまくいっている時、人は点検を怠り、慢心し、変化の兆しを見逃します。最悪のミスは、そこで静かに仕込まれるのです。この言葉は、失敗の渦中にいる人の見方を変えてくれます。うまくいっていない今のあなたは、真剣に考え、必死に足元を確かめているはずです。それは、ワトソンの言う「最悪のミス」から最も遠い状態です。不調の時期は、実はいちばん学びが深い季節でもあります。順調に見える同僚をうらやむ必要は、少しもありません。

名言60【ウィリアム・シェイクスピア】一度の失敗ですべてを諦めたくなるとき

成し遂げようと決めた志を、たった一度の敗北によって捨ててはいけない。

(ウィリアム・シェイクスピア)

出典:『テンペスト』第3幕第3場
この言葉の出どころは、シェイクスピア晩年の戯曲『テンペスト』第3幕です。劇中では、一度のつまずきで計画を諦めかけた相手を、野心を抱く登場人物が焚きつけるセリフとして語られます。しかし「たった一度の敗北で、成し遂げると決めた志を手放すな」という言葉そのものは、400年のあいだ場面を離れて独り歩きし、挑戦する人々の格言として読み継がれてきました。注目すべきは「たった一度の」という限定です。人は失敗した直後、一度の敗北を全否定へと膨らませてしまいます。一つの案件の失敗が「この仕事に向いていない」に化け、一度の不採用が「自分には無理だ」に化けるのです。けれど事実は、一度負けた、それだけのこと。志を捨てるかどうかという人生の大きな判断を、たった一度のデータで下していいはずがありません。敗北の数と志の価値は、別々の帳簿につけるべきものなのです。

仕事の自由度・裁量が少ない人に伝えたい名言

最後は、仕事の内容や環境を自分では選びにくい立場の人に届けたい10の言葉です。条件を変えられなくても、受け取り方とふるまい方には、まだ自分の裁量が残っています。

名言61【マクシム・ゴーリキー】仕事がただの義務になっているとき

仕事が楽しみなら人生は楽園だ。仕事が義務ならば人生は地獄だ。

(マクシム・ゴーリキー)

ゴーリキーは、ロシア語で「苦い」を意味するペンネームを名乗った作家です。幼くして両親を失い、少年時代から皿洗いやパン焼きなどの労働を転々としながら、独学で文学の道を切りひらきました。この言葉は、社会の底辺で生きる人々を描いた戯曲『どん底』に由来するせりふとして知られています。注目したいのは、楽園と地獄を分けるのが仕事の内容ではなく、「楽しみ」か「義務」かという受け取り方だという点です。同じ作業でも、やらされていると感じれば地獄になり、自分なりの工夫を差し込めば楽しみに近づきます。段取りを変えてみる、昨日より少し早く仕上げてみる。仕事そのものを選べなくても、受け取り方の側には裁量が残っている。底辺の労働を知り尽くした作家の言葉だからこそ、この対比には重みがあります。

名言62【ワーグナー】不機嫌なまま仕事に向かっているとき

仕事をする時は上機嫌でやれ。そうすれば仕事もはかどるし、身体も疲れない。

(ワーグナー)

この言葉は、19世紀ドイツの財政学者アドルフ・ワーグナーのものとして伝えられています。国家の経費は文明の発展とともに膨張し続けるという「ワーグナーの法則」で知られる、経済学史に名を残す学者です。数字と制度を扱う堅い学問の人が、仕事の要諦として「上機嫌」を挙げたところが面白いところです。しかもこの言葉は、機嫌よく働けと精神論を説くのではなく、「はかどる」「疲れない」という実利を根拠にしています。不機嫌なまま働いた日は、作業量のわりにどっと疲れが残る。逆に機嫌よく取り組んだ日は、同じ仕事でも軽い。思い当たる人は多いはずです。つまり機嫌は、結果ではなく道具です。朝、仕事を始める前に、好きな飲み物を淹れる、机を整える。機嫌を先に整えることは、裁量の少ない仕事でも今日からできる、いちばん小さな工夫です。

名言63【エルバート・ハバード】明日から頑張ろうと思ってしまうとき

明日いい仕事をするための最良の準備は、今日いい仕事をすることだ。

(エルバート・ハバード)

ハバードは19世紀末のアメリカの作家です。1899年に書いた小冊子『ガルシアへの手紙』は、米西戦争のさなか、大統領の手紙をキューバのガルシア将軍に届け切った軍人の逸話をもとに、任された仕事を黙ってやり遂げる姿勢を説いたもので、1億人に読まれたともいわれる大ベストセラーになりました。その著者が残したこの言葉は、「明日から本気を出す」という発想の急所を突いています。明日のいい仕事は、明日のやる気からは生まれません。今日の仕事の質が、そのまま明日の準備になる。今日手を抜けば、明日は「取り返す」ことから始まり、今日やり切れば、明日は続きから始められます。環境が変わったら、異動したら、と条件を待つ必要はありません。今日の目の前の仕事を少しだけ丁寧にやる。それが、明日の自分への一番確実な仕送りになります。

名言64【松下幸之助】自分には才能がないと感じるとき

才能なきことを憂うる必要はないが、熱意なきことをおそれなくてはならない。

(松下幸之助)

松下幸之助さんは、9歳で親元を離れて大阪へ丁稚奉公に出され、学歴も資金も健康にも恵まれないまま、23歳で後のパナソニックとなる町工場を立ち上げました。のちに「経営の神様」と呼ばれる人の出発点は、才能を証明するものが何一つない場所だったのです。だからこそこの言葉には説得力があります。才能は配られるもので、自分では選べません。しかし熱意は、学歴や立場や年齢に関係なく、自分で選んで持てるものです。松下さんは、才能のなさを嘆く暇があったら、熱意が冷えていないかを心配せよと言います。裁量の少ない仕事をしていると、「自分は代わりのきく存在だ」と感じやすいものです。けれど、同じ持ち場で熱意を持ち続ける人は、必ず周りと違って見えてきます。憂うべきは配られた札ではなく、自分の火が消えかけていることなのです。

名言65【エイブラハム・リンカーン】周りより歩みが遅いと焦るとき

私のあゆみは遅いが歩んだ道を引き返すことはない。

(エイブラハム・リンカーン)

リンカーンは、開拓地の丸太小屋に生まれ、学校にはほとんど通えず、独学で法律を学んで弁護士になった人です。連邦上院議員選挙では敗北を経験しましたが、その2年後の1860年、大統領に当選します。エリートコースとは無縁の、遅くて回り道だらけの歩みでした。この言葉の核心は、速さではなく方向にあります。歩みが遅いことと、進んでいないことは、まったく別です。同期が先に昇進した、同世代がもっと活躍している。比べれば焦りは尽きませんが、焦って引き返したり、あちこち乗り換えたりすれば、積み上げは消えてしまいます。遅くても、昨日より一歩でも前にいるなら、それは前進です。裁量が少なく、変化の見えにくい仕事でも、経験は確実に積み上がっています。速さは他人と比べるものですが、前進は昨日の自分と比べるものなのです。

名言66【ラルフ・ワルド・エマーソン】経験のない仕事を前に尻込みするとき

どんな芸術家でも最初は素人だった。

(ラルフ・ワルド・エマーソン)

エマーソンは19世紀アメリカの思想家です。牧師の職を辞して講演と執筆の道へ進み、他人の評価や慣習ではなく自分自身の内なる声を信じよと説いて、「自己信頼」の思想でアメリカの精神史に大きな足跡を残しました。この言葉は、その思想を一行に凝縮したような名言です。私たちは熟練者の完成された姿だけを見て、「あの人は特別だ」と線を引いてしまいます。けれど、どんな名人にも、震えながら初めての一歩を踏み出した日が必ずありました。違いは才能の有無ではなく、素人の期間を通り抜けたかどうかだけです。新しい業務を任されて、自分だけができないと感じるとき、それは能力の欠如ではなく、単に誰もが通る「最初」の中にいるだけです。下手な時期は、上達の前借りのようなもの。素人であることを恥じる必要は、どこにもないのです。

名言67【イングリッド・バーグマン】挑戦するかどうか迷っているとき

私の後悔することは、やらなかったことであり、できなかったことではない。

(イングリッド・バーグマン)

バーグマンは、スウェーデンから海を渡り、『カサブランカ』などでハリウッドの頂点に立った女優です。しかしイタリアの映画監督ロッセリーニとの恋によって世論の激しい非難を浴び、ハリウッドを離れることになります。それでも彼女は演じることをやめず、のちに『追想』でアカデミー主演女優賞を受賞し、見事な復帰を果たしました。栄光と転落の両方を知る人が、後悔の対象に挙げたのは「できなかったこと」ではなく「やらなかったこと」でした。挑戦して失敗したことは、時間が経てば経験に変わります。しかし、やらなかったことは検証のしようがなく、「もしあのとき」という問いだけが残り続けるのです。手を挙げるか迷っている仕事、口に出すか迷っている提案があるなら、思い出してください。数年後の自分が悔やむのは、失敗ではなく、沈黙のほうなのです。

名言68【フィル・マグロー】やる気が出ない日が続くとき

やる気があるときなら、誰でもできる。本当の成功者は、やる気がないときでもやる。

(フィル・マグロー)

フィル・マグローはアメリカの心理学者で、オプラ・ウィンフリーの番組への出演をきっかけに注目を集め、自身の番組「ドクター・フィル」で長年、人生相談に答え続けてきた人物です。数え切れない相談者を見てきた彼の結論は、成否を分けるのはやる気の量ではない、という身も蓋もない事実でした。やる気がある日に頑張れるのは、全員です。差がつくのは、やる気がない日の過ごし方だけ。そう考えると、やる気が出ないこと自体は、悩む対象ではなくなります。誰にでも訪れる「やる気のない日」に、5分だけ手をつける、1件だけ片づける。その最低ラインを守れる人が、結果的に一番遠くまで行きます。感情は天気のように変わりますが、行動は自分で決められる。やる気を待つのをやめた日から、仕事は安定して回り始めるのです。

名言69【瀬戸内寂聴】望まない部署や仕事に配属されたとき

どこでも自分の置かれた場所で一生懸命努力すればそこに真の生きがいを見出せる

(瀬戸内寂聴)

出典:『生きることば あなたへ』(光文社)
瀬戸内寂聴さんは、作家として名声を得たのち、51歳で出家した人です。その後は小説の執筆と並行して、京都の寂庵などで長年法話を続け、悩みを抱えて訪れる大勢の人たちに言葉を届け続けました。99歳で亡くなるまで現役の書き手であり続けた生涯です。この言葉が効くのは、「どこでも」という一語があるからです。生きがいのある場所がどこかにあって、そこへ移れば充実するのではない。いま置かれた場所で一生懸命努力したとき、その場所に生きがいが立ち上がってくる、という順序です。望まない配属、選べなかった仕事。腐りたくなる場面で、この順序を知っているかどうかは大きな違いを生みます。環境が生きがいをくれるのを待つのではなく、努力が生きがいをつくる。場所を選べないときこそ、試してみる価値のある考え方です。

名言70【エピクテトス】環境を自分では変えられないとき

自分の力のうちにあって自由になるものと、自分の力のうちになくて自由にならぬものを、峻別せよ。

(エピクテトス)

出典:『提要(エンケイリディオン)』
エピクテトスは、古代ローマのストア派の哲学者です。奴隷という身分に生まれ、足も不自由でした。境遇を自分で選ぶことなど、およそ許されない出発点です。のちに解放されて哲学の教師となった彼の教えの核心が、この言葉でした。他人の評価、会社の方針、与えられる仕事。それらは「自分の力の及ばないもの」です。一方、それをどう受け止め、どうふるまうかは「自分の力のうちにあるもの」。二つをはっきり分け、後者に力を注げと彼は説きます。奴隷の身から出発した哲学者のこの教えは、のちにローマ皇帝マルクス・アウレリウスの座右にもなりました。裁量のない毎日に無力感を覚えたら、変えられないものに費やしていた力を、変えられるものへ向け直してみる。環境とふるまいを分けて考えるこの視点こそ、ここまでの70の言葉を明日からの仕事で生かすための、最後の鍵です。

名言から見える、仕事のモチベーションを保つ4つの視点

70の言葉を並べてみると、モチベーションを保つ道筋に共通する4つの視点が浮かび上がってきます。

1. 気分は、先に自分で整える

ワーグナーは上機嫌で働けば仕事がはかどり疲れないと説き、ゴーリキーは仕事を楽しみと受け取るか義務と受け取るかで人生が楽園にも地獄にも変わると言いました。モチベーションを気分任せにせず、機嫌と受け取り方を自分から整える。それは精神論ではなく、仕事の効率を左右する実利のある技術です。

2. 遠くを見すぎず、今日の一歩に集中する

ハバードは明日いい仕事をする最良の準備は今日いい仕事をすることだと言い、リンカーンは歩みが遅くても引き返さないことを信条としました。モチベーションが切れるのは、遠い目標と今の自分の距離を見つめすぎたときです。視線を今日の一歩に戻せば、やるべきことは常にシンプルになります。

3. やる気を待たずに、行動から始める

フィル・マグローは、本当の成功者はやる気がないときでもやると断言し、バーグマンは後悔するのはやらなかったことだと語りました。やる気は行動の前提ではなく、動き出した後についてくるものです。感情が整うのを待たず、小さくても先に手を動かす。この順序の逆転が、続く人と続かない人を分けます。

4. 環境を選べなくても、ふるまいは選べる

瀬戸内寂聴さんは置かれた場所での一生懸命の努力が真の生きがいを生むと説き、フランクルは与えられた環境でいかにふるまうかという自由だけは奪えないと証言し、松下幸之助さんは才能よりも熱意の有無をおそれよと言いました。条件は選べなくても、態度と熱意は最後まで自分のものです。裁量の少なさに悩む人ほど、この視点が支えになります。

仕事のモチベーションの名言に関するよくある質問

Q1. 仕事のモチベーションが上がらない朝にまず読みたい名言はどれですか?

「仕事をする時は上機嫌でやれ。そうすれば仕事もはかどるし、身体も疲れない。」(ワーグナー・名言62)がおすすめです。気分を後回しにせず、先に機嫌を整えてから仕事に向かう。朝の数分でできる、いちばん小さなモチベーション管理です。

Q2. やる気が出ない日が続くとき、支えになる名言はありますか?

「やる気があるときなら、誰でもできる。本当の成功者は、やる気がないときでもやる。」(フィル・マグロー・名言68)です。やる気のない日は誰にでもあると認めた上で、5分だけ手をつける最低ラインを守る。やる気を待たない働き方が、結果的に一番安定します。

Q3. 座右の銘にしたい仕事のモチベーションの名言はありますか?

「私のあゆみは遅いが歩んだ道を引き返すことはない。」(エイブラハム・リンカーン・名言65)は、焦ったときにそのまま行動指針になる一言です。「明日いい仕事をするための最良の準備は、今日いい仕事をすることだ。」(エルバート・ハバード・名言63)も、毎日の仕事の軸になる言葉です。

まとめ

70の名言に共通していたのは、モチベーションを「湧いてくるのを待つもの」ではなく「自分で整えるもの」として扱う姿勢でした。機嫌を先に整え、今日の一歩に集中し、やる気を待たずに動き、選べない環境の中でもふるまいを選ぶ。どれも、特別な才能や恵まれた条件がなくても、今日から真似できることばかりです。
今のあなたの状況に寄り添う一言が、この中に一つでもあれば嬉しいです。気になった言葉は書き留めて、仕事に向かう気力が切れそうになるたびに読み返してみてください。言葉は、使うほど効いてきます。
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6月18日(水)
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人生に遅すぎることはない。今日、新しい何かを始めることができる。
— ジョージ・エリオット
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