小砂川チトの名言30選|迷いながら書き続ける芥川賞作家の言葉

小砂川チトの名言30選。芥川賞受賞会見・贈呈式スピーチ・インタビュー・エッセイから、「場違いではないか」と迷いながら書き続けた作家の言葉を出典つきで紹介。自信が持てない日に持ち帰れる一言が見つかります。
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2026年7月、「ゾンビ回収婦」で第175回芥川賞を受賞した小砂川チト。会見の第一声は「頭が真っ白です」でした。この記事では、小砂川チトの名言30選を、受賞会見・贈呈式スピーチ・インタビュー・エッセイ、そして小説の一節から集め、それぞれに出典を添えて紹介します。
3度目の候補での受賞。その道のりでは、「自分の作品は場違いではないか」という迷いや、初稿を「怪文書」と呼ぶ自嘲、ゲームにのめり込んで「誰かわたしを止めて」となる日々が、隠さずに語られています。
自分のやっていることに自信が持てない。それでもやめる気にはならない。そんな時期を過ごしている人に、この作家の言葉はよく馴染むと思います。持ち帰れる一言が、どこかに見つかりますように。

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小砂川チトとはどんな人物か

小砂川チトは1990年、岩手県盛岡市生まれの小説家。慶應義塾大学文学部卒、同大学院社会学研究科(心理学専攻)修了。修了の頃に小説を書き始め、医療関係の業務委託として働きながら執筆を続けた。2022年「家庭用安心坑夫」で第65回群像新人文学賞を受賞してデビュー。同作と2作目「猿の戴冠式」で芥川賞候補となり、3度目の候補作「ゾンビ回収婦」で2026年7月、第175回芥川賞を受賞した。マネキン、ボノボ、そしてゾンビの骸を回収する主人公など、かっこいいとは言いにくい題材を書き続けてきた作風。筆名はJR羽越線の小砂川駅にちなみ、太宰治を敬愛している。

小砂川チトの名言30選

名言1【小砂川チト】「ちょっと違う」から始まった25歳

25歳の頃、大学院の修士課程を出るか出ないかという時期に、博士課程に進むのも、今から就職するのも『ちょっと違うな』と思ったんです

(小砂川チト)

出典:文春オンライン「新芥川賞作家・小砂川チトのデビュー前夜」インタビュー(2026年8月13日)
大学院の修士課程を出る頃、博士課程に進むのも就職するのも「ちょっと違う」と感じた。文春オンラインのインタビューで、書き始めたきっかけをこう振り返っている。どちらかを選ぶ年齢で、どちらも選ばず、自分を試す時間を取った。用意された選択肢のどれにも乗れないとき、その違和感を未熟さのせいにしがちだ。でも「違う」という感覚は、まだ名前のない道を指していることもある。

名言2【小砂川チト】根拠なく「おばあちゃんになるまで」続ける

何の根拠もなく、『おばあちゃんになるまで続けていたら、いつかは作家というものになれるのではないか』と思っていました

(小砂川チト)

出典:文春オンライン「新芥川賞作家・小砂川チトのデビュー前夜」インタビュー(2026年8月13日)
「何年で芽が出なかったらやめる」と期限を設けなかったのか、と問われて、その発想はまったくなかったと答えている。おばあちゃんになるまで続けていたら、いつかは作家になれるのではないか。同じ回答には、新人賞への投稿を続けているうち「これはすごく楽しい試みだな」と思い始めていた、という一言も添えられている。無根拠な見立てと、途中で見つけた楽しさ。その二つが、働きながらの約7年を運んだ。

名言3【小砂川チト】場違いではないかと思い続けた候補の日々

初めて候補にしていただいたときから、自分の作品は芥川賞には場違いではないかと、ずっと思っていたんです

(小砂川チト)

出典:文春オンライン「新芥川賞作家・小砂川チトのデビュー前夜」インタビュー(2026年8月13日)
初めて候補になったときから、自分の作品は芥川賞には場違いではないかと思っていた。2回目も3回目も「本当に?」という気持ちだった、と明かしている。理由は、自分の書いているものが純文学なのかどうか自信が持てなかったから。自分だけ浮いている気がして黙り込んだ経験に、似ている。場違いだと思いながら席を立たなかった人が、その席で賞を受け取った。浮いている感覚と、そこにいる資格は、別の話だ。

名言4【小砂川チト】「これは純文学でしょうか」と編集者に訊いた

そもそも自分の書いているものが純文学なのかどうかも自信が持てなくて。編集の方にも『これは純文学でしょうか』とお訊ねしたんです

(小砂川チト)

出典:文春オンライン「新芥川賞作家・小砂川チトのデビュー前夜」インタビュー(2026年8月13日)
純文学かどうかも自信が持てず、編集者に「これは純文学でしょうか」と訊ねた。「はい、純文学だと思いますよ」と返ってきて、ようやく落ち着いたそうだ。文春オンラインで語ったエピソードである。自分の仕事の価値は、自分では判定しにくい。平気な顔で黙っている代わりに、信頼できる人に率直に訊いてみる。それは自信のなさの表れかもしれないが、誠実さの表れでもある。一言の確認で、輪郭が少し定まった。

名言5【小砂川チト】『猿の戴冠式』の一節、想像を含まない現実

だって、想像のいっさい含まれていない現実を生きている人間なんて、いるはずがないんだから

(小砂川チト『猿の戴冠式』より)

出典:小説『猿の戴冠式』(講談社、2024年)
『猿の戴冠式』の一節。競歩の選手だったしふみは、ルックスへのネット上の品評を気に病んで起こした炎上騒動のあと、部屋にこもりがちになる。言葉を理解するボノボのシネノと心を通わせていく物語の中に、この言葉がある。想像を含まない現実を生きる人間などいない、と作品は言い切る。「もっと現実を見なさい」と言われて空想癖を恥じた人には、味方の言葉に聞こえるだろう。不安も期待も夢想も、現実の一部だ。

名言6【小砂川チト】「2度あることは3度ある」が頭をよぎって

3度目の正直というけれど2度あることは3度あるともいうし、どこか及び腰になっていました

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞贈呈式スピーチ(2026年8月21日)(岩手めんこいテレビ報道)
贈呈式スピーチで、3度目の候補として選考を待った心境をこう語った。受賞を期待しないことで自分の心を守ろうとしていた、と明かした。その一方で、担当編集者や編集長は一貫して受賞をあきらめずにいてくれたそうだ。再挑戦の前に足が重くなるのは、前の2回の痛みを覚えているからだ。及び腰のまま、それでも選考の日を迎えた。怖さを消してから動くのではなく、怖いまま動く。その順番でも、前には進める。

名言7【小砂川チト】会見の第一声は「頭が真っ白です」

ちょっと今、胸がいっぱいで…。人生にこういうことが起こることもあるんだなって。すみません。頭が真っ白です

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞受賞会見(2026年7月15日)(スポーツ報知・ENCOUNT報道)
2026年7月15日の受賞会見。最初に絞り出したのがこの言葉だった。人生にこういうことが起こることもあるんだな、と言い、「すみません」と謝っている。整った受賞コメントではなく、言葉にならない状態をそのまま差し出した。うれしいときほど、気の利いた言葉を探して固まってしまう。感情が言葉に追いつかないとき、追いつかないと言うことが、いちばん正確な表現になる。第一声としては、これ以上ないほど正直だった。

名言8【小砂川チト】受賞しても「いいのかしら」と半信半疑

まだ半信半疑で、いいのかしらという気持ちがあります

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞受賞会見(2026年7月15日)(PHPオンライン報道)
同じ会見で、受賞について問われたときの心境。作品を重ねるごとに、純文学的なものから少しずつ遠ざかってきたような感覚がある、と説明したうえでの言葉だ。名言3・4の「場違いではないか」「これは純文学でしょうか」という迷いは、受賞の席でも消えていなかった。周りが喜ぶほど、自分だけ置いていかれる居心地の悪さ。半信半疑は、慢心の反対側にある感覚だ。すぐに喜べなくても、結果が偽物になるわけではない。

名言9【小砂川チト】憧れの太宰の墓前に、自慢しに行く

太宰の墓前に自慢しに行こうかな

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞受賞会見(2026年7月15日)(THE PAGE報道)
会見で、敬愛する太宰治について問われたときの一言。太宰は芥川賞を望みながら受賞できなかった作家として知られる。その賞を自分が受賞したことを訊かれ、笑顔でこう答えたとTHE PAGEは伝えている。同じ場面を、スポーツ報知は「墓前に報告を」と報じた。報告か、自慢か。記事によって言葉は揺れるが、緊張の会見でこう言える人柄は共通する。真面目に述べるより、少しふざけたほうが本気の照れが伝わる。

名言10【小砂川チト】AIに負けても、書きたい限りは書き続ける

たとえAIがどれほど上手に面白い小説を書き、それに負けることがあったとしても、書くのをやめることはない。自分が『書きたい』と思う限りは、作品を作り続けていきたい

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞受賞会見(2026年7月15日)(PHPオンライン報道)
受賞作「ゾンビ回収婦」は、AIの普及で夫婦ともに職を失った主人公が、VR空間でゾンビの骸を回収する掃除婦として働き始める物語。会見でAIと小説の未来を問われ、こう答えた。うまいかどうか、勝てるかどうかを、続ける条件にしていない。それでも手を止めない理由が「やりたいから」の一点で足りるなら、続けられるものは増える。AIに仕事を奪われる主人公を書いた人が、AIに負けても書くと言った。

名言11【小砂川チト】かっこよくて、人なつっこい作品を届けたい

かっこよさと、どこかにかわいらしさと…。文学としては人なつっこい作品になってくれているといいなと思って送り出してますので、今後もそういう作品を届けたいと思います

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞受賞会見(2026年7月15日)(スポーツ報知報道)
会見で自作の創作姿勢を語った言葉。冒頭は「一応、純文学という形で書いてますけど」で、ここにも純文学への迷いがのぞく。かっこよさとかわいらしさは、普通は同居しにくい。その両方を諦めないのが、この作家の芯なのだろう。自分の仕事に「こういう手触りにしたい」という言葉を持っている人は少ない。「人なつっこい」のような、自分だけがわかる形容詞を一つ持っていると、判断に迷ったときの戻り先になる。

名言12【小砂川チト】かっこよくなりようのない題材を、かっこよく

かっこよくなりようのない題材をかっこよく描くことにやりがいを感じる

(小砂川チト)

出典:産経新聞(2026年7月15日)
産経新聞の記事で語った、創作の核だ。マネキン、類人猿、ゾンビ。かっこいいとは見なされにくい存在を主役級に据え、それをかっこよく描くことにやりがいを感じるという。仕事にも似た局面がある。地味な事務作業や裏方の役割も「かっこよくなりようのない」ものかもしれないが、仕上げ方次第で自分の署名が入る。題材を選び直すより、描き方を選び直す。芥川賞の受賞作も、その題材はゾンビの骸を拾う掃除婦だった。

名言13【小砂川チト】1作に2、3カ所の「おおっ」があればいい

小説を書くのはしんどいし、面倒くさい。でも1作に2、3カ所、『おおっ』と思えるシーンがあればいい。一瞬のきらめきを探している

(小砂川チト)

出典:産経新聞(2026年7月15日)
同じ産経新聞の記事で、しんどいし面倒くさいと認めたうえで、こう続けた。数カ所のきらめきのために、しんどい大部分を引き受ける。全部をうまくやろうとして固まってしまう日に、この割り切りは救いになる。「ここだけはよかった」と思える箇所が2、3カ所あれば、それで十分だと思っていい。欲張らないことが、続ける体力を守る。芥川賞作家の基準が、2、3カ所なのだ。

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名言14【小砂川チト】執筆のためのVRに、5分で酔った

(リアルすぎる描写に)5分ほどで酔ってしまった。私にはまだ無理

(小砂川チト)

出典:秋田魁新報(2026年7月15日掲載・受賞前の7月8日の会見での発言)
受賞前の7月8日の会見での発言を、秋田魁新報が伝えている。幼い頃に父親がゲーム「バイオハザード」を遊ぶのを横で見ていた記憶が、受賞作に反映されているそうだ。自身はゲーマーではないが、創作にあたってVR機器を購入した。ところが5分ほどで酔い、「私にはまだ無理」と苦笑した。VRの世界を舞台にした小説を書いた人が、VRに5分で降参している。この可笑しみごと、作品の背景として語ってしまうところがいい。

名言15【小砂川チト】前進するのも、佇みつづけるのも

歯車のように生きる幸せもある。前進するのも、一つの場所で佇みつづけるのも、いろんな『好き』があっていい世の中になってほしい

(小砂川チト)

出典:日本経済新聞(2026年7月16日)
日本経済新聞の記事で語った言葉。受賞作の主人公は、AIに仕事を奪われ、ゾンビの骸を回収する掃除婦として働き始める。変わり続けるのが正しいとされる空気の中で、佇んでいる自分を責める人は多い。歯車のように毎日同じ場所で回ることにも、その人なりの幸せがある。前進しない選択を、負けではなく一つの「好き」として数える。受賞会見でも、各自が自由に生き方を選べる世の中になってほしいと話していた。

名言16【小砂川チト】自分だけの世界に没入して生きる幸せ

自分だけの世界や感じ方に没入して生きる幸せも、それはそれであっていいと私は思う

(小砂川チト)

出典:NEWSポストセブン(週刊ポスト)インタビュー(2026年7月24日)
NEWSポストセブンの、受賞作をめぐるインタビューで語った言葉。周囲と同じ温度で盛り上がれなかった帰り道。そういうとき「もっと社交的に」と自分に注文をつけがちだが、この作家はその注文の前に一度立ち止まる。没入できる世界を持っていること自体が、一つの幸せの形だ。外向きの幸せと同じ棚に、内向きの幸せも並べていい。名言15の「佇みつづける好き」と、同じ場所から出てきた言葉だと思う。

名言17【小砂川チト】「誰かわたしを止めて!」となるまでやりこむ

誰かわたしを止めて! となるまでやりこむ日々を送っていた

(小砂川チト)

出典:群像ウェブ(講談社)掲載エッセイ(2026年7月16日、初出『群像』2026年8月号)
群像ウェブのエッセイの一節。春、サンドボックス系のゲームに軽い気持ちで手を出し、まんまとどハマりした。やめられない自分を、反省の口調ではなく、楽しそうに描いているのが可笑しい。エッセイによれば、受賞作の主人公たちも揃ってやめどきを見失っており、それこそ「誰かわたしを止めてー!」の様相なのだそうだ。作者と登場人物が、同じ叫びを上げている。そこまで熱を注げる対象があるのは、悪いことではない。

名言18【小砂川チト】立方体さえあれば、なんだって作れる

立方体さえあればなんだって作ることができる、立方体に作れぬものなどないのである

(小砂川チト)

出典:群像ウェブ(講談社)掲載エッセイ(2026年7月16日、初出『群像』2026年8月号)
ゲームにハマりすぎて、街の万物が立方体に見えてくる。朦朧とする頭で歩けば、マンションも、スーパーも、歩道橋も、駅舎も電車も、ぜんぶ立方体だと分かってくるのだという。「作れる、作れる、作れる。そういう目になる」と、エッセイは自分を笑いながら書いている。没頭した対象の目で、世界のほうを見てしまう。覚えがある人は笑ってしまうはずだ。教訓というより、ハマった人にだけ見える景色の記録である。

名言19【小砂川チト】仕事はほんらい「すること」くらいの意味

仕事ってほんらいは『すること』『従事すること』くらいの意味しかもっていない気がする

(小砂川チト)

出典:群像ウェブ(講談社)掲載エッセイ(2026年7月16日、初出『群像』2026年8月号)
エッセイで「仕事」について考えた一節。『ゾンビ回収婦』は大別すればお仕事小説でもある、と自作を位置づけたうえで、仕事という言葉の本来の意味を、こう軽くほどいてみせる。「この仕事は自分に向いているのか」という悩みの重さは、この定義にはまだ乗っていない。そう読むと、少し気が楽になる。言葉を本来の軽さに戻せば、今日手を動かしたなら、もう仕事をしたことになる。向いているかどうかの前に、まず、していた。

名言20【小砂川チト】ゲームも読書も石磨きも、十全に仕事

当人が仕事だと言い切るならゲームだって読書だって石磨きだって十全に仕事なのだとわたしは思っている

(小砂川チト)

出典:群像ウェブ(講談社)掲載エッセイ(2026年7月16日、初出『群像』2026年8月号)
前の一節に続けて、エッセイはこう言い切る。生産性や収入で仕事の資格を決めない。制作者からすれば、寝食を忘れてのめり込んでくれる人はどれだけありがたいか、とも書く。「あーあ、なにしてんだろ」の時間が、めぐりめぐって人ひとりの魂を救っているかもしれない。趣味に費やした時間を「無駄だったかも」と思う。でも没頭して手を動かしていたなら、この定義では立派な仕事だ。何を仕事と呼ぶかは、当人が決める。

名言21【小砂川チト】あきらめでできた立方体が、世界を作る?

あきらめでできた立方体の集合が、この世界を作っている?

(小砂川チト)

出典:群像ウェブ(講談社)掲載エッセイ(2026年7月16日、初出『群像』2026年8月号)
エッセイの中で、道路にねじくれた白線を見つける。修正テープの漕ぎ出しに失敗したようにもつれ、少し先で直線に戻っている。黙って通り過ぎてから、ああいう白線も人の手作業で引かれていたのだなあ、と思ったそうだ。この世の中は誰かの「まあいっか!」の集合で出来上がっているのかもしれない。その直後に、この疑問符が来る。諦めた選択を恥じるとき、あの白線を思い出したい。まっすぐでなくても、道は続いていた。

名言22【小砂川チト】作ることは、引き際を見定めること

なにかを作るということは究極、引き際を見定めることに尽きるのだなあ

(小砂川チト)

出典:群像ウェブ(講談社)掲載エッセイ(2026年7月16日、初出『群像』2026年8月号)
受賞作の主人公たちは揃ってやめどきを見失っている、という段落のあとに、この省察が来る。そして、すぐ続けて告白する。自身もまた、ほどよいところで切り上げるのがたいへんに不得手で、去り際、別れ際、土俵際、とにかく際でのお行儀がよろしくない、「しつこい性格がいつも災いしている」と。引き際を説く人ではなく、引き際が下手だと白状する人の言葉である。だから読んで、少し安心する。

名言23【小砂川チト】上手な「まあいっか」を学ぶ時代

没頭や耽溺や依存を強いてくる時代にこそ、上手な『まあいっか』を、こんなもんか、で手を放す潔さを学ばねばならない

(小砂川チト)

出典:群像ウェブ(講談社)掲載エッセイ(2026年7月16日、初出『群像』2026年8月号)
エッセイの結びの一文。学ばねばならない、と強い言い方だが、その直前に書かれた「まあいっか」の定義がやさしい。それは妥協ではなく、自分ひとりで到達できる最高地点はここだ、として、その先を誰かにさっぱりと手渡すことだという。「こんなもんか」で手を放すのは、投げ出すことではなく、ここまでは自分で来た、と認めることでもある。なぜなら次がある、とエッセイは続ける。手を放したその手許から、人生は続いていく。

名言24【小砂川チト】「読みました」の一言に、お菓子を握らせたい

(本を)『読みました』といわれるとその手にそっとお菓子を握らせたいくらい

(小砂川チト)

出典:群像ウェブ(講談社)掲載エッセイ(2026年7月16日、初出『群像』2026年8月号)
エッセイの中で、読者への気持ちをこう書いた。「面白かったです」と言われれば、ご実家までご挨拶にうかがいたいくらい好感度が天井を打つ、とも。感謝や光栄という言葉ではなく、お菓子を握らせるという動作で表しているのが可笑しくて、あたたかい。人の作ったものに感想を言うのは、案外ためらう。でも「読みました」の一言だけで、相手はお菓子を差し出したくなるほど嬉しいらしい。短い感想でも、届ければ届く。

名言25【小砂川チト】あったかい≒おいしいの「馬鹿舌」

『あったかい≒おいしい』と感じる、いわゆる馬鹿舌である

(小砂川チト)

出典:東京新聞デジタル〈芥川賞に寄せて〉エッセイ(2026年8月19日)
東京新聞デジタルの〈芥川賞に寄せて〉エッセイの冒頭。食の感覚と小説を書くことの関係を主題にした文章で、いきなり自分の舌の大らかさを白状してみせる。アクを取り切れていなくても多少火が入りすぎていても、めったに不味いとは思わない、と続く。芥川賞作家の自己紹介としては相当に飾らない。センスがないと自分を笑えることは、実はかなり自由な状態だ。温かければおいしい。その単純な喜びを、恥じずに書いている。

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名言26【小砂川チト】初稿は「ほとんど怪文書」

(初稿は)ほとんど怪文書のようなもの

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞贈呈式スピーチ(2026年8月21日)(PHPオンライン報道)
贈呈式スピーチで、自身の初稿をこう表現した。打ち合わせで構想をうまく伝えられないこともあったと振り返り、それでも担当編集者はさじを投げず、完成まで根気強く付き合ってくれたと感謝を伝えた。書いたものを読み返して顔が赤くなるとき、この告白は効く。完成品を出そうとして一行も書けなくなるより、怪文書でいいから一枚書く。読む人がいれば、怪文書は少しずつ作品の形になっていく。担当編集者は、その読む人だった。

名言27【小砂川チト】「才能があります」と小声で言われた日

めったに褒めてくださらない担当さんが、落ち込む私に『小砂川さんには才能があります』とぼそっと言ってくださったのが、実はとてもうれしかったのを今になって思い出します

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞贈呈式スピーチ(2026年8月21日)(PHPオンライン報道)
贈呈式スピーチで、2度目の候補で受賞を逃したときを振り返った。めったに褒めない担当編集者が、落ち込む自分にぼそっと言った。それが実はとてもうれしかったと、今になって思い出す。うれしかったのはそのとき。思い出したのは、賞を受け取る壇上。大声の激励ではなく、ぼそっとした一言のほうが、晴れの日に浮かんだ。気の利いた台詞は要らないのかもしれない。短くて本気の一言は、時間が経ってもまだ働いている。

名言28【小砂川チト】支えてくれた人へ、心からの感謝

支えてくださった皆さんにきょうは心からの感謝をお伝えしたい。お力を貸してくださり本当にありがとうございました

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞贈呈式スピーチ(2026年8月21日)(岩手めんこいテレビ報道)
贈呈式スピーチで、支えてくれた人たちに向けて述べた言葉。飾りのない礼だ。初稿を怪文書と呼び、才能があると言われた日を語った直後だから、この感謝には具体的な顔が並んでいるのだろう。一人でやってきたつもりの仕事にも、振り返れば力を貸した人がいる。思い出した誰かに短く伝えるだけでも、見えていなかった支えが見えてくる。「お力を貸してくださり」という言い方に、借りを覚えている律儀さが出ている。

名言29【小砂川チト】恥じない書き手に育っていきたい

そのことに恥じない書き手に育っていきたい

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞贈呈式スピーチ(2026年8月21日)(PHPオンライン報道)
贈呈式スピーチでの言葉。今回で選考委員を退任する小川洋子の最後の選考で受賞できたことを「大変光栄」と述べ、こう続けた。「育っていきたい」には、まだ未完成だという自覚と、前へ進む意志の両方がある。認められたとき、人は「ふさわしくない」と縮むか、「ふさわしくなろう」と伸びるかに分かれる。半信半疑だった会見から1カ月あまり。育つ途中の自分を引き受ける言い方に変わっていた。

名言30【小砂川チト】泥臭く愚直に、机の前へ引き返す

机の前にまた引き返し、泥臭く愚直に、次の作品に取りかかりたいと思っております

(小砂川チト)

出典:第175回芥川賞贈呈式スピーチ(2026年8月21日)(PHPオンライン報道)
贈呈式スピーチを、この言葉で結んだ。「おめでとう」と言ってもらえる期間は一瞬で過ぎ、創作の大半は、悩みながら書き、うまく書けずにもがく時間だという。そして、その道中にいるときの自分のほうが「圧倒的に好き」なのだと、受賞を通じて改めて気づいたそうだ。うまくいった日の翌日も、そうでない日の翌日も、同じ机に引き返す。「泥臭く愚直に」という形容に、この人の姿勢がそのまま出ている。

まとめ

小砂川チトの言葉を30並べてみると、受賞会見の「頭が真っ白です」から贈呈式の「泥臭く愚直に」まで、迷いと可笑しみと本気が同じ温度で語られていることに気づきます。場違いではないかと思いながら席を立たなかったこと。初稿を怪文書と呼びながら書き続けたこと。VRに5分で酔ったこと。どれも、かっこよくなりようのない場面を、この人はそのまま差し出しています。
自分のやっていることに自信が持てない日は、これからも来ると思います。そんなとき、どれか一つの言葉が思い出せれば十分です。「まあいっか」でもいいし、「怪文書でいい」でもいい。机の前へ引き返す、その小さな動作を、この作家は今日も続けているはずです。

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7:12
6月18日(水)
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