映画FUJIKOの名言38選。キャッチコピーと本編のセリフに加え、主演・片山友希、企画MEGUMI、木村太一監督が舞台挨拶やインタビューで語った言葉を、いつどの場で出た言葉かを添えて解説します。
映画『FUJIKO』の名言を38本、集めました。主演は片山友希、企画・プロデュースはMEGUMI、監督は木村太一。題材は監督の実母の半生です。この記事では、本編のセリフとキャッチコピーに加えて、キャストやプロデューサー、監督が舞台挨拶やインタビューで語った言葉をあわせて紹介します。ひとつひとつに、いつ、どの場で出た言葉なのかを添えて解説していきます。
「わたしは、わたしをあきらめない」というキャッチコピーの映画です。観た人には、あの人があの場で何を言っていたかを思い出す手がかりに。まだ観ていない人には、作り手たちが約4年かけて何を作ろうとしたのかが、言葉から見えてくるはずです。
38本のなかから、明日の自分に持ち帰れる言葉を1本か2本、見つけてもらえたらうれしいです。
\ あきらめたくない朝に、ひとつの言葉を /
この記事を運営するAnchorでは、iPhoneアプリ『
ポケットAnchor』も作っています。作品とは別の、アプリ独自のコレクションに3,000を超える名言を収録(収録数 国内No.1※自社調べ)。ウィジェットが毎日ひとつ言葉を見せてくれます。基本機能は無料です。
映画「FUJIKO」とはどんな作品か
映画「FUJIKO」は2026年6月5日公開、95分の作品です。監督はイギリスで映像のキャリアを積んだ木村太一、脚本は我人祥太と國吉咲貴、企画・プロデュースはMEGUMI。制作には約4年をかけています。舞台は1977年からの静岡、題材は監督の実母の半生です。
停電した病院で娘を出産した富士子は、夫の実家から理不尽な扱いを受け、娘を奪われます。母の力を借りて取り戻し、周囲の反対を押し切ってシングルマザーとして育てる決意をし、時代の波にもまれながら生き抜いていきます。主演は片山友希(初の長編映画単独主演)。第28回ウディネ・ファーイースト映画祭(イタリア)で最高賞を含む2冠、ニューヨーク・アジアン映画祭でも受賞しました。
【作品の言葉】キャッチコピー・富士子のセリフ・監督の母の言葉3選
まずは作品そのものの言葉から。公式のキャッチコピー、本編のセリフ、そして富士子のモデルになった木村監督の母が、映画化にあたって口にした言葉の3本です。
名言1【キャッチコピー】作品全体を貫くひとこと
わたしは、わたしをあきらめない
(映画「FUJIKO」キャッチコピー)
出典元:映画「FUJIKO」公式サイト
公式サイトのいちばん上に置かれた言葉。主語も目的語も「わたし」で、誰かに勝つとも、何かを手に入れるとも言っていない。娘を奪われ、ひとりで育てる富士子の物語を短い一文にした形だ。あきらめない対象が夢や目標ではなく「自分」であるところに、この映画の目線がある。うまくいかない日は、自分に見切りをつけたくなる。そのとき手放さなくていいものは何か。このコピーは、それを一つに絞って指さしている。
名言2【富士子】理不尽に抗うことば
うるせえよ、バカヤロー!
(富士子/FUJIKO)
出典元:映画「FUJIKO」本編(mi-mollet掲載の横川良明によるレビューで紹介)
この記事で紹介する本編のセリフは、この一本だけ。レビューでは「理不尽に抗う魔法の言葉」と紹介された。富士子は姑に娘を取り上げられ、婚家の力関係に打ちのめされたところから、自分の手で人生を取り戻していく。どの場面で誰に向けた言葉かは、劇場で確かめてほしい。飲み込むのが大人だと思って、言えなかった言葉が誰にでもある。言い返せなかった夜に、富士子に代わりに叫んでもらう。そんな使い方があってもいい。
名言3【木村太一監督の母】食事の席での、ただひとつの注文
私は暗い映画にして欲しくない
(木村太一監督の母・富士子のモデル)
出典元:otocoto 片山友希インタビュー(2026年5月)
映画化が決まったあと、木村監督と監督の母、片山友希の3人で食事をした席で、母がはっきり言った言葉だ。自分の半生が映画になるのに、注文は「暗くしないで」の一点だった。監督は受賞を「母に一番、最初に伝えた」と語り、母からずっと「暗くするな」と言われていたと明かしている。つらい時期を生き抜いた本人が、その記憶を暗い話として残したくなかった。過去にどんな色をつけるかを決める権利は、それを生きた人にある。
【主演・キャスト】片山友希・岸本加世子の言葉15選
ここからは、舞台挨拶やインタビューで語られた言葉です。まず主演の片山友希と、富士子の母・菅波千代を演じた岸本加世子。劇中のセリフではなく、演じた人たちが自分の言葉で話したものとして読んでください。
名言4【片山友希】3年間の空白のあとで
3年間全く映画の仕事がなかったが、初めて単独主演を務めた作品が無事に公開され、すごく幸せ
(片山友希・富士子役)
出典元:THR Japan(2026年6月6日 公開記念舞台挨拶)
2026年6月6日、TOHOシネマズ日比谷の公開記念舞台挨拶。初めて単独主演を務めた映画の初日翌日に、片山友希はまず空白の3年間を口にした。それを隠さずに置いたから、「すごく幸せ」に重さが出る。仕事がない期間は、何もしていない期間ではない。次が来たときに出せる自分を保っていた人が、ここに立っている。順番待ちのような時間の中にいる人には、この3年は他人事に聞こえないはずだ。
名言5【片山友希】8カ月かけて不安が消えた理由
改稿の度に読ませてもらい、クランクインの時には不安もプレッシャーもきれいになくなっていた
(片山友希・富士子役)
出典元:THR Japan(2026年6月6日 公開記念舞台挨拶)
同じ舞台挨拶での言葉で、原文の前半には「出演が決まってから脚本ができるまでの8カ月間」とある。改稿のたびに読ませてもらい、撮影初日には不安もプレッシャーも「きれいになくなっていた」。8カ月かけて、少しずつ台本に慣れていった結果だ。本番前の不安は、消そうとするから苦しくなる。代わりに、当日までにその材料に何回触れられるかを考える。回数が、不安の居場所を狭くしていく。
名言6【片山友希】役に「なる」のではなく「なっていく」
本当に現場を重ねるたびに富士子になっていった感じです
(片山友希・富士子役)
出典元:映画.com インタビュー(2026年6月)
インタビューで、直前に「半年以上ずっと台本を読んで、打ち合わせも参加させてもらうことができたので、読むたびに富士子の言うことや、やることが理解できました」と語っている。現場を一つ重ねるごとに、役に近づいていった。「なっていった」という言い方が正直だ。新しい役割の初日、自分がそれらしくないと落ち込む日がある。まだ、なっていく途中だ。いま何回目の現場なのかを数えると、見え方が変わる。
名言7【片山友希】脚本を初めて読んだときの印象
私が富士子から感じたのは、悲劇のヒロイン的心情ではなく、「いっちょ、やってやりますか!」というプラスのエネルギー
(片山友希・富士子役)
出典元:文春オンライン(MEGUMIとの対談)
MEGUMIとの対談で、脚本を初めて読んだときの富士子の印象をこう語った。あらすじだけなら、悲劇のヒロインだ。ところが片山友希が受け取ったのは「いっちょ、やってやりますか!」だった。泣く場面も絶望する場面もある役を、そう読んだ人が演じている。同じ出来事を「かわいそうな話」として抱えるか、「さて、どうしようか」の顔で見るか。境遇は選べなくても、読み方は選べる。
名言8【片山友希】1977年の静岡に、自分を重ねた
時代や境遇は違うけれど、台本を読んだ時にめっちゃ共感できたんです
(片山友希・富士子役)
出典元:ananweb インタビュー
インタビューで語った言葉。1977年の静岡でシングルマザーになる富士子と、京都から上京してきた自分。時代も家族の形も違うのに、台本を読んだら「めっちゃ共感できた」。共感は、同じ経験がなくても起きることがある。境遇の違う誰かの話に、自分の一部が反応する。その反応は、悩みが自分だけのものではなかったという知らせでもある。ひとりで抱えていたものを、少しゆるめてくれる。
名言9【片山友希】うまくいかない、でも悲観しない
富士子は離婚して一人での子育ては試行錯誤だし、仕事もうまくいかないけどまったく人生を悲観していない
(片山友希・富士子役)
出典元:ananweb インタビュー
同じインタビューで、続けて「私も京都から上京して大変だった時期があったけどなんとか生きてこられたなと思い出しました」と語っている。子育ては試行錯誤、仕事はうまくいかない。それでも人生そのものを悲観していない。「うまくいかない」と「悲観する」は、別のものだ。事実は変えられなくても、つまずきを人生全体の評価にしないことはできる。今日うまくいかなかったことが、人生の採点表に書き込まれるわけではない。
名言10【片山友希】20歳で上京したころの実感
東京に友達がいなかったり、お金がなかったりと結構大変な時期があったんです。そんな時でも“何か、生きて来れている。何か、今まで生活出来ているな”という気持ちがずっとあって
(片山友希・富士子役)
出典元:otocoto インタビュー(2026年5月)
「私は20歳で上京をしたのですが、その時」に続く言葉で、脚本に共感した出発点をこう説明した。友達もお金もない時期に、それでも「何か、生きて来れている」という感覚がずっとあった。生活はできている、という最低ラインを自分で確認していただけだ。今日も起きて、食べて、ここまで来た。それは当たり前ではなく、成り立たせてきたことだ。手帳の端に「今日もなんとかやれた」と書くと、その確認が形になる。
名言11【片山友希】想像の外にあったもの
想像だけでは追いつかないところがありました
(片山友希・富士子役)
出典元:TVfan インタビュー
原文の前半は「自分は結婚もしていなければ、子どもを産んだこともないので」。母親を演じるにあたり、頭の中だけでは追いつけない部分があったと認めた言葉だ。足りない分は、子役との共演で、目の前の子どもに反応しながら埋めていった。経験のないことを、想像で完璧に準備しようとして動けなくなることがある。追いつかないところがあるのは、準備不足ではなく前提だ。先は現場で拾うと決めておけば、始める前が軽くなる。
名言12【片山友希】イッセー尾形の一言に応えて
そのときに起きたことをどれだけ受け入れて、どれだけ反応できるかがお芝居の難しさであり、楽しさだなって思います
(片山友希・富士子役)
出典元:bezzy インタビュー(2026年6月)
父の葬儀後の会席シーン。大石清役のイッセー尾形の「勝手なこと言うんじゃねえよ」の一言で、準備していなかった涙が出たという。その体験を語ったあとに出たのが、この言葉だ。用意したものが通用しない瞬間こそ、難しさで、楽しさでもあると言う。会議で想定外の質問が飛ぶ。そのとき「準備が無駄になった」と思うか、「ここからが本番だ」と思うか。起きたことを一度受け入れてから反応する。この順番は、日常でも練習できる。
名言13【片山友希】相手がいるから変われる
やっぱりお芝居というのは相手がいることで自分も変わるんだなと感じることがすごく多かったです
(片山友希・富士子役)
出典元:bezzy インタビュー(2026年6月)
同じインタビューで、直前に名前が挙がるのは姑・古宮敏子を演じたYOU、瀬戸さおり、イッセー尾形。相手によって自分の芝居が変わることを、何度も感じたという。ひとりで考え込んでも、変わらないものがある。相手の言葉や間に触れて初めて、出てくる反応がある。行き詰まっている案件を、誰かに10分だけ話す。答えをもらうためではなく、話している自分の声を聞くためだ。相手がいることで、自分の側が動く。
名言14【片山友希】「カッコいい映画にしよう」と決めた
確かにハードな人生だけど、暗い話にはしたくない。カッコいい映画にしようって監督やMEGUMIさんと話したんです
(片山友希・富士子役)
出典元:ananweb インタビュー
直前には「泣いて、時には絶望して…もちろん女性に不利だった時代背景もあるし」と語っている。それを認めた上で、監督やMEGUMIと「カッコいい映画にしよう」と話したという。名言3の、監督の母の願いと同じ方向を向いた言葉だ。ハードな出来事を消すのではなく、どう語るかを決める。自分の失敗談を、笑いながら話せる日がくる。それは傷が消えたからではなく、語り方を自分で選び直したからだ。
名言15【片山友希】演じている期間が、いちばん絶好調だった
私も富士子を演じている期間は、人生で一番くらいに絶好調で…
(片山友希・富士子役)
出典元:ananweb インタビュー
同じインタビューで、富士子の生き方に観る側も力づけられると向けられ、「だとしたら最高です」と応じてから出た言葉。続けて「それだけ役にエネルギーがあるということですよね」と語っている。娘を奪われ、仕事もうまくいかない女性を演じながら、本人はその役から力をもらっていた。何かに没頭している時期は、自分の調子の良さに気づきにくい。いま夢中になれているものがあるなら、それが今の絶好調なのかもしれない。
名言16【片山友希】映画祭のあとに見えた次の目標
英語と韓国語を勉強して、世界の方々とお仕事できるようになったらいいなと思っています
(片山友希・富士子役)
出典元:映画情報どっとこむ(2026年6月6日 公開記念舞台挨拶)
公開記念舞台挨拶で、今後の目標を聞かれての言葉。韓国語は2年以上前から自分でコツコツ続けてきた。そこにイタリアへ行った経験から「次は英語」が加わり、いまは英語も勉強中だという。大きな出来事のあとに増えたのは、派手な宣言ではなく、勉強する言語がひとつ。「世界の方々とお仕事」はまだ遠いが、2年続けた韓国語が、その距離を少しずつ縮めてきた。遠い目標は、地味な毎日の側から近づいてくる。
名言17【片山友希】クランクアップで語った夢が叶うまで
海外の映画祭に俳優として参加するという夢を『FUJIKO』のおかげで叶えることができたんです
(片山友希・富士子役)
出典元:文春オンライン(MEGUMIとの対談)
MEGUMIとの対談での言葉。クランクアップの日、片山友希は「私も海外の映画祭でレッドカーペットを歩きたい」とコメントしていた。その願いが、この作品で現実になった。夢を叶えるために映画に出たのではなく、目の前の一本に全部を入れたら、夢のほうが近づいてきた。「やりたいことと今の仕事は関係ない」と感じる日もある。関係は、あとからつながることがある。いま手にある一本に、少しだけ本気で向き合ってみる。
名言18【岸本加世子】亡き母を思い出して
この映画を通して「お母さんの愛に勝てるものはないな」って本当に思いました
(岸本加世子・富士子の母 菅波千代役)
出典元:映画情報どっとこむ(2026年6月6日 公開記念舞台挨拶)
公開記念舞台挨拶で、岸本加世子は「私も早くに母を亡くしたんですが、静岡愛がものすごく深かった母に対しての思いがいまでもすごくあります」と前置きして、この言葉を語った。演じたのは富士子の母・千代。静岡を舞台にした母と娘の物語が、自分の母への思いを呼び戻したのだろう。会えなくなった人への思いは、ふと触れた作品や土地で戻ってくる。そのときは、思い出すままにしておいていい。
\ うまくいかない時期を支えるのは、小さな言葉 /
しんどい時期を支えるのは、大きな成功ではなく、ふとした言葉だったりします。
ポケットAnchorは、作品とは別の、アプリ独自のコレクションから毎日ひとつ言葉を選び、iPhoneのロック画面やウィジェットに届けるアプリです。20種類以上のカテゴリから、いま欲しい言葉の系統を選べます。基本機能は無料です。
【企画・プロデュース】MEGUMIの言葉13選
企画・プロデュースのMEGUMIが、インタビューや舞台挨拶、クランクアップや受賞のときのコメントで語った言葉です。初めての長編映画プロデュースに、約4年をかけた人の言葉として読んでください。
名言19【MEGUMI】企画の軸を、先に決めておく
自分が企画するものに関しては、女性をエンパワーするものと決めています
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:TVfan インタビュー
インタビューで、MEGUMIが自分の企画の基準をこう語った。選択のたびに考えるのではなく、先に決めておく。この一文はそう言っている。「女性をエンパワーするもの」と決めてあれば、企画が来たときの判断が速い。何に時間を使うかで迷い続ける人は、判断力が足りないのではなく、軸を決める機会がなかっただけだ。自分が引き受ける仕事の条件を、一文で言えるようにする。次に迷ったとき、戻ってくる場所になる。
名言20【MEGUMI】「名前だけでしょ」という声のなかで
私のプロデューサーという立場に対して、『どこまでやってるの?』とか『名前だけでしょ』とか、割と批判的な声が多かったんです
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:映画.com インタビュー(2026年6月)
インタビューで、プロデューサーという立場に向けられた声をこう率直に語った。その中で制作に約4年をかけ、監督と二人三脚で進めた。そして海外の反応も含めて、プロデューサーとしての仕事が「ようやく皆様に伝わったかな」と続けている。批判は、まだ見えていない部分に向けられることが多い。見えないところで積んだものは、時間をかけて形になったとき、ようやく伝わる。それまでは、自分だけが知っていればいい。
名言21【MEGUMI】引き受けてから、つくる
いろんな状況を引き受けて『自分で自分の人生をクリエイトしましょう』というのが私のエンパワーメントの形
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:毎日キレイ インタビュー(2026年5月)
直前に「“Me Too運動”みたいな『私の苦しみ分かって!』ではなくて」と前置きしている。苦しみを訴えることの否定ではなく、自分が届けたい形の線引きだ。「いろんな状況を引き受けて」が先に来て、「クリエイト」が後にくる。理想の環境が整ってから始めるのではなく、今の状況を素材にする。「この状況で自分に動かせるのはどこか」を一つだけ探す。それが「クリエイト」のいちばん小さな単位だ。
名言22【MEGUMI】1977年と今の、変わっていないもの
今はそういう言葉をかけられることは少なくなっても、預けられる場所がない、子どもを産んだら仕事がままならないとか、実はあまり変わっていません
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:毎日キレイ インタビュー(2026年5月)
直前で映画の舞台になった時代を、男尊女卑が明確にあり、シングルマザーはほとんどおらず、むしろタブーとされていた時代だったと振り返っている。預けられる場所がない、産んだら仕事がままならないという点は「実はあまり変わっていません」と続けた。同じインタビューで「説教臭くなく描きたい」とも語った。変わらない問題を正論で叫ばず、ひとりの女性の日々として見せる。主張より一場面のほうが、遠くまで届くことがある。
名言23【MEGUMI】主演に片山友希を選んだ理由
片山さんは珍しいくらい普通の感覚を持った俳優さんなんですよ
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:文春オンライン(片山友希との対談)
片山友希との対談で、キャスティングの理由をこう語り、続けて「達者なお芝居をされますが、全く俳優然とはしていなくて、ぶっちゃけて何でも話してくれる」と付け足している。技術の高さではなく「普通の感覚」が決め手で、だからこそ富士子役がフィットすると思った、と。自分では「誰でも持っている」と思う感覚が、周りには珍しいものだったりする。そのふつうさは、磨くより、そのまま置いておくほうが生きることもある。
名言24【MEGUMI】富士子は衝動で生きている人
行き当たりばったりの時もあるし、『なんでこういうこと言っちゃったんだろう……』なんて後悔もするような衝動で生きている人
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:映画.com インタビュー(2026年6月)
前置きは「富士子もそういうキャラクターで」。主人公を、計画的でも器用でもない、後悔もする衝動の人として描いたと語っている。「なんでこういうこと言っちゃったんだろう」と布団の中で繰り返す夜は、誰にでもある。行き当たりばったりは、欠点として矯正するものではなく、その人の動力でもある。後悔の横に、衝動で動いたから見えた景色を一つ並べる。両方あるのが、丸ごとの自分だ。
名言25【MEGUMI】ラストに込めた「自分で選んだ」清々しさ
富士子が『何かになった』という結果ではなく、そのプロセスは伝わらないとしても、語りすぎずに『自分で選択をした』という清々しさを表現できるラストにしようと最初から監督と決めていました
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:映画.com インタビュー(2026年6月)
インタビューで語られた、ラストの設計意図。富士子が何者かになったという結果ではなく、「自分で選択をした」という清々しさで終わらせる。最初から監督とそう決めていたという。見終わった人なら、この言葉で最後の場面がよみがえるはずだ。結果を問われ慣れると、「正しかったか」ばかり考えてしまう。先に問うていいのは「自分で選んだか」のほうだ。今日した小さな選択を一つ、自分で選んだものとしてメモに残す。
名言26【MEGUMI】監督とのケンカが、いい映画を作った
“マジ、ムカつく”みたいなこともたくさんありましたが、そういうことがあったから、いい映画ができたと信じています
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:映画.com(2026年6月6日 公開記念舞台挨拶)
公開記念舞台挨拶で、木村監督との4年の二人三脚を振り返り、「ケンカもたくさんして」とにっこり語った言葉。「マジ、ムカつく」をなかったことにせず、「そういうことがあったから、いい映画ができた」と言い切っている。仕事で誰かにムカついた自分を、未熟だと責めてしまう日がある。でも本気で作っているもの同士が、ぶつからずに済むことのほうが少ない。途中で降りていたら、この話にはなっていなかった。
名言27【MEGUMI】クランクアップの日に見据えていた映画祭
その映画祭でこの『FUJIKO』の奇跡がみんなに伝わり、”日本人の女性の強さ”が届けばいいな、と思っています
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:映画.com(クランクアップコメント)
花束を手にしたクランクアップのコメント。前置きは「海外の映画祭をしっかりと目標に見据えているので」。完成前に、海外の映画祭を目標として口にしている。そして2026年5月、第28回ウディネ・ファーイースト映画祭で2冠。願えば叶うと言いたいのではない。目標を口に出した時点で、準備の向きが決まる、ということだ。口に出せば、外れたとき恥ずかしい。それでも、指す場所があるかどうかで進み方は変わる。
名言28【MEGUMI】1,200席の満席と、5分間の拍手
国を超えて、本当にこの映画が届いたな、と思いました
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:THR Japan(2026年4月 ウディネ・ファーイースト映画祭)
2026年4月26日、第28回ウディネ・ファーイースト映画祭。1,200席が満席の会場で、上映後に5分間のスタンディングオベーションが起きた。1977年の静岡で、ひとりの母親の日々を描いた日本語の映画が、1,200人の観客を立たせた。「届くだろうか」と半信半疑で続ける時間は、だれの仕事にもある。名言27でクランクアップの日に口にした「届けばいいな」が、ここで「届いた」に変わった。
名言29【MEGUMI】始まりは居酒屋の会話だった
木村監督と居酒屋で話していたあの日からこんな日が来るなんて
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:映画.com(2026年5月 ウディネ映画祭受賞時)
2冠受賞の発表を受けたコメント。制作に約4年をかけたこの映画は、木村監督と居酒屋で話していた日から始まった。人生を動かすものの始まりは、たいてい振り返ってからしか「始まり」だとわからない。今日交わした何気ない会話の中に、数年後の「あの日」が混ざっていることがある。だから雑談を大切に、とまでは言わない。ただ、誰かと話したあとに残った熱を、すぐに消さないでおく。それで十分だ。
名言30【MEGUMI】癖が全部崩壊するくらいの体験
自分の思考や、性格の癖みたいなのが全部崩壊するぐらい本当に人生最高の体験
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:映画.com(2026年5月 第4回横浜国際映画祭 舞台挨拶)
第4回横浜国際映画祭の舞台挨拶で、ウディネでの上映を振り返った言葉。人前で泣くタイプではないのに号泣し、国を越えた観客が泣きながら拍手を送ってくれた。それを「生涯で初めての経験」と言い、続けてこう語った。自分はこういう人間だという型は、年を重ねるほど固まる。それが崩れるほどの出来事は、めったに来ない。癖を直そうと努力するより、癖が壊れるほど本気になれるものに出会う。そんな近道もある。
名言31【MEGUMI】この映画で伝えたかったこと
間違えても失敗しても、とにかく前に進み続けるということはお伝えできたかなと思います
(MEGUMI・企画・プロデュース)
出典元:TVfan インタビュー
映画に込めたメッセージを聞かれて、こう答えた。続けて、観た人に浄化とパワーを持ち帰ってほしいとも語っている。「間違えず、失敗せず」ではない。間違えても失敗しても、だ。試行錯誤し、うまくいかなくても前に進む富士子の姿が、この映画の背骨だ。完璧な一日でなかった夜に、進んだ分だけを数える。三歩下がったように見えた日でも、その中に一歩だけ前があれば、その一歩は残る。
\ 前に進み続ける日々の、となりに /
読み終えたあとも覚えていられる言葉は、たいてい一つか二つです。忘れる前提で、毎日ひとつ思い出す仕組みを持っておくのも手です。
ポケットAnchorは、作品とは別の、アプリ独自のコレクションに3,000を超える名言を収録し、ウィジェットが毎日ひとつ見せてくれます。基本機能は無料です。
【監督】木村太一の言葉7選
最後は木村太一監督。インタビュー、初日の舞台あいさつ、そしてウディネ映画祭の会場で語った言葉です。実母の半生を撮った人が、何を見ていたかが伝わってきます。
名言32【木村太一】イギリスから見た日本の現在地
ジェンダーに関する意識については、日本はまだ5年、10年遅れているなと感じることもあります
(木村太一・監督)
出典元:Qetic インタビュー
前置きは「イギリスに住んでいたこともあって」。続けて保育園不足を例に挙げ、「社会は子どもを産めと言うけれど、じゃあどうするの?という矛盾がある」と指摘している。母の話を撮りながら、監督が見ていたのは今でもあった。「そういうものだから」と飲み込んできた違和感は、外から見ると輪郭がはっきりする。気づけなかった自分を責める話ではない。比べる場所がなかっただけだ。違和感を、飲み込む前に一度言葉にする。
名言33【木村太一】実在の蕎麦屋で撮った理由
映画って、役者さんがその場所に行って、空気を吸って、見て、感じて、そこから演じることが大事なんですよね
(木村太一・監督)
出典元:Qetic インタビュー
静岡でのロケについて語った言葉。劇中の蕎麦屋は実在の店で、監督いわく「母や姉、僕もよく助けられた場所」だ。セットではなく、母が実際に助けられた場所に役者を立たせ、空気を吸ってから演じてもらう。遠回りだが、監督はそこを譲らなかった。大事な場面の準備を、資料と画面の中だけで終えてしまうことがある。その場所に少し早く着いて、座って、空気を吸う。体で感じたものは、あとから言葉の重さになる。
名言34【木村太一】大きな夢を持たない主人公
富士子は、アメリカ映画の主人公のような大きな夢があるわけではなく、ちょっと模索しているキャラクターなんですね
(木村太一・監督)
出典元:静岡東宝会館 初日舞台あいさつ(2026年6月5日)
2026年6月5日、舞台となった静岡での初日舞台あいさつ。監督は主人公を、大きな夢を掲げる人ではなく「ちょっと模索している」人として説明した。夢を語る主人公のほうが物語は作りやすいのに、模索したままの人を真ん中に置いた。「夢は何ですか」と聞かれて言葉に詰まる人は、この主人公に自分を見つけられる。夢がないのではなく、模索の途中にいる。いま気になっていることに、一度だけ近づいてみる。
名言35【木村太一】こつこつの先に、選択が与えられる
目の前にあることをこつこつ頑張った先に自分のやりたいことが見つかる、自分に選択が与えられる。そこが魅力だと思っています
(木村太一・監督)
出典元:静岡東宝会館 初日舞台あいさつ(2026年6月5日)
名言34の直後に続けた言葉。富士子の魅力を、監督はこう言い切った。やりたいことが見つかってから頑張るのではなく、目の前のことをこつこつやった先に、やりたいことが見つかり、選択肢が手元に来る。「やりたいことがわからない」と焦るときは、順番が逆なのかもしれない。探すのをいったんやめて、今日の仕事を一つ、ていねいにやる。選択肢は、探しに行った先ではなく、積んだものの上に置かれる。
名言36【木村太一】5分間の拍手のなかで
こんなにスタンディングオベーションをいただけるとは思わなかったので、うれしさを超えた無の境地になってしまい、走馬灯のような時間でした。映画人生において、一番幸せだったかのような時間でした
(木村太一・監督)
出典元:THR Japan(2026年4月 ウディネ・ファーイースト映画祭)
2026年4月26日、ウディネ映画祭。5分間のスタンディングオベーションが続いた直後のコメントだ。うれしさを超えて「無の境地」になり、走馬灯のような時間だったと言う。母の半生を撮った映画が、遠い国で立って拍手される。全力を注いだものが予想を超えて返ってきたとき、人は言葉を失う。放心ではなく、本気だった分だけ受け止めるのに時間がかかっている。言葉にならない瞬間は、無理に言葉にしなくていい。
名言37【木村太一】授賞式で口にした感謝
本当に夢のような時間でサポートしてくださった皆様に感謝したいと思います
(木村太一・監督)
出典元:映画.com(2026年5月 ウディネ映画祭 授賞セレモニー)
ウディネ・ファーイースト映画祭の授賞セレモニー。2冠を受け取った場での言葉だ。同じ場で、役者だけでなくスタッフ、製作の全員に「ありがとうございます」と言った。ひとりで成し遂げたように見えることほど、後ろに人がいる。うまくいった日、自分の努力を数える前に、支えた人の顔を一人だけ思い浮かべる。感謝は謙遜ではなく、支えた誰かがいたという事実を、そのまま口にすることなのかもしれない。
名言38【木村太一】最高傑作は塗り変えていくもの
自分ではいま、この作品は最高傑作だと思っています。ただ、最高傑作というのは、必ず塗り変えていかなきゃいけないものだと思っているんですけど
(木村太一・監督)
出典元:映画情報どっとこむ(2026年6月6日 公開記念舞台挨拶)
公開記念舞台挨拶での言葉。同じ場で「人生で一番大事な作品であることは変わらない」とも語っている。「最高傑作だと思っています」と自分で言い切るのは勇気がいる。「まだまだです」と先に言うほうが楽だ。監督はそう言わず、その上で「必ず塗り変えていかなきゃいけないもの」と付け足した。今を最高と認めることと、次でそれを超えると決めることは両立する。いま手がけているものを、今の自分の最高だと認めてみる。
映画「FUJIKO」の名言まとめ
映画「FUJIKO」の名言38本を、キャッチコピーと本編のセリフ、監督の母の言葉、そして主演・プロデューサー・監督が舞台挨拶やインタビューで語った言葉に分けて紹介しました。並べてみると、立場の違う人たちが同じ方向を向いていたことが見えてきます。監督の母は「暗い映画にして欲しくない」と言い、片山友希は「カッコいい映画にしよう」と話し、MEGUMIは「間違えても失敗しても、とにかく前に進み続ける」ことを伝えたかったと語りました。
「わたしは、わたしをあきらめない」というコピーは、何かを成し遂げる約束ではなく、自分に見切りをつけないという約束です。3年間の空白のあとに初めて単独主演を務めた人、批判の声のなかで4年かけて作った人、模索したままの主人公を真ん中に置いた人。38本のうち、今日の自分に近い1本があれば、それだけを持ち帰ってください。あきらめなかった人たちの言葉は、もう一度観たくなる理由にも、まだ観ていない人が劇場へ向かう理由にもなるはずです。
📚 あわせて読みたい
【関連】映画「君は映画」の名言・名セリフ27選
【関連】子育てがつらい時に“親の心を支えてくれる”7つの名言
【関連】何度倒れても立ち上がる人のための名言7選