頑張っているつもりなのに、自信が持てない。周りと比べては落ち込んで、「このままでいいのかな」と立ち止まってしまう。そんなとき、樹木希林の名言は不思議な効き方をします。前向きになれとも、もっと努力しろとも言わない。ただ、力の抜き方と面白がり方を、飾らない言葉で手渡してくれるのです。
2018年に75歳で亡くなるまで、14年以上を全身がんと共に生きた樹木希林さん。その言葉が今も読み継がれるのは、きれいごとではないからです。病も老いも不自由も引き受けた人の実感だけが持つ説得力が、一行一行に宿っています。
この記事では、樹木希林さんが残した言葉の中から64の名言を、確認できた出典とともに紹介します。全部を覚える必要はありません。気になった一つだけ、今日のポケットに入れて持ち帰ってもらえたらうれしいです。
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樹木希林とはどんな人物か
樹木希林(きき・きりん)は1943年生まれ、東京都出身の女優です。文学座の研究生を経て、ドラマ「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」で個性派として人気を集め、若くして老け役を演じたことでも知られます。2004年に乳がんが見つかり、2013年には全身へのがん転移を公表。それでも映画「あん」「万引き家族」など晩年まで第一線で演じ続け、2018年9月、75歳で逝去しました。14年以上がんと共に生き、飾らない言葉を数多く残した人です。
樹木希林の名言64選
名言1【樹木希林】笑わせようと構えた瞬間に笑いは逃げる
「今からギャグをやりますよ」という雰囲気を出すと、見る方は笑えない。
(樹木希林)
出典:朝日新聞デジタル連載「人生の贈りもの」(2018年5月)
樹木希林は「寺内貫太郎一家」などで数々の笑いを生んできた人ですが、狙って笑わせようと構えることを嫌いました。最晩年の新聞連載で語った、役者としての実感がこの言葉です。狙いが透けた瞬間、見る側は白けてしまう。これは日常でも同じで、会議で気の利いたことを言おうと力むほど言葉は滑り、好かれようと演出するほど距離は縮まりません。相手の心が動くのは、こちらが構えを解いて、目の前のことに真剣になっているときです。面白い人になろうとするより、面白がっている自分でいること。順番をひとつ入れ替えるだけで、肩の力はすっと抜けていきます。
名言2【樹木希林】「いつでも死ぬ」という感覚で今日を生きる
「人間いつかは死ぬ」とよく言われます。
これだけ長くがんと付き合っているとね、「いつかは死ぬ」じゃなくて「いつでも死ぬ」という感覚なんです。
(樹木希林)
出典:静岡市講演「樹木希林の遺言」(2016年)
2013年に全身へのがん転移を公表した樹木希林が、2016年の講演で語った死生観です。「いつかは死ぬ」と思っているうちは、死はまだ遠い他人事。けれど「いつでも死ぬ」と捉えた瞬間、今日という一日の重みが変わります。実際、彼女はこの感覚とともに、会いたい人に会い、演じるべき役を演じ、最後まで淡々と仕事を続けました。私たちはつい「いつかやろう」と物事を先送りにします。でも、その「いつか」が保証されていないと知っている人は、今日の使い方が違う。重たい言葉のようでいて、毎朝を新しく始めるための、実はとても実用的な言葉です。
名言3【樹木希林】苦手なあの人が現場を面白くする
映画ってね、「嫌だな、あの人」と皆が思うような、ずうずうしい演技をする人が交じることで、思いがけない面白さが出ることがあるのよ。
(樹木希林)
出典:朝日新聞デジタル連載「人生の贈りもの」(2018年5月)
職場の「苦手なあの人」を思い浮かべながら読みたい言葉です。最晩年の連載で語られた映画論ですが、樹木希林自身、現場で監督にも率直に意見を言うことで知られた人でした。整った現場より、異物が混じった現場のほうが思いがけない化学反応が起きることを、身をもって知っていたのです。チームに合わない人がいて疲れるとき、あの人は作品を面白くする配役なのかもしれない、と見方を変えてみる。全員を好きになれなくていいし、全員に好かれなくてもいい。ずうずうしい人の存在まで面白がれたら、あなたの職場は少しだけ映画に近づきます。
名言4【樹木希林】喜びは見つけるもの
喜びを見つけて、気持ちが沈んだら、笑う。
こういう生き方をしてきた。
みなさんも見つけて。
(樹木希林)
注目したいのは、最後の「みなさんも見つけて」です。樹木希林は「喜びはそこにある」とは言いませんでした。喜びは向こうからやって来るものではなく、自分で見つけに行くもの。全身がんと共に生きた彼女の毎日は、探さなければ喜びより不安のほうが多かったはずです。それでも見つけて、笑う。この順番に、彼女の実践がにじみます。気持ちが沈んだ日、無理に前向きになる必要はありません。帰り道の空の色でも、コンビニの新作でもいい。小さな喜びをひとつ見つけて、口角を上げてみる。それだけで今日は、ただ沈んだだけの日ではなくなります。
名言5【樹木希林】笑顔は感情の呼び水になる
嫌な話になったとしても、顔だけは笑うようにしているのよ。
井戸のポンプでも、動かしていれば、そのうち水が出てくるでしょう。
同じように、面白くなくても、にっこり笑っていると、だんだんうれしい感情がわいてくる。
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
嫌な話の最中でも、顔だけは笑わせておく。樹木希林のこの実践は、井戸のポンプという例えで語られると急に腑に落ちます。水が出る前から動かし続けるから、やがて水が湧く。感情も同じで、うれしくなるのを待ってから笑うのではなく、先に笑うから、うれしさが後からついてくるのです。心理学でも、表情が感情に影響を与えることは古くから研究されてきました。気分が重い朝、鏡の前でにっこりしてみるのは、ばかばかしいようでいて理にかなった方法です。感情は待つものではなく、呼び水を注いで汲み上げるもの。この順番を知っているだけで、沈んだ日の過ごし方が変わります。
名言6【樹木希林】人生の締めくくりはおわびでいい
死に向けて行う作業は、おわびですね。
謝るのはお金がかからないから、ケチな私にピッタリなのよ。
謝っちゃったら、すっきりするしね。
(樹木希林)
出典:宝島社企業広告(2018年10月)
亡くなった翌月の2018年10月、宝島社の企業広告に掲載され、多くの人の胸を打った言葉です。人生の締めくくりの作業を「感謝」ではなく「おわび」と言い、しかも「ケチな私にピッタリ」と笑いで包む。ここに樹木希林の真骨頂があります。謝ることは、負けることではなく、抱えてきた重い荷物を下ろすこと。だから「すっきりする」のです。あなたにも、意地を張ったまま時間だけが過ぎてしまった相手が、ひとりくらいいるかもしれません。お金もかからず、準備もいらず、今日からできる。おわびとは、実は一番身軽になれる行為なのだと、この言葉は教えてくれます。
名言7【樹木希林】この身体は借りものだと気づく
私、自分の身体は自分のものだと考えていました。
とんでもない。
この身体は借りものなんですよね。
最近、そう思うようになりました。
借りものの身体の中に、こういう性格のものが入っているんだ、と。
(樹木希林)
出典:朝日新聞デジタル連載「人生の贈りもの」(2018年5月)
乳がんの手術を経て、全身にがんが広がるなかで、最晩年にたどり着いた実感です。自分の身体は自分のもの。そう信じて酷使してきた人ほど、この言葉にはっとするのではないでしょうか。借りものだと考えた瞬間、身体は責める対象ではなく、預かりものとして丁寧に扱う対象に変わります。締め切りに追われて食事を抜き、眠る時間を削って働く。そんな日々が続くとき、この身体はレンタル品だと想像してみる。返す日まで、せめて手入れをして使う。自分を大切にするのが苦手な人でも、借りものなら労われる。性格まで込みで預かっている、というユーモアも含めて優しい発想です。
名言8【樹木希林】借りたものをお返しすると考えると楽になる
借りていたものをお返しするんだと考えると、すごく楽ですよね。
(樹木希林)
出典:朝日新聞デジタル連載「人生の贈りもの」(2018年5月)
前の言葉と対になる、返却の思想です。借りたものは、いつか返す。そう考えると、失うことは奪われることではなく、お返しする日が来ただけのことになります。樹木希林はこの発想で、死への向き合いを「すごく楽」と言い切りました。これは死だけの話ではありません。若さも、体力も、役職も、人からの評価も、ずっと自分のものだと思うから、減っていくことが怖くなるのです。最初から借りものだと思えば、今手元にあるうちに、ありがたく使い切ろうという発想に変わります。握りしめる生き方から、預かって返す生き方へ。力の抜き方を教えてくれる一行です。
名言9【樹木希林】自分を使い切ることが人間冥利
十分生きて自分を使い切ったと思えることが、人間冥利に尽きるってことなんじゃないでしょうか。
(樹木希林)
出典:「文藝春秋」インタビュー
樹木希林は、物でも才能でも「使い切る」ことにこだわった人でした。服はあるものを直しながら着て、役者としての自分も最後の映画まで出し切った。この言葉の主語が「長く生きた」ではなく「使い切った」であることが重要です。人間冥利は寿命の長さではなく、燃焼の度合いで決まる。私たちはつい、本気を出し惜しみします。失敗したときの言い訳のために、全力を温存してしまう。けれど、使わなかった力は貯金のように残ってはくれません。今日の分の自分を、今日使い切る。その積み重ねの先にしか、「使い切った」という実感は待っていないのです。
名言10【樹木希林】老いてから別れるのはもったいない
熟年離婚なんて言葉も浸透してきちゃったけど、老いてから別れるのはもったいないわよ。
(樹木希林)
1973年に内田裕也さんと結婚し、まもなく別居。一度は一方的に離婚届を出されながらも裁判で無効にし、45年間夫婦であり続けました。そんな人が言う「別れるのはもったいない」には、きれいごとではない重みがあります。長い時間をかけた関係には、良いことも悪いことも積もっていて、その全部が熟成の材料になる。合わないから切る、を繰り返すかぎり、この熟成だけは手に入りません。恋人でも友人でも、関係を簡単にリセットしたくなったとき、少し思い出したい言葉です。もったいない、という金銭感覚のような語り口も、いかにも彼女らしいのです。
名言11【樹木希林】生きるのも日常、死んでいくのも日常
生きるのも日常、死んでいくのも日常。
死は特別なものとして捉えられているが、死というのは悪いことではない。
(樹木希林)
がんの治療を続けながらも、樹木希林は死を特別な悲劇として語りませんでした。生きるのも日常、死んでいくのも日常。この地続きの感覚は、映画「あん」や「万引き家族」で見せた静かな存在感にも通じています。死を特別視すると、私たちは考えること自体を避け、漠然とした不安だけが残ります。逆に、死を日常の延長に置けた人は、限りある時間の使い道を具体的に考え始めます。大切な人と過ごす時間、やり残していること。死は悪いことではない、という一文は乱暴なようでいて、実は今日をちゃんと生きるための、静かなスイッチなのです。
名言12【樹木希林】誰もいなくても笑って自分の頭を撫ぜる
誰もいなくても、笑うの。
笑うの。
笑うの。
そしてちょっと、自分の頭を撫ぜるの。
それからねぇ、嬉しいことをするの。
(樹木希林)
誰かに褒められるのを待つのではなく、自分で自分の頭を撫ぜる。子どもをあやすようなこの実践を、大女優が大真面目に語っているところに、この言葉の魅力があります。三回繰り返される「笑うの」には、一回では笑えない日があることを知っている人の実感がにじみます。一人暮らしの部屋で、今日の頑張りを誰にも見てもらえなかった夜。誰かに報告するほどでもない、小さな達成があった日。そんなとき、自分の頭にそっと手を乗せてみる。ばかばかしいと思うなら、一度だけ試してみてください。自分をねぎらう技術は、案外こういう単純な動作から始まります。
名言13【樹木希林】年をとることにブレーキをかけない
年をとることに、絶対にブレーキをかけない。
だから、病気もそう、容姿もそう。
ブレーキをかけない。
ブレーキをかけたって何十年もかけられない。
たががはずれたらどどっと来るんですから。
ブレーキをかけている苦労の方が大変じゃない?
(樹木希林)
出典:毎日新聞(2014年10月31日)
樹木希林は白髪を染めず、しわを隠さず、年齢をそのまま画面にさらして生きた女優でした。2014年のインタビューで語ったこの言葉は、その覚悟の種明かしです。老いや病気にブレーキをかけても、何十年もかけ続けることはできない。それなら最初からかけないほうが楽だという、極めて合理的な判断なのです。これは老いだけの話ではありません。変化に抗うことには、想像以上のエネルギーが要ります。昔の体力、過去の成功パターン、若い頃の評価。手放すまいと踏ん張るより、変わっていく自分に乗ってしまう。その身軽さを、彼女は生涯かけて実演してみせました。
名言14【樹木希林】おごらず、比べず、面白がって、平気に生きる
おごらず、他人と比べず、面白がって、平気に生きればいい
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
2018年9月の葬儀で、喪主を務めた娘の内田也哉子さんが紹介し、広く知られるようになった言葉です。おごらず、他人と比べず、面白がって、平気に生きる。四つの要素のうち、今の私たちに一番難しいのは「他人と比べず」かもしれません。スマホを開けば同世代の転職、結婚、活躍が流れ込み、比べる材料には事欠かない時代です。だからこそ、この言葉は覚えておく価値があります。比べそうになったら、面白がる方へ舵を切る。うらやましさを好奇心に変換する。彼女が残した人生の指針が、この気負いのない一行だったことに、救われる思いがします。
名言15【樹木希林】幸せは自分で見つけるもの
幸せというのは「常にあるもの」ではなくて「自分で見つけるもの」
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
樹木希林の幸福論は、幸せの定義から始まります。幸せが「常にあるもの」なら、見当たらない自分は不幸だということになる。でも「自分で見つけるもの」なら、まだ見つけていないだけで、不幸が確定したわけではありません。この違いは想像以上に大きいのです。昇進したら、結婚したら、貯金が貯まったら。条件が揃うのを待つ幸せは、いつまでも先送りされ続けます。彼女はがんと共に生きる日々の中でさえ、見つける側に回り続けました。今日、何かひとつ見つけられたら、今日は幸せな日。この採点方式に変えるだけで、同じ毎日の景色が変わって見えてきます。
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名言16【樹木希林】うまくいかないときは「自分が未熟だったのよ」でおしまい
人生なんて自分の思い描いた通りにならなくて当たり前。いつも「人生、上出来だわ」と思っていて、物事がうまくいかないときは「自分が未熟だったのよ」でおしまい
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
うまくいかないことが起きたとき、樹木希林の処理は驚くほど速いのです。「人生、上出来だわ」が基本設定で、狂ったときは「自分が未熟だったのよ」でおしまい。ここには他人への恨みも、延々と続く自己嫌悪もありません。「未熟だった」は自分を責める言葉に見えて、実は違います。未熟とは、これから熟していけるという意味だからです。失敗のたびに夜中まで一人反省会を続けてしまう人は、この二段構えを借りてみてください。思い通りにならないのが標準で、うまくいけば上出来。この採点基準なら、明日もまた挑戦する気力がちゃんと残ります。
名言17【樹木希林】失敗したら、そこからスタート
失敗したらね、そこからスタートなの。あんまり深く考えない
(樹木希林)
出典:『樹木希林 120の遺言 死ぬときぐらい好きにさせてよ』(宝島社)
失敗を「終わり」ではなく「スタート地点」に置き直す。言葉にすれば簡単ですが、樹木希林の場合、これが実感だから強いのです。若い頃に所属した文学座を飛び出し、テレビの世界で老け役という誰もやらない道を開拓した彼女のキャリアは、まさに予定外から始め直すことの連続でした。そして、続く「あんまり深く考えない」が、この言葉を優しくしています。反省は必要ですが、分析のしすぎは足を止める言い訳にもなる。ミスをした日の夜は、原因をひとつだけ確かめて、あとは眠る。翌朝の自分は、もうスタート地点に立っているのですから。
名言18【樹木希林】誇りを持って脇にどく
世の中をダメにするのは老人の跋扈。時が来たら、誇りを持って脇にどくの
(樹木希林)
出典:『樹木希林 120の遺言 死ぬときぐらい好きにさせてよ』(宝島社)
自分に置き換えると、ひやりとする辛口の言葉です。樹木希林は晩年、若い監督の作品に進んで出演し、主役として君臨するのではなく、作品を支える側に回りました。「誇りを持って脇にどく」は、その実践から出た言葉です。これは老人だけの話ではありません。後輩が育ってきたとき、任せるべき仕事を握りしめていないか。かつての成功体験で、新しいやり方に蓋をしていないか。どんな立場にも、どく勇気が問われる場面はあります。しがみつくより、譲るほうが誇り高い。その価値観を自分の中に持っておくと、いざ手放す場面で迷わずにすみます。
名言19【樹木希林】今日までの人生、上出来でございました
いまなら自信を持ってこう言えます。今日までの人生、上出来でございました。これにて、おいとまいたします
(樹木希林)
出典:『樹木希林 120の遺言 死ぬときぐらい好きにさせてよ』(宝島社)
死の間際まで言葉を残した樹木希林の、いわば人生の結びの挨拶です。注目したいのは「上出来」という採点です。彼女の人生は、順風満帆とはほど遠いものでした。別居のまま続いた結婚生活、長いがんとの共生。それでも最後に「上出来でございました」と言い切り、「おいとまいたします」と芝居の幕引きのように去っていく。この美しさは、完璧な人生からではなく、起きたこと全部を引き受けた人生から生まれています。今日の自分に何点をつけるか。減点方式をやめて、生きてここまで来ただけで上出来、から始める。最期の挨拶は、そんな採点の見本でもあります。
名言20【樹木希林】楽しむのではなく、面白がる
楽しむのではなくて、面白がることよ。楽しむというのは客観的でしょう。中に入って面白がるの。面白がらなきゃ、やっていけないもの、この世の中
(樹木希林)
出典:『樹木希林 120の遺言 死ぬときぐらい好きにさせてよ』(宝島社)
楽しむと面白がるは、似ているようで違う。楽しむのは外から眺める客観で、面白がるのは中に飛び込む主観だと、樹木希林は言います。彼女は病気も老いも撮影現場のトラブルも、すべて中に入って面白がった人でした。この違いは、仕事で考えるとよくわかります。評論家のように職場を眺めれば、不満と粗しか見えてきません。でも当事者として中に入れば、同じ状況が実験の場に変わります。「面白がらなきゃ、やっていけない」という結びは、悲観でも開き直りでもなく、世の中の攻略法です。つまらない状況こそ、面白がる技術の見せどころなのです。
名言21【樹木希林】頑張らないで、でもへこたれないで
どうぞ、物事を面白く受け取って愉快に生きて。あんまり頑張らないで、でもへこたれないで
(樹木希林)
出典:ニューヨーク日本映画祭でのインタビュー(2018年7月)
亡くなる2か月前の2018年7月、ニューヨークの日本映画祭に寄せたメッセージです。世界の観客へ向けた事実上のお別れの言葉が、「あんまり頑張らないで、でもへこたれないで」でした。頑張るか、諦めるか。私たちはつい、この二択で自分を追い込みます。でも彼女が示したのは、その間にある第三の道です。力まず、しかし折れず、物事を面白く受け取って続けていく。頑張りすぎて燃え尽きかけている人にも、へこたれそうになっている人にも、両方に効く絶妙な処方箋です。人生の最後にこの塩梅を言い残せたこと自体が、彼女の生き方の証明でした。
名言22【樹木希林】「もっと、もっと」を手放す
「もっと、もっと」という気持ちをなくすのです
(樹木希林)
出典:「婦人公論」2018年5月22日号
もっと評価されたい、もっと稼ぎたい、もっと認められたい。向上心と呼ばれるものの正体が、実は自分を苦しめる渇きだった、ということはよくあります。樹木希林は物欲からも名声からも距離を置き、服はあるものを着て、家財も増やさない暮らしを貫きました。「もっと、もっと」をなくすとは、成長を諦めることではありません。足りない前提で生きるのをやめて、足りている前提から始めるということです。不思議なもので、渇きが消えると、目の前の仕事や人間関係はむしろ丁寧になります。満たされてから動くのではなく、満ちていると気づいてから動くのです。
名言23【樹木希林】愚痴という言葉を語彙から消す
私の中に、愚痴って言葉がないのよ
(樹木希林)
出典:『樹木希林 120の遺言 死ぬときぐらい好きにさせてよ』(宝島社)
愚痴を言わない、ではなく「愚痴って言葉がない」。この言い方に、樹木希林の徹底ぶりが表れています。語彙から消してしまえば、そもそも愚痴という行為が成立しない。実際、彼女は不満があれば陰で言わず、本人に直接伝える人でした。言葉は思考の器です。愚痴という便利な逃げ場があると、不満はそこに流れ込み、何も変わらないまま溜まっていきます。逃げ場をなくせば、残る選択肢は、直接言うか、手放すかの二つだけ。どちらを選んでも、愚痴より前に進めます。飲み会の愚痴大会のあとの、あの妙な疲れを知っている人にこそ響く言葉ではないでしょうか。
名言24【樹木希林】私のがんもまったく必然
人生がすべて必然のように、私のがんもまったく必然
(樹木希林)
出典:『樹木希林 120の遺言 死ぬときぐらい好きにさせてよ』(宝島社)
2004年に乳がんが見つかって以来、樹木希林はがんを「排除すべき敵」としてではなく、自分の人生の一部として扱いました。すべてが必然なら、がんもまた必然。この受け止め方は、諦めとは違います。「なぜ私が」と問い続ける限り、心は過去に縛られたまま動けません。「これも必然」と置いた瞬間、問いは「ではどう生きるか」に変わり、ようやく前を向けるのです。理不尽な異動、突然の病気、思いがけない別れ。人生には説明のつかないことが起きます。そのとき原因探しを打ち切って、意味を自分で与え直す。その強さを、彼女は14年の歳月で見せ続けました。
名言25【樹木希林】覚悟を決めると気楽になる
覚悟っていうのをすると気楽ですよ
(樹木希林)
出典:『樹木希林 120の遺言 死ぬときぐらい好きにさせてよ』(宝島社)
覚悟と気楽。正反対に見える二つを、樹木希林は平然とつなげます。実際、一番苦しいのは覚悟が決まる前の、宙ぶらりんの時間です。転職するかしないか、打ち明けるか黙っているか、引き受けるか断るか。迷っている間、心は同じ場所をぐるぐる回り続け、消耗だけが積み重なります。ところが覚悟を決めた瞬間、悩みは「どうしようか」から「どうやろうか」に変わる。つまり、作業になるのです。彼女はがんとの共生を覚悟したからこそ、残りの日々を気楽に演じ、気楽に語れました。迷い続けるほうが実は重労働。この逆説を知っていれば、決断は少し怖くなくなります。
名言26【樹木希林】頭を下げたら夫は優しい人だった
自分の悪い点を見据えて、頭を下げるようにしたら、何のことはない、夫は実に優しい人でした
(樹木希林)
出典:「いきいき」2007年1月号
破天荒な夫、内田裕也さんとの関係を長く「戦い」のように語ってきた樹木希林が、あるとき試したのが、自分の悪い点を先に見据えて頭を下げることでした。すると見えてきたのは「実に優しい人」だったという。相手が変わったのではありません。自分の構えを変えたら、相手の別の面が見えるようになった、という実験報告なのです。これは夫婦に限りません。苦手な上司、ぶつかりがちな同僚。相手の非を数えている間は、相手もこちらの非を数えています。先に自分の側の一枚を降ろしてみる。膠着した関係を解く鍵は、案外こちらの手の中にあるのです。
名言27【樹木希林】違いを認めた上で一緒に生きていく
皆が違っていて譲れない部分がある。それを認めた上で、生きて行く私たちっていうのがいいじゃない
(樹木希林)
出典:「文藝春秋」2014年5月号
全員がわかり合える、という理想を、樹木希林は最初から掲げません。皆が違っていて、譲れない部分がある。その前提を認めたうえで一緒に生きていくほうがいい、と言うのです。別居のまま45年続いた内田裕也さんとの結婚生活は、まさにこの哲学の実践でした。わかり合えないことと、一緒にいられないことは、別の問題なのです。職場でも友人でも、意見の合わない相手を「敵」に分類したくなる場面はあります。でも、譲れない部分はお互いさま。そこを消し合わずに並んで立つ関係は、全部をわかり合おうとする関係より、実はずっと丈夫だったりします。
名言28【樹木希林】自分の変化を面白がるほうが得
「昔はよかった」と嘆くより「へえ、こんなこともできなくなるんだ!」って、自分の変化を楽しんだほうが得ですよ
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
できなくなることを、嘆くのではなく実況する。「へえ、こんなこともできなくなるんだ!」という驚きの声には、自分を観察する研究者のような面白さがあります。樹木希林は目の病気や体の衰えさえ、この調子で眺めてきました。これは高齢者だけの技術ではありません。20代でも30代でも、徹夜がきかなくなった、疲れが抜けなくなったと、変化は静かに訪れます。そのたびに昔と比べて嘆くか、「へえ」と面白がるか。同じ変化でも、心の消耗はまるで違います。自分の変化を悲劇にせず、観察対象にしてしまう。「得ですよ」という実利的な締めも愉快です。
名言29【樹木希林】善と悪を受け入れて人はたくましくなる
どの場面にも善と悪があることを受け入れることから、本当の意味で人間がたくましくなっていく。病というものを駄目として、健康であることをいいとするだけなら、こんなつまらない人生はないだろうと
(樹木希林)
出典:「文藝春秋」2014年5月号
樹木希林は片目の視力を失い、全身のがんと共に生きながら、病を「駄目なもの」と呼びませんでした。どの場面にも善と悪の両方がある。それを受け入れたところから、人間はたくましくなると言うのです。健康な自分だけが合格で、不調の自分は失格。そんな採点で生きていると、人生のかなりの部分を「駄目な期間」として過ごすことになります。調子の悪い日も、落ち込んでいる自分も、込みで自分。切り捨てずに丸ごと引き受けたとき、初めて折れにくい強さが育ちます。完璧な状態を待たずに生きていく覚悟を、彼女は病を通して身につけていったのです。
名言30【樹木希林】最後まで使い切る「始末」の思想
一度使い始めたら、それをできるかぎり生かして、最後まで使い切って終了させたいんです。「始末」ですね
(樹木希林)
出典:「PHPスペシャル」2015年7月号
樹木希林の家には物が少なく、服も道具も、あるものを直しながら最後まで使い切りました。彼女はそれを倹約ではなく「始末」と呼びます。始末とは、ケチることではなく、一度縁のあったものを生かし切ること。この思想は、物だけでなく自分自身にも向けられます。中途半端に手をつけた学び、埋もれたままの経験、生かしていない強み。新しい何かを足す前に、すでに持っているものを使い切っているか。道具も才能も、使い切られてこそ報われる、という感覚かもしれません。物があふれる時代に、持たない豊かさではなく「使い切る豊かさ」を示した言葉です。
名言31【樹木希林】シミやシワに「出てきてありがとう」
なんでみんな、シミやシワを取ろうとするのかしら。出てきてありがとう、じゃない?
(樹木希林)
出典:「ハルメク(旧いきいき)」掲載インタビュー
シミやシワは、隠すか消すかの対象。その常識に、樹木希林は「出てきてありがとう、じゃない?」と軽やかに切り返します。シワは生きてきた年月の記録であり、消すことはその記録ごと否定することになる。素顔のまま年齢をスクリーンにさらし続けた彼女だから言える、実感のこもった逆転です。これは外見だけの話ではありません。心配性な性格、不器用さ、遠回りした経歴。隠したいものほど、実はあなたが生きてきた証拠だったりします。全部を好きになる必要はないけれど、「出てきてありがとう」とひとこと言ってみる。自分との関係が、少しだけ和らぎます。
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気合いを入れる言葉より、そっと隣にいてくれる言葉が欲しい日があります。iPhoneアプリ「
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名言32【樹木希林】難が有るから、有難い
ありがたいというのは漢字で書くと「有難い」、難が有る、と書きます。人がなぜ生まれたかと言えば、いろんな難を受けながら成熟していくためなんじゃないでしょうか
(樹木希林)
出典:「不登校新聞」2014年12月15日号
学校に行けない子どもたちに向けた、不登校新聞のインタビューで語られた言葉です。ありがたいの語源は「難が有る」こと。つまり困難は、感謝の対象と地続きだという解釈です。都合のいい慰めに聞こえるかもしれません。でも、人生の後半を全身がんと共に生きた人が、自らの難を引き受けたうえで語った言葉だと知ると、重みが変わります。人は難を受けながら成熟していく。そうだとすれば、今あなたが抱えている困難も、ただの災難ではなく、成熟の材料なのかもしれません。難有り、と書いて有難い。この一語の反転を、お守りのように覚えておきたいのです。
名言33【樹木希林】不自由なまま、おもしろがっていく
不自由なまま、おもしろがっていく。それが大事
(樹木希林)
出典:「不登校新聞」2014年12月15日号
同じインタビューの結びで、樹木希林はこう言い切りました。不自由が「なくなってから」ではなく、不自由な「まま」おもしろがる。この順番が肝心です。お金が貯まったら、時間ができたら、環境が変わったら。条件が整うのを待っているうちに、日々はどんどん過ぎていきます。彼女自身、病も老いも不自由も抱えたまま、最後まで面白がることをやめませんでした。あなたの今の状況にも、すぐには変えられない制約があるはずです。それが消える日を待つのではなく、制約込みのまま、今日をどう面白がるか。彼女の生き方の技術は、結局この一行に尽きるのかもしれません。
名言34【樹木希林】一度ダメになった人にこそ魅力が宿る
私は人間でも1回、ダメになった人が好きなんですね
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
樹木希林の周りには、挫折を経た人が多く集まった。夫の内田裕也は音楽で世に出ながら波乱の人生を歩み、彼女自身も2004年に乳がん、2013年には全身がんを公表している。順風満帆ではない人生を歩んだからこそ、一度崩れた人の深みが見えたのだろう。私たちは失敗すると「自分はもうダメだ」と価値が下がったように感じる。けれど彼女の目には、ダメになった経験こそが人間の味だった。転職の失敗、挫折した夢、途切れた習慣。それらは経歴の傷ではなく、誰かに好かれる理由にさえなり得る。崩れた経験を隠さず持っている人のほうが、実は信頼されるのです。
名言35【樹木希林】相手の欠点は自分の中にもある
どの夫婦も、夫婦となる縁があったということは、相手のマイナス部分が必ず自分の中にもあるんですよ
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
樹木希林と内田裕也は1973年に結婚し、まもなく別居。それでも45年間、籍を抜かずに夫婦であり続けた。世間から見れば理解しがたい関係を、彼女は「縁」という言葉で引き受けた。相手の欠点が目につくのは、同じ種が自分の中にもあるからだという見方である。パートナーや同僚の嫌な部分にいらだったとき、この言葉は鏡になる。相手を責める感情の奥に、自分が見ないふりをしてきた何かはないか。人間関係の悩みを「相手の問題」から「自分を知る材料」へ変えられたら、同じ出来事に出会っても、消耗の度合いはまるで違ってくるはずです。
名言36【樹木希林】夫婦は互いを磨く敵である
どんな夫婦だって、互いが互いのダイバダッタなんじゃない?
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
ダイバダッタとは、釈迦のいとこでありながら釈迦に敵対し続けた提婆達多のこと。仏教では、敵対者こそが釈迦の悟りを深めた存在とも語られる。樹木希林は、長く別居しながら離婚しなかった内田裕也との関係を、この仏教の物語になぞらえた。自分を一番苦しめる相手が、実は自分を一番磨いてくれる存在かもしれないという逆転の発想である。身近な人との摩擦に疲れたとき、「この人は私のダイバダッタだ」と捉え直してみる。腹立たしさは消えなくても、その関係から何かを学び取ろうとする視点を持てたとき、日々の消耗は少しずつ成長へと変わっていくのです。
名言37【樹木希林】縁は自分のレベルを映す
縁というのは、自分と同じレベルの人としか結ばれないと相場が決まっているんですよ
(樹木希林)
出典:「婦人公論」収録インタビュー
厳しい言葉に聞こえるが、これは他人を格付けする話ではない。樹木希林は夫との関係を語る中で、相手への不満はそのまま自分の水準の表れだと言い切った。「なんでこんな人と」と嘆く暇があるなら、自分を見よという突き放しである。ただし裏を返せば、希望のある言葉でもある。自分が変われば、結ばれる縁も変わっていくということだからだ。人間関係に恵まれないと感じるとき、出会いの運を嘆くより、いま自分がどんな言葉を使い、どんな態度で人と接しているかを整えるほうが早い。縁は探すものではなく、自分の在り方に引き寄せられてくるものなのです。
名言38【樹木希林】来世で出会わないために今完璧に付き合う
愛というより、私には内田さんが必要だったということですね。来世で出会わないために、今完璧に付き合っているのよ
(樹木希林)
出典:「文藝春秋」2014年5月号
「来世で出会わないために」という言い回しに、彼女の関係哲学が凝縮されている。中途半端に逃げれば、宿題は形を変えてまた巡ってくる。だから今生で向き合い切る、という覚悟である。晩年、彼女は病床の内田裕也を見舞い、最期まで夫婦であることをやめなかった。この言葉は恋愛だけの話ではない。苦手な仕事、こじれた関係、向き合いたくない課題。避け続けたものは、場所を変えて何度でも目の前に現れる。逃げるか、今回で終わらせるか。「完璧に付き合う」と決めた瞬間、逃げ腰だった課題は、一度きりで卒業できる修行に変わります。
名言39【樹木希林】明日滅ぶとしても今日の木を植える
人間はあした地球が滅ぶとわかっていても、きょうリンゴの木を植えなきゃならないものなのよ
(樹木希林)
出典:『樹木希林 120の遺言』収録インタビュー
宗教改革者ルターの言葉として伝えられてきた古い格言を、樹木希林は自分の実感として口にした。2013年に全身がんを公表した後も、彼女は映画の現場に立ち続け、亡くなる年まで作品を残した。まさに「明日が見えなくても今日の木を植える」生き方である。私たちも、先が不安になると手が止まる。転職がうまくいくか、この努力が報われるか、確証がないと動けなくなる。けれど結果の保証を待っていたら、植えられる木は一本もない。未来がどうであれ、今日やると決めたことを淡々とやる。その積み重ねだけが、不安の中でも自分を支える土台になるのです。
名言40【樹木希林】役者は四番目でいいという職業観
映画は脚本が第一、監督が二番目、三番目が映像で、役者はその後ですよ
(樹木希林)
出典:「キネマ旬報」2008年のインタビュー
日本を代表する名優と呼ばれながら、樹木希林は自分の職業を四番目に置いた。『あん』や『万引き家族』で世界的な評価を得た後も、この序列は揺らがなかった。自分を過大にも過小にも見ず、全体の中での役割を正確に把握する。この冷静さこそ、彼女の演技が信頼された理由だろう。仕事で「自分が評価されたい」という気持ちが先に立つと、かえって成果は遠のく。プロジェクト全体で何が一番大事かを見極め、自分はそのどこを担うのかを考える。主役でなくても、順番が後でも、役割を果たし切る人が結局一番記憶に残る。彼女の女優人生がその証明です。
名言41【樹木希林】不器量だったことが一番の得
私が今日まで生きてきて、自分で一番得したなと思うのは、不器量だったことなんですよ
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
美人女優として売り出す道がなかったから、樹木希林は20代から老け役を演じ、個性と演技力で勝負するしかなかった。その結果、容姿の衰えに怯えることなく、年齢を重ねるほど需要が増える稀有な女優になった。弱点が、誰にも真似できないポジションを作ったのである。学歴、容姿、経歴。自分に足りないものを数えて落ち込む夜は誰にでもある。けれど「持っていない」という条件は、人と違う戦い方を強制的に考えさせてくれる装置でもある。コンプレックスは、埋めるものではなく使うもの。彼女はそれを人生をかけて証明してみせました。
名言42【樹木希林】地味な人生でも本人が幸せなら輝いている
お金や地位や名声もなくて、傍からは地味でつまらない人生に見えたとしても、本人が本当に好きなことができていて「ああ、幸せだなあ」と思っていれば、その人の人生はキラキラ輝いていますよ
(樹木希林)
出典:インタビュー記事「こんなはずじゃなかった、それでこそ人生です」(2016年)
名声も富も手にした側の人がこう語るのは、きれいごとに聞こえるかもしれない。だが樹木希林は実際、事務所を持たず、広告で顔を売ることにも執着せず、他人の物差しから遠い場所で暮らした人だった。輝きの基準は外側の評価ではなく、本人の実感にしかないと知っていたのだ。画面の向こうの同世代が昇進や結婚を報告するたび、自分の日常が色あせて見えることがある。けれど他人に見せるための人生は、どれだけ飾っても本人を満たさない。誰にも自慢できない小さな好きを続けている時間こそ、外からは見えないだけで、確かに光っているのです。
名言43【樹木希林】死んだことがないからわからない
「死をどう思いますか」なんて聞かれたって、死んだことないからわからないのよ
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
全身がんを公表して以降、樹木希林はあらゆる取材で死について問われ続けた。重々しい答えを期待する記者に、彼女はこう返してのけた。深刻な顔で語るべきとされる話題を、経験していないものは語れないという正直さで軽やかにかわす。この態度は、不安との付き合い方の見本でもある。私たちが夜中に膨らませる心配事の大半は、まだ起きていない未来の話だ。経験していないことを、経験したかのように恐れて眠れなくなる。わからないものは、わからないままでいい。判断を保留する勇気が、今日を落ち着いて生きるための余白を作ってくれます。
名言44【樹木希林】救いを求めるより自分で考える
私の話で救われる人がいるって?それは依存症というものよ、あなた。自分で考えてよ
(樹木希林)
出典:2017年5月のインタビュー
晩年、樹木希林の言葉は「生きる指針」としてもてはやされた。だが本人は、自分を人生の教師に祭り上げる空気を真っ向から拒否した。あなたの人生の答えを他人の言葉に預けるな、という突き放しである。これは冷たさではなく、聞き手の力を信じた上での誠実さだろう。名言を集め、自己啓発書を読み、それで安心して終わっていないか。言葉は考え始めるための入り口であって、考えることの代行者ではない。この記事の言葉たちも同じである。気に入った一つを持ち帰ったら、あとは自分の頭で、自分の状況に引きつけて考える。そこからが本番なのです。
名言45【樹木希林】挫折したら方向を変えればいい
計画性があるから挫折するんでしょうね。夢を持つのは大事なんだけど、そこに到達できなかったからって挫折するのはバカバカしいじゃない。方向を変えればいいの
(樹木希林)
出典:「不登校新聞」2014年12月15日号
この言葉は、不登校の当事者や経験者がつくる「不登校新聞」の取材で語られた。進路のレールから外れた読者に向けて、彼女は挫折の定義そのものをひっくり返した。挫折とは、立てた計画と現実のずれに過ぎない。計画のほうを変えれば、それは失敗ではなく方向転換になる。資格試験に落ちた、目指した職種に就けなかった、続けるはずの習慣が途切れた。そのとき「自分はダメだ」と人格の問題にすり替えるから苦しくなる。ずれたのは計画であって、あなたの価値ではない。地図を引き直せばいいだけだと考えると、次の一歩はずっと軽くなります。
名言46【樹木希林】無傷の人生に意味はない
無傷だったら人間として生まれてくる意味がない
(樹木希林)
出典:「不登校新聞」2014年12月15日号
同じ「不登校新聞」のインタビューで、学校に行けなかった経験を抱える若い記者たちに向けて放たれた言葉である。傷を負ったことを人生の減点と考える相手に、彼女は「傷こそが生まれてきた意味だ」と逆を言った。乳がん、全身がん、波乱の結婚生活。彼女自身、傷を避けずに引き受けて、それを演技と言葉の深みに変えてきた人だった。うまくいかなかった経験を、履歴書から消したい過去として抱えていないだろうか。傷のない人には決して語れないことが、あなたにはもう語れる。それは失ったものではなく、この先の人生でずっと使える元手なのです。
名言47【樹木希林】かっこいいと思う物しか置かない
かっこいいと思う物しか周りに置かない
(樹木希林)
出典:黒木華への回答(インタビュー)
後輩の女優、黒木華に暮らしの秘訣を問われたときの答えである。樹木希林の自宅は物が少ないことで知られたが、その基準は「捨てる」ではなく「かっこいいか」という美意識だった。数を減らすことが目的なのではなく、自分が本当に良いと思える物だけで生活を組むこと。片づけの本を読んでも部屋が戻ってしまう人は、捨てる基準しか持っていないのかもしれない。安いから、便利だから、で増えた物は愛着がないからまた散らかる。次に何かを買うとき「これは自分の目にかっこいいか」と一度だけ問うてみる。持ち物は、そのまま自分の審美眼の写しになります。
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名言48【樹木希林】持たない暮らしの気持ちよさ
モノを持たない、買わないという生活は、いいですよ。部屋がすっきりして、掃除も簡単
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
樹木希林の暮らしぶりは徹底していた。冷蔵庫の中身を使い切ってから次を買い、衣装も自前の物を工夫して着回す。女優という華やかな職業にいながら、消費で自分を飾ることをしなかった。注目したいのは、この言葉に我慢の匂いがまったくないことだ。節約でも修行でもなく、「いいですよ」と気持ちよさとして語っている。給料日のたびに何かを買って、数週間後にはその存在を忘れている。そんな循環に心当たりがあるなら、一度「買わない」を試してみる価値がある。物が減ると、管理と選択に使っていた頭の容量が返ってくる。その軽さは、買い物では手に入りません。
名言49【樹木希林】モノがあるとモノに追いかけられる
モノがあるとモノにおいかけられます
(樹木希林)
出典:73歳ごろのインタビュー
所有しているつもりが、実は所有されている。73歳の彼女が言うと、この一文は暮らしの実感として響く。物は置き場所を要求し、手入れを要求し、「せっかく買ったのだから使わなければ」という罪悪感まで生む。買った瞬間から、こちらが物に仕えることになるのだ。これは物理的な物だけの話でもない。登録したまま見ていない動画配信、積んだままの本、始めたきり放置しているアプリ。持っているだけのものは、視界に入るたびに小さな負債感を発する。追いかけられているものを一つ手放すたび、追いかけたいものに使える時間と気力が戻ってきます。
名言50【樹木希林】「こんなはずじゃなかった」を手放す
「こんなはずじゃなかった」「もっとこうなるべきだ」という思いを一切なくす
(樹木希林)
出典:「婦人公論」2018年5月22日号
亡くなる4ヶ月前、2018年5月の「婦人公論」で語られた晩年の境地である。がんが全身に広がる現実を前に、彼女は現実と闘うのではなく、現実への注文を取り下げるという道を選んだ。苦しみの多くは、出来事そのものではなく「こうあるべきだった」という理想との差分から生まれる。配属が希望と違った、正当に評価されなかった、あの人はこうしてくれるべきだった。頭の中の「べき」が増えるほど、現実はすべて減点に見えてくる。注文をひとつ取り下げるたび、目の前の現実は敵ではなくなり、いま手元にあるものが少しずつ見えてくるのです。
名言51【樹木希林】今こうしていられることは本来ありえない
今、こうしていられるのは大変ありがたいことだ、本来ありえないことだ
(樹木希林)
出典:「婦人公論」2018年5月22日号
「ありがたい」の語源は「有り難い」、つまり有ることが難しいという意味である。全身がんと共に生きた樹木希林にとって、朝起きて仕事に行ける一日は、当たり前ではなく「本来ありえない」奇跡の側だった。だから彼女の感謝は、恵まれたときだけの気分ではなく、日常を見る視力そのものだった。健康な体、話せる家族、帰る部屋。失って初めて価値に気づくものの一覧を、失う前に数えられる人は強い。うまくいかない日ほど、まだ有るものを一つ挙げてみる。感謝は性格ではなく技術であり、練習した分だけ、日常の見え方が変わっていきます。
名言52【樹木希林】年を取るのは絶対に面白い
年を取るって、絶対に面白いことなの。若い時には「当たり前」だったことができなくなる
(樹木希林)
出典:2014年10月ごろのインタビュー
普通なら喪失として語られる老いを、樹木希林は観察の対象に変えた。できていたことができなくなる過程を、嘆くのではなく「面白い」と眺める。がんの進行すら「がんのおかげで死ぬ準備ができる」と語った彼女の、面目躍如たる一言である。この構えは、老いを待たずに使える。体力の変化、環境の変化、思い通りにならない自分。変化を「劣化」と名づけた瞬間に人は被害者になるが、「観察対象」と名づければ実験者になれる。同じ出来事のどちら側に立つかは、自分で選べる。人生を面白がる人は、面白い出来事を待たず、面白がる側に先に回っているのです。
名言53【樹木希林】人間なんて正しくない
人間なんて正しくないんだから
(樹木希林)
出典:箭内道彦との対談インタビュー
クリエイターの箭内道彦との対談で放たれた、身もふたもない一言である。正しさを競い合う息苦しい時代に、彼女は前提そのものを崩してみせた。人間はそもそも間違える生き物であり、正しさを装うことのほうが不自然だという達観である。間違いを指摘されるのが怖くて発言できない。完璧にできないなら始めたくない。そんな萎縮の根っこには「人は正しくあるべきだ」という重すぎる前提がある。最初から正しくない生き物なのだと認めてしまえば、失敗は事故ではなく仕様になる。間違えながら進むことを、自分にも他人にも許せるようになるのです。
名言54【樹木希林】べき論の中から人は育たない
ああするべきだ、こうしちゃいけない、ああしちゃいけないというものの中からは、人は育たない気がする
(樹木希林)
出典:テレビ番組での是枝裕和監督らとの鼎談
是枝裕和監督らとのテレビでの鼎談で、育てることについて語った言葉である。是枝作品の常連だった彼女は、型にはめない現場の空気を誰よりも知っていた。禁止と命令で囲われた場所では、人は正解を探す癖だけが育ち、自分で考える力が育たない。これは子育てや教育だけの話ではない。後輩に仕事を教えるとき、つい「こうすべき」を並べていないか。そして自分自身にも、「ちゃんとすべき」の柵を張りめぐらせていないか。育つために必要なのは、正しい規則よりも、試して間違えても大丈夫だという余白である。まず自分に、その余白を許してみませんか。
名言55【樹木希林】今日、用があるという幸せ
最近のわたしは、「きょうよう」があることに感謝しながら生きています。教養ではなく、今日、用があるということ。神様が与えてくださった今日用をひとつずつこなすことが日々の幸せだし、最後には、十分に役目を果たした、自分をしっかり使いきったという充足感につながるのではないかしらね
(樹木希林)
出典:「文藝春秋」2014年2月号
全身がんを公表した後も、樹木希林は現場に呼ばれ続け、亡くなる年まで映画に出演した。「今日、用がある」とは、今日も自分を必要とする場所があるということ。彼女はそれを、名声や報酬よりも根源的な幸せとして数えた。仕事に追われる毎日を、私たちは「用が多すぎる」と嘆きがちだ。けれど視点を裏返せば、頼まれごとがあり、行く場所があり、待っている人がいるのは、それ自体が有り難い状態である。今日の予定を、こなすべきノルマではなく「今日の用」として一つずつ果たしていく。その静かな積み重ねが、使い切ったという充足につながっていきます。
名言56【樹木希林】そうでない方はそれなりに
美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに写ります
(樹木希林)
出典:富士フイルムのテレビコマーシャル(1980年)
1980年、富士フイルムのテレビコマーシャルで彼女が口にしたこの台詞は、お茶の間の流行語になった。「それなりに」という言い回しは、当初は失礼だと物議をかもしたが、やがて多くの人が笑って受け入れた。誰もが美しく写る、と嘘をつかない。ありのままを認めた上で、それでいいと笑ってみせる。この一言には、後年の樹木希林の生き方がすでに宿っている。盛った自分を演出し続けるのは、いつか現実との差分に苦しむ道でもある。それなりの自分をユーモアごと引き受けてしまった人は、もう失うものがない。飾らない人の強さとは、そういうことなのです。
名言57【樹木希林】どんな不幸にもどこかに明かりが見える
どんなに不幸なものに出会っても、どっかに明かりが見えるものだ
(樹木希林)
出典:2018年、ニューヨークでのインタビュー
亡くなる2ヶ月ほど前、2018年夏のニューヨークでのインタビューで語られた言葉である。全身のがんと骨折を抱えながら海を渡った75歳が、人生の締めくくりに選んだのは、暗さの中の明かりの話だった。これは根拠のない楽観ではない。がんも、夫との波乱も、実際にくぐり抜けてきた人が「どこかに明かりはあった」と報告している事実の重みがある。今まさに真っ暗に感じる状況の中にいる人に、明かりを探せと急かす言葉ではない。ただ、出口の存在を先に歩いた人が保証してくれている。それだけで、暗がりを歩く足取りは少し変わるはずです。
名言58【樹木希林】行き詰まったら後ろ側から見てみる
何か自分で行き詰まったときに、どうぞ、そこの行き詰まった場所だけ見ないで、ちょっと後ろ側から見てみるという、そのゆとりさえあれば
(樹木希林)
出典:2018年7月、ニューヨークでのインタビュー
同じく最晩年のニューヨークで、若い世代へのメッセージとして語られた言葉である。行き詰まりの正体は、多くの場合、視点が一点に固着していることにある。彼女は役者として、同じ場面を監督の目、観客の目、相手役の目で眺める訓練を積んできた。だから「後ろ側から見る」が単なる比喩ではなく、実践してきた技術として語られている。仕事で手詰まりを感じたら、物理的に席を立つ、一晩置く、事情を知らない人に説明してみる。どれも視点を動かす方法だ。問題が解けないときは、たいてい問題ではなく、見ている角度のほうが固まっているのです。
名言59【樹木希林】さっと譲れば楽になる
大勢に影響はないんだからと考えて、さっと譲ってしまえば楽になる
(樹木希林)
出典:『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文春新書)
気の強い女優という印象とは裏腹に、樹木希林は日常の些事では驚くほどあっさり譲る人だった。その基準が「大勢に影響はあるか」である。譲れないと感じる場面の多くは、冷静に見れば勝敗がその後の人生をほとんど左右しない。会議での些細な言い回し、家庭内の小さな主導権、道の譲り合い。そこで意地を張って消耗した経験は誰にでもあるだろう。譲ることは負けではなく、戦場を選ぶ技術である。どうでもいい戦いから早々に降りた人だけが、本当に譲れない一点に力を残せる。さっと譲るたび、自分の器がひとまわり広がる感覚を味わえるはずです。
名言60【樹木希林】一人のほうが気楽
誰か付いてくれる人がいると、逆にいろいろ気になっちゃうから、一人の方が気楽なだけ
(樹木希林)
出典:「ハルメク」2016年6月号
樹木希林は大女優でありながらマネージャーを付けず、仕事の交渉も自分で行い、自ら車を運転して現場に通った。人に任せれば楽になるはずのことを、あえて一人でやる。それは強がりではなく、人に気を使うコストと自由を天秤にかけた、彼女なりの合理的な選択だった。一人でいることを、私たちはつい欠落のように語ってしまう。誘われなかった週末、一人の昼食、単独行動の多い自分。けれど一人の時間は、誰にも調子を合わせずに自分を充電できる貴重な設備でもある。寂しさと気楽さの両方を知った上で一人を選べるなら、それは孤立ではなく自立です。
名言61【樹木希林】年齢に沿った生き方は自分で見つけるしかない
人間50代くらいから、踏み迷う時期になるでしょ。年齢に沿って生きていく、その生き方を、自分で見つけていくしかないでしょう
(樹木希林)
出典:「いきいき」2015年6月号
50代の迷いを語った言葉だが、20代30代の読者にこそ届けたい一言である。注目すべきは「50代くらいから踏み迷う」という前提だ。つまり、経験を重ねた大人でも迷うのが当たり前であり、迷いは若さゆえの欠陥ではないということ。今の迷いを乗り越えれば迷わない自分になれる、という期待はどうやら幻想らしい。年齢ごとに新しい迷いが来て、そのつど自分で答えを作るしかない。そう聞くと絶望ではなく、むしろ安心しないだろうか。今迷っているあなたは遅れているのではなく、生涯続く「自分で見つける練習」を、人より早く始めているだけなのです。
名言62【樹木希林】全部、原因は自分にあると思う
全部、原因は自分にあると思うこと。これに尽きます
(樹木希林)
出典:「婦人公論」収録インタビュー
別居、夫の騒動、病。他人を恨む材料に事欠かない人生を送りながら、樹木希林は一貫して原因を自分の側に置いた。これは自分を責める自罰ではない。原因が自分にあるなら、変えられるのも自分だという、人生の主導権を手放さないための構えである。うまくいかないとき、上司のせい、環境のせい、時代のせいにすれば一瞬は楽になる。だがその瞬間、状況を変えるハンドルを他人に渡してしまう。「自分の何を変えられるか」と問い直した人だけが、次の一手を打てる。責任を引き受けることは、重荷ではなく、自由を取り戻すことなのだと彼女は言っています。
名言63【樹木希林】相手を変えようとするのは浅知恵
相手のことを変えようというのは浅知恵ね。それより「自分はどうなの?」って考えなくちゃ
(樹木希林)
出典:「婦人公論」収録インタビュー
45年間、内田裕也という「変わらない人」の妻であり続けた樹木希林の結論だから、この言葉には実験済みの重みがある。相手を変えようとする努力は、たいてい相手の反発を強め、こちらの疲弊だけが残る。人が変わるとしたら、それは説得されたときではなく、変わった相手を見たときだ。パートナーの生活習慣、部下の仕事ぶり、親の口癖。変えたい相手の顔が浮かんだら、その熱量を一度自分に向けてみる。自分の接し方、期待の仕方、距離の取り方に動かせる余地はないか。自分が変わるのは今日から始められて、しかも確実に結果が出る唯一の投資です。
名言64【樹木希林】自分を使い切って終える
ものたちが、充分に役目を果たし終わったと思えるように。そして、人間も充分生きて、自分を使い切ったと思えるように。それが私の目標ね
(樹木希林)
出典:「暮らしのおへそ」2017年
物を最後まで使い切る暮らしと、自分を使い切る人生。樹木希林の中で、この二つは同じ一つの思想だった。実際、彼女は宣言どおりに生きた。亡くなる直前まで映画に出演し、遺作を含む複数の作品を残して2018年9月に旅立った。使い切るとは、燃え尽きることではない。持って生まれたもの、経験して得たものを、出し惜しみせず役立て切るということだ。能力を温存し、本気を出すのはいつかと先送りしているうちに、季節は過ぎていく。今の職場で、今の役割で、手持ちを出し切ってみる。使い切る覚悟を決めた人から、人生の燃費を気にしない生き方が始まります。
まとめ
樹木希林の64の言葉を辿ってきました。がんも、別居も、老いも、不器量も。普通なら不幸の棚に入れられる出来事を、彼女はひとつずつ面白がり、引き受け、自分を磨く材料に変えていきました。そこに共通するのは、現実に注文をつけるのではなく、現実の側に立って「さて、どう生きるか」と考える順番です。
彼女自身が言うように、この言葉たちに救われて終わりでは「依存症」です。64の言葉から一つだけ持ち帰り、自分の状況で試してみてください。起きたことを引き受けて面白がった瞬間から、人生はもう自分のものになっている。それが、樹木希林が生き方ごと残してくれた視点です。