ブッダの名言49件を『ダンマパダ』『スッタニパータ』から出典つきで厳選。怒りや比較で揺れる心を整え、小さな行いを積み重ねるヒントを、今日の仕事や人間関係の場面に引き寄せて解説します。
ブッダの名言は、2,500年ほど前の言葉なのに、今日の会議や帰り道にそのまま置けるものが多くあります。怨みは怨みでは止まらない。心が先に立って、行いがあとに続く。一滴の水が、やがて瓶を満たす。宗教の教えというより、揺れる心とのつきあい方を、たとえ話で残した言葉たちです。この記事では、その言葉を49、すべて詩句番号までの出典つきで集めました。
自分はこれでいいのかと問い続けている日、SNSで誰かの成果を見て沈んだ夜、言い返せなかった悔しさが残る帰り道。そういう場面に効く言葉を、『ダンマパダ』と『スッタニパータ』という最も古い層の経典から選んでいます。
5つのまとまりに分けてありますが、順番に読む必要はありません。見出しを流し見て、今の自分に近い場面から読んでみてください。読み終えたときに、試したくなる小さな一つが見つかれば十分です。
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ブッダとはどんな人物か
ブッダ(釈迦、ゴータマ・シッダッタ)は、紀元前5〜6世紀ごろ、インド北部(現在のネパール南部)にあった釈迦族の王子として生まれました。生没年には諸説があり、確定していません。29歳で妻子と地位を残して出家し、6年におよぶ苦行の末にそれを捨て、35歳で悟りを開いたと伝えられます。以後は身分を問わず人々に語り続け、80歳で亡くなりました。本人は一冊も書き残していません。弟子たちが口伝で守った言葉が、のちに『ダンマパダ(真理のことば)』『スッタニパータ』などの経典にまとめられ、この記事の名言もそこから引いています。
ブッダの名言49選
心を整える言葉、怒りと怨みを手放す言葉、小さな行いを積み重ねる言葉、自分を自分の主にする言葉、そして誰と歩み何を大切にするかの言葉。この5つの流れで並べました。出典はすべて詩句番号つきで添えています。
揺れる心を整える言葉(名言1〜11)
名言1【ブッダ】送る前のメールを読み返すとき
ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。──車を引く牛の足跡に車輪がついてゆくように。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第1詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
『ダンマパダ』のいちばんはじめに置かれた言葉です。牛車の車輪が牛の足あとを追うように、苦しみは行いのあとを追ってくる。そしてその行いの前には、心がある。言い方を後悔した夜、責めたくなるのは言葉の選び方ですが、実はその手前で心が疲れていたのだと思います。送る前に一度、文面ではなく自分の状態を見る。言葉が変わるのは、その手前からです。
名言2【ブッダ】ちょっとしたことで不安になる日に
心は、動揺し、ざわめき、護り難く、制し難い。英知ある人はこれを直くする。──弓矢職人が矢柄を直くするように。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第33詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
心がざわつくたびに、落ち着けない自分を責めてしまう。でもブッダは、心とは元々「動揺し、ざわめき、護り難い」ものだと言い切っています。乱れるのが欠陥なのではなく、乱れるのが前提なのです。弓矢職人は曲がった矢を捨てず、火にあてて少しずつまっすぐにします。揺れたあとに、少しずつ直す。その繰り返しだけで、十分なのです。
名言3【ブッダ】心が静かな日は仕事もうまく回る
よく制御された心は安楽をもたらす。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第35詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
この詩句の前半には「心はどこへでも彷徨っていく」とあり、そのあとにこの一行が続きます。制御と聞くと感情を押さえ込むことを想像しますが、ここで言う制御は、離れていった心に気づいて連れ戻すことです。集中が切れたら、また戻る。イライラしたら、また戻る。安楽とは特別な境地ではなく、戻ってこられた回数の分だけ、日常に増えていくものです。
名言4【ブッダ】SNSで誰かの成功が目に入った夜
屋根のうまく葺かれていない家に雨が漏れ入るように、修められていない心には貪欲が入ってくる。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第13詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
誰かの成功が流れてきた瞬間、焦りと比較が心に入り込んでくる。ブッダはそれを、屋根の隙間から漏れる雨にたとえました。入ってきた欲や焦りを責めるより、屋根に隙間があった、と見るほうが正確です。疲れていた、余白がなかった、寝不足だった。隙間の正体はたいてい地味なものです。だからまず休む。屋根の手入れは、そこから始まります。
名言5【ブッダ】批判されても中まで濡れずにいられる日
屋根のうまく葺かれた家に雨が漏れ入らないように、よく修められた心には貪欲が入ってこない。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第14詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
前の言葉と対になっていて、同じ屋根の比喩をひっくり返しています。よく葺かれた屋根には、雨が入らない。ここで大事なのは、雨を止める話ではないことです。批判も比較も、これからも降ってきます。それでも中まで濡れない日がある。その差は、心の屋根をふだんから少しずつ手入れしているかどうかです。派手な修行ではなく、地味な習慣が屋根になります。
名言6【ブッダ】褒められて舞い上がり貶されて沈むとき
山の岩が風に動かされないように、賢者は非難と称讃とに動じない。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第81詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
称賛で舞い上がり、非難で一日が暗くなる。その揺れ幅を、私は長いこと恥ずかしく思ってきました。ブッダは賢者を、風に動かない山の岩にたとえます。ただ、岩は最初から岩だったわけではなく、長い時間そこに居続けた結果として動かなくなったのだと思います。評価があってもなくても続けること。それを一つ持っている人は、もう岩になり始めています。
名言7【ブッダ】「もっとやらなければ」に追われるとき
常に禅定し、勤め励み、堅固な賢者は、束縛からの安らぎ、最高の安らぎ(涅槃)を悟る。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第23詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
束縛からの安らぎ、と聞くと遠い話に思えますが、私たちを縛っているものの多くは、外ではなく内側の「べき」です。もっと成果を、もっと早く。禅定は特別な修行ではなく、今この瞬間だけを丁寧にやるという選び方だと私は受け取っています。昼休みに数分、スマホを伏せて目を閉じる。そのあいだだけ、縛っていた手が一本ゆるみます。
名言8【ブッダ】食事も睡眠も「とりあえず」になっている日
罵らず、害わず、戒律を守り、食事に関して適量を知り、淋しいところにひとり坐し、心に関することに努め励む。これが諸仏の教えである。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第185詩句(日本テーラワーダ仏教協会パーリ語経典日常読誦集)
食事の量まで指図されるようで、少し身構える言葉かもしれません。でも読み直すと、これは仏の教えを六つの実践で示したもので、意外なほど生活の話です。悪口を言わない、傷つけない、ひとり静かに坐る。心を整える土台は、体と静けさにある。忙しさで食事も睡眠も雑になっている日ほど、心も荒れていきます。何かを足すより、ひとりで静かにいる時間を5分だけ守る。それで十分な日もあります。
名言9【ブッダ】勉強しているのに自信がつかないとき
智慧なき者に禅定なく、禅定なき者に智慧なし。禅定と智慧とを兼ね備えた者は、実に涅槃に近づく。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第372詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
知ることと、落ち着いて実践すること。ブッダはこの二つを、どちらが欠けても成り立たない車の両輪として語りました。ここで言う涅槃とは、心の火が消えたあとの静けさ、最高の安らぎのことです。本を読み、講座を受け、それでも自信がつかないなら、知る側に偏っているのかもしれません。学んだことを一つ、明日の行動に結びつける。その小さな往復が智慧を育てます。
名言10【ブッダ】去年の評価をまだ引きずっている夜
「一切の形成されたものは無常である」と、明らかな智慧をもって観るとき、人は苦しみから遠ざかり離れる。これが清浄への道である。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第277詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
形あるものはすべて移り変わる。仏教の根本にある見方で、ブッダはこれを智慧をもって「観る」ことが苦しみから離れる道だと説きました。苦しいのは出来事そのものより、「変わってほしくなかった」と抗い続ける心のほうです。失敗も、評価も、あの人の態度も、もう同じ形では残っていない。そう認めた瞬間に、握っていた手が少しゆるみます。
名言11【ブッダ】肩書きが揺らぐと自分まで揺らぐとき
「一切の事物は我ならざるものである」と、明らかな智慧をもって観るとき、人は苦しみから遠ざかり離れる。これが清浄への道である。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第279詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
「私」と呼んでいるものは、実は固定した実体ではない。仏教でもっとも難しい考え方ですが、日常に引き寄せるとこうなります。役職、評価、頼られる自分。それらは私が持っているものであって、私そのものではない。だから役割が揺らいでも、自分が消えるわけではありません。貼りついたラベルを一枚はがして眺める。呼吸が、ひとつ深くなります。
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怒りと怨みを手放す言葉(名言12〜19)
名言12【ブッダ】何年も前の一言がふいに蘇るとき
「かれはわれをののしった」「われを打った」「われに克った」「われからうばった」という思いを持ち続ける人は、怨みはついに止まらない。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第3詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
『ダンマパダ』の冒頭近くに置かれた、怨みについての言葉です。ののしられた、負かされた、奪われた。その思いを持ち続けるかぎり、怨みは止まらない。厳しい言葉ですが、責めているのは相手ではなく、思いを「持ち続ける」という行為のほうです。怨みを抱えることは、相手を自分の心に住まわせ続けることでもある。追い出せなくてもいい。今日は少し、部屋の隅に寄ってもらう。それくらいで、いいのです。
名言13【ブッダ】言い返したい気持ちが収まらないとき
実にこの世においては、怨みに報いるに怨みをもってすれば、ついに怨みの止む時がない。怨みを捨ててこそ止む。これは永遠の真理である。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第5詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
『ダンマパダ』でもっとも広く知られた一節で、「これは永遠の真理である」という強い断言で結ばれています。怨みに怨みで返せば、火に油を注ぐだけ。誰かが先に止めるしかないのですが、それを相手に期待するのは、もうやめていい。止めるのは弱さではなく、自分を消耗から解放する選択です。言い返す代わりに、一呼吸おく。連鎖はそこで一つ止まります。
名言14【ブッダ】言いくるめられて悔しさが残る夜
怒らないことによって怒りに打ち勝て。善いことによって悪いことに打ち勝て。わかち合うことによって物惜しみに打ち勝て。真実によって虚言の人に打ち勝て。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第223詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫 41頁)
怒りには怒らないことで、嘘には真実で、物惜しみには分かち合いで。四つの悪に四つの対処を並べた言葉です。ここで「打ち勝つ」相手が、他人ではなく自分の反応であることに気づきます。怒りに怒りで返さなかった日、私たちはたいてい「負けた」と感じますが、ブッダの見方では逆です。飲み込んだのではなく、その日、静かに勝っていたのだと思います。
名言15【ブッダ】あの人にだけは負けたくないと思うとき
勝利は怨みを生む。敗れた者は苦しみのうちにふす。勝ちも負けもなく、静かな者は安楽に臥す。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第201詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
勝てば相手に怨みが生まれ、負ければ自分が苦しむ。競争の外に出た人だけが安らかに眠れる、という言葉です。負けたくない気持ちで走ってきた時期が、私にもあります。勝っても次の相手が現れ、また焦る。勝敗の物差しを持っている限り、終わらないのです。誰かと比べた瞬間に、比べたな、と気づく。気づいた分だけ、静かな場所に半歩近づきます。
名言16【ブッダ】職場の愚痴の輪に加わりたくないとき
怨みをいだいている人々のあいだにあって怨みなく、われらは大いに楽しく生きよう。悩める人々のあいだにあって悩みなく、貪っている人々のあいだにあって貪らずに暮らしていこう。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第197-199詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
怨む人々のあいだで怨まず、貪る人々のあいだで貪らず、大いに楽しく生きよう。三つの詩句にわたる、弟子たちの宣言のような言葉です。周りが不満を語っているとき、離れると孤立しそうで怖い。その板挟みはよく分かります。ただ、同じ輪にいながら同じ色に染まらない、という生き方もあります。輪の中で黙って聞いているだけでも、それは立派な選択です。
名言17【ブッダ】耐えることを「負け」だと思ってしまう日
忍耐・堪忍は最上の苦行である。涅槃は最高のものであると、もろもろのブッダは説きたもう。他人を害する者は出家者ではない。他人を悩ます者は「道の人」ではない。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第184詩句(日本テーラワーダ仏教協会パーリ語経典日常読誦集)
耐えたことが、負けに見える日があります。理不尽な言葉を飲み込んだ帰り道、損をしたような気持ちになる。でもブッダは、その忍耐を苦行の最高位に置き、他人を悩ませる者は「道の人」ではないと言いました。傷つけずにいられたその一日は、何かを達成した日でもあるのです。ただし、耐えることと我慢し続けることは違います。休んでいい。休むこともまた、道です。
名言18【ブッダ】「あの人がいなければ」と思ってしまう瞬間
何びとも他人を欺いてはならない。たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。悩みや怨みの思いから、互いに他人が苦痛を受けることを望んではならない。
(ブッダ)
出典:スッタニパータ 第148詩句(慈経)(中村元訳『ブッダのことば』岩波文庫)
「慈経」と呼ばれる、慈しみの心を説いた経の一節です。欺かない、軽んじない、苦しめばいいと願わない。相手を好きになれとは言っていないことに、少し救われます。縁が合わない人はいる。それでも、軽んじる側には回らない。その線を一本引いておくだけで、明日の自分が少し楽になります。嫌いなままでいい。ただ、苦しめと願わない。
名言19【ブッダ】言わなければよかったと気づいた後で
生まれた者の口には、実に斧が生じる。愚かな者は悪言を語りつつ、自分を斬る。
(ブッダ)
出典:スッタニパータ 第657詩句(中村元訳『ブッダのことば』岩波文庫)
口には生まれつき斧が宿っていて、悪い言葉を語るたびに、その斧で自分自身を斬ってしまう。強い比喩です。悪口は相手を傷つける前に、まず自分を切りつけている。気づくのはたいてい口から出た後で、そこで自分を責めても傷は戻りません。次に言葉が出そうになったとき、一拍だけ置く。その一拍が、斧を鞘に戻す動作になります。
小さな行いを積み重ねる言葉(名言20〜29)
名言20【ブッダ】「今日もやれなかった」と眠れない夜
怠りなきこと(不放逸)は不死の道であり、怠ること(放逸)は死の道である。怠りなき者は死なず、怠る者は死せるに等しい。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第21詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
がんばれなかった日に「死せるに等しい」と読むと、胸が痛みます。でもここで「不放逸」と訳される言葉は、怠らないこと、注意深く生きることを指し、毎日完璧にやることではありません。今日も少しだけ向き合った、というだけで、怠ってはいないのです。やれなかった日に、やれたことを一つだけ数える。それが不放逸の入り口だと私は思います。
名言21【ブッダ】続けているのに何も変わらない気がするとき
善いことを「これは少しのことだ」と思って軽んずるな。水が少しずつしたたって水瓶が満ちるように、賢い者は少しずつ善を積み重ねる。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第122詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
一滴ずつ落ちる水が、いつか水瓶を満たす。善いことの積み重ねを、ブッダはそう表しました。変化は瓶の底から溜まっていくので、表面からはしばらく見えません。早起きの一日、読んだ一行、かけた電話一本。どれも「これくらい」と軽んじたくなる大きさですが、瓶は確かに重くなっています。見えないから止める、ではなく、見えないうちに続ける。
名言22【ブッダ】「これくらいいいか」と見逃した後で
悪いことを「これは少しのことだ」と思って軽んずるな。水が少しずつしたたって水瓶が満ちるように、愚かな者は少しずつ悪を積み重ねる。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第121詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
前の言葉と対をなす、悪の側の一滴です。手を抜いた一言、先送りにした謝罪、少しごまかした報告。どれも一滴で、瓶は変わらないように見えます。ブッダが警告しているのは、悪の大きさではなく、軽んじる心のほうです。気づいた一滴を、なかったことにしない。責めるためではなく、止めるために気づく。気づかれた一滴が、流れを変えます。
名言23【ブッダ】夜中のスマホで一日を終えてしまった日
善からぬこと、己のためにならぬことは、なし易い。ためになること、善いことは、実に極めてなし難い。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第163詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
善いことは、実に極めてなし難い。多くの修行者を率いたブッダが、人間の本性をこれほど正直に認めていることに驚きます。ためになることが続かないのは、意志の弱さではなく、そもそも難しいからです。そう聞くと、少し肩の力が抜けます。流されやすい構造の中で、それでも一つ選んだ日があるなら、その一つは思っている以上の価値があります。
名言24【ブッダ】やるべきことを後回しにしている夜
なすべきことをなおざりにし、なすべからざることをなす、遊びたわむれ放逸な者どもには、汚れが増す。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第292詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
なすべきことをせず、しなくていいことに時間を使う。その状態を「放逸」と呼び、汚れが増すと言います。汚れという言葉は重いですが、実感としては「後味の悪さ」に近いものです。足りなかったのは意志ではなく、優先順位が見えていなかっただけです。明日いちばんにやることを一つだけ決めて、今日は寝る。それでもう、放逸ではありません。
名言25【ブッダ】本を読んで感動しても何も変わらないとき
汝らこそ努力せよ。如来はただ道を教えるのみ。みずから実践する瞑想者は悪魔の縛めから解脱する。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第276詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
「如来はただ道を教えるのみ」。ブッダ自身が、自分の役割をここまで限定して語っています。教える人は道を指せるだけで、歩くのは本人です。読んで感動した、講座で刺激を受けた、それでも変わらない。その正体は「知る」と「やる」のあいだにある溝です。溝を埋めるのは大きな決意ではなく、5分だけ手を動かすこと。それが自分の努力になります。
名言26【ブッダ】頑張っているのに認められない日
精力的に奮励し、念(気づき)あり、清らかな行いあり、よく熟慮して行動し、自制し、法に従って生きる怠りない者、その名声は増大する。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第24詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
奮励、気づき、清らかな行い、熟慮、自制。名声が増すと言われる前に、六つの要素が並んでいます。この順番が大事だと思います。評価される前に、まず自分の行いに自分が気づいている。認められない日が続くと、自分への信頼まで揺らぎますが、行いを見ている目が自分の中に一つあれば、土台は崩れません。誰より先に、自分が見ている。
名言27【ブッダ】こんな苦しみを越えられるのかと立ち止まる朝
信仰によって流れを渡り、精励によって海を渡る。勤勉によって苦しみを超え、智慧によって全く清らかとなる。
(ブッダ)
出典:スッタニパータ 第184詩句(中村元訳『ブッダのことば』岩波文庫)
夜叉アーラヴァカとの問答の中で語られた言葉です。信じることで流れを渡り、精励で海を渡り、勤勉で苦しみを越える。一気に渡れとは言っていません。越え方には順番があり、最初は「渡れると信じる」だけでいいのです。今日できることを一つ決める。不格好な一歩を、明日も踏む。勤勉によって苦しみを超えるとは、そんな地味な積み重ねの別名だと思います。
名言28【ブッダ】もっと若いうちに始めていればと悔やむとき
若い頃に財産を得ず、心を鍛えなかった人は、年老いて、魚のいない沼で鷺のように悩む。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第155詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
魚のいない沼にたたずむ老いた鷺。若いころに心を鍛えなかった人の姿を、ブッダはそう描きました。厳しい絵ですが、この言葉を読んでいる今が、これからの人生でいちばん若い日でもあります。心を鍛えるといっても、大げさな修行ではありません。今日気づいたことを、一行だけ手帳に残す。それを続けた人の沼には、少しずつ魚が戻ってきます。
名言29【ブッダ】他の人が先に結果を出したとき
戦場において百万人に勝つとしても、ただ一人の自己に勝つ者こそが、最上の勝利者である。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第103詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
戦場で百万人に勝つより、自分一人に勝つ者が最上の勝利者である。誰かが先に結果を出すたび、私は負けた気がしていました。でも本当の相手は誰だったのか。やめようとした習慣を今日も続けた、逃げたい場面で踏みとどまった。そういう勝利に、私は長いこと名前をつけてきませんでした。誰にも見えない勝ちを、自分だけは数えておく。
\ 一滴ずつなら、続けられる /
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自分を自分の主にする言葉(名言30〜38)
名言30【ブッダ】わかってくれない誰かを責めたくなる夜
自己こそ自分の主(あるじ)である。他人がどうして自分の主であろうか。自己をよく整えたならば、得難い主を得る。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第160詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
自分の主は自分である。ブッダが繰り返し説いた、自分を拠り所にせよという教えの中心にある言葉です。気づけば承認も評価も、誰かの手に預けていた。相手が変わらないと自分は動けない、と思い込んでいた。整えるのは環境より先に、自分の内側です。今日、小さくても自分で決めたことが一つあれば、主はもう戻ってきています。
名言31【ブッダ】あの人さえ変わってくれたらと願い続けた時間
悪をなして自ら汚れ、悪をなさずして自ら清まる。浄・不浄は各自自身のものである。人は他人を清めることはできない。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第165詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
人は他人を清めることができない。ずいぶん突き放した言葉に見えますが、裏返せば、自分を清めるのは自分にしかできない、ということです。誰かを変えようとして使ってきた力を、自分を整えるほうに向け直す。すると不思議と、相手との距離も変わります。言おうとした言葉を、一度飲み込んでみる。それも静かな清めの一つです。
名言32【ブッダ】「なぜあの人だけ」と数え始めてしまう夜
他人のしたこと、しなかったことを観るな。ただ自分のしたこと、しなかったことだけを観よ。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第50詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
他人のしたこと、しなかったことを観るな。仏教では、批判の目を他人から自分へ向け直すことが実践の基本とされます。誰が何をした、しなかったを数え続けても、自分の歩みは一歩も進まないからです。比べる相手を他人から昨日の自分に変えたとき、止まっていた足が動き出します。今日、自分がしたことを三つ。数えるならそちらです。
名言33【ブッダ】職場で誰かの欠点ばかり目につくとき
他人の過失は見え易い。自分の過失は見難い。他人の過失はもみ殻のように箕でふるいにかけるが、自分の過失は隠す。賭博師が巧みにいかさまの骰子を隠すように。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第252詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
自分の過失は隠す、と言われると、急に責められた気がして身構えます。でもこれは特定の誰かではなく、人間全体の癖を描いた言葉です。他人の過失はもみ殻のようにふるいにかけ、自分のはいかさまの骰子のように隠す。誰かの欠点がやたら目につくとき、同じものが自分の中に隠れていることがあります。裁くためではなく、見つけるために、矢印を少しだけ自分に向ける。見えにくい過失ほど、見えた瞬間に伸びしろに変わります。
名言34【ブッダ】こんなことも知らないのかと自分を責めたとき
自分が愚かであると知っている愚か者、それだけですでに賢者である。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第63詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
自分が愚かだと知っている愚か者は、それだけですでに賢者である。同じ詩句の後半では、愚かなのに賢いと思っている者こそ本当の愚者だと続きます。「まだ分かっていない」と気づけること自体が、賢さの始まりなのです。知ったかぶりで止まる人より、分からないと言える人のほうが遠くまで行けます。今日の「分からない」は、恥ではなく出発点です。
名言35【ブッダ】学歴や環境のせいで最初から諦めているとき
生まれによりて賤民となるのではない。生まれによりてバラモンとなるのではない。行為によりて賤民となり、行為によりてバラモンとなる。
(ブッダ)
出典:スッタニパータ 第136詩句(中村元訳『ブッダのことば』岩波文庫)
『スッタニパータ』の中で、生まれではなく行いが人を決めると、身分制の社会で言い切った言葉です。当時としては革命的な考え方でした。学歴が違う、家庭環境が違う。そう感じて、どこかで最初から諦めている自分がいるなら、この言葉は出発点を書き換えてくれます。今日どう動いたか、どう人に向き合ったか。その積み重ねが、今日も自分の輪郭を彫っています。
名言36【ブッダ】情報が多すぎて一歩も動けない日
一切の悪をなさず、善を行い、自己の心を清める。これが諸仏の教えである。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第183詩句(日本テーラワーダ仏教協会パーリ語経典日常読誦集)
悪をなさず、善を行い、心を清める。「七仏通誡偈」として日本の仏教でも古くから唱えられてきた、教えの要約です。あまりに簡単で子どもでも知っている、と笑った人に、禅僧が「三歳の子でも知っているが、八十の老人でも行えない」と返した逸話が伝わります。何をすべきか分からなくなった日は、この三つに戻る。答えは最初からシンプルでした。
名言37【ブッダ】会議でうまく言えなかった日
言葉が少なくても、法に随って行い、貪欲・怒り・迷妄を捨てて、正しい智慧のある人は、この世でもあの世でも、法によって修行する者と呼ばれる。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第20詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
言葉が少なくても、行いが教えに沿っていれば、その人は修行者と呼ばれる。多く語る人より、静かに実践する人を上に置いた言葉です。会議で伝わらなかった、プレゼンで詰まった。そんな日に責めたくなるのは雄弁さですが、問われているのはそこではありません。怒りに任せず、欲に流されず、誠実に動いたか。口下手のまま、修行者でいられます。
名言38【ブッダ】千の言葉を浴びて頭がいっぱいの夜
無益な言葉を千語言うよりも、聞いて心の静まる有益な言葉を一語聞くほうが優れている。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第100詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
千の無益な言葉より、聞いて心が静まる一語のほうが優れている。話す側ではなく、聞く側の話です。一日じゅう指示や噂や通知を浴びて、頭がいっぱいになった夜があります。そんな日に効いたのは、量ではなく、誰かがふと口にした一言でした。全部を聞き取ろうとしなくていい。心が静まった一語だけ受け取って帰る。残りの千語は、聞き流していいのです。
誰と歩み何を大切にするかの言葉(名言39〜49)
名言39【ブッダ】一人で抱えなければと肩に力が入るとき
もし理解ある人を友とし旅路を共にするならば、あらゆる危難に打ち克って、心喜び、念いをおちつけて、ともに歩め。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第328詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
理解ある友を得たなら、危難を共に越えて、喜んで歩め。次に続く「独り歩め」の言葉とセットで読まれる一節です。孤独を勧める前に、まず良い伴侶がいるならその人と歩け、と言っている順番に、私は温かさを感じます。話を聞いてくれる人が一人でもいるなら、その縁は大事にしていい。「助かっています」と一言伝えてみる。それも歩みの一部です。
名言40【ブッダ】話すと元気になる人と疲れる人がいるとき
もろもろの聖者に会うのは善いことである。かれらと共に住むのは常に楽しい。愚かな者どもに会わないならば、心は常に楽しいであろう。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第206詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
聖者に会うのは善いことで、共に住むのは常に楽しい。聖者と聞くと遠い存在に思えますが、目印はもっと身近です。「この人といると、自分が少しよくなる気がする」という感覚。逆に、会うたびになぜか疲れる人もいます。どちらと過ごす時間が多いかで、心の状態は思った以上に変わります。誰と会うかは、自分で選んでいいのです。
名言41【ブッダ】帰り道がどっと重い日が続くとき
愚人とともに歩む者には長い道のりにわたって憂いがある。愚人と共に住むのは常につらいことである。仇敵とともに住むように。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第207詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
愚かな人と歩む者には長い道のりにわたって憂いがある。仇敵と暮らすようだ、とまで言っています。帰り道がどっと重い日が続くと、自分の弱さのせいにしたくなります。でもブッダは、憂いの原因を本人の感受性ではなく、誰と歩いているかに置きました。重くなるのは、ちゃんと感じ取れているからです。その重さを、今日は自分のせいにしない。憂いの正体が見えるだけで、荷物は同じでも肩の位置が変わります。
名言42【ブッダ】周りと価値観が合わず浮いていると感じるとき
もしも思慮深く聡明でまじめな生活をしている伴侶を得られないならば、国を捨てた国王のように、また林の中の象のように、独り歩め。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第329詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
思慮深い伴侶がいないなら、国を捨てた王のように、林の象のように独り歩め。孤立を肯定するのではなく、質を妥協してまで群れるな、という言葉です。周りと合わずに浮いていると感じる夜、それは間違っているのではなく、自分の基準を手放していない証拠かもしれません。誰の賛同もなく続けていることが一つあるなら、それが自分の象の道です。
名言43【ブッダ】みんなと一緒なら安心と流されてきたとき
愚かな者を道伴れとするな。独りで行くほうがよい。独り歩め。悪いことをするな。求めるところは少なくあれ。林の中の象のように。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第330詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
前の言葉に続く一節で、求めるところを少なくして独り歩め、と締めくくられます。林の象は群れを必要とせず、静かに進む自立の象徴です。みんなと一緒にいれば安心。そう思って流れに身を任せてきた時期が、私にもあります。方向のない仲間は、気づけば進みたい道と逆に引っ張ることもある。少なく求め、静かに進む。それは弱さではなく、輪郭です。
名言44【ブッダ】苦手な人を思うと心が縮こまる日
一切の生きとし生けるものは幸福なれ、安穏なれ、福祉あれ。
(ブッダ)
出典:スッタニパータ 第145詩句(慈経)(中村元訳『ブッダのことば』岩波文庫)
「一切の生きとし生けるものは幸福なれ」。慈しみの瞑想の基本になっている祈りの言葉で、今も世界中で唱えられています。心がギスギスしている日、苦手な人のことを考えると縮こまってしまう。そんなときにこの一行を、朝に一度だけ心の中で唱えてみる。相手のためというより、発した瞬間に自分の心が少しやわらぐ。その効き方が、この祈りの不思議なところです。
名言45【ブッダ】傷ついても人を嫌いになりきれない自分に
あたかも母が己が独り子を命を賭けても護るように、一切の生きとし生けるものに対して、無量の(慈しみの)心を育てよう。
(ブッダ)
出典:スッタニパータ 第149詩句(慈経)(中村元訳『ブッダのことば』岩波文庫)
母がひとり子を命がけで護るように、すべての生きものに無量の慈しみを育てよう。「慈経」の中核とされる、もっとも有名な比喩です。傷ついたのに、人を嫌いになりきれない。そういう自分を甘いと思ってきた人にこそ届く言葉だと思います。それは弱さではなく、慈しみが枯れていない証拠です。一人だけ、今日うまくいくように願う。その一人ぶんが、最初の種になります。
名言46【ブッダ】もっと稼がなければと焦る朝
健康は最高の利得である。満足は最上の宝である。信頼は最高の知己である。涅槃は最上の楽しみである。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第204詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
健康は最高の利得であり、満足は最上の宝である。お金でも地位でもないものを、ブッダは最上に置きました。もっと稼がなければ、もっと結果を出さなければ、と焦る朝は、すでに持っているものが見えなくなっています。健康に目覚めた朝、誰かからの小さな信頼。宝はもう手の中にあります。満足は、結果ではなく数え方の問題なのです。
名言47【ブッダ】自分が何を大切にしているのか見失ったとき
信仰こそ人にとって最上の財産である。法をよく実践すれば安楽をもたらす。真実が味の中で最も甘美である。智慧によって生きることが最高の生である。
(ブッダ)
出典:スッタニパータ 第182詩句(中村元訳『ブッダのことば』岩波文庫)
夜叉との問答の中で語られた言葉です。財産と言われて思い浮かぶものとは違うものが、四つ並んでいます。信じること、実践、真実、そして智慧によって生きること。比較に疲れているとき、間違っているのは自分の価値ではなく、使っている物差しのほうです。「これだけは大切にしたい」という核が一つ見えたとき、智慧によって生きるという言葉は自分のものになります。
名言48【ブッダ】積み上げてきたものが色褪せる気がする夜
豪華な王の車も古くなる。肉体も衰える。しかし、善き者の法(ダンマ)は老いることがない。善き者は善き者たちに伝える。
(ブッダ)
出典:ダンマパダ 第151詩句(中村元訳『ブッダの真理のことば』岩波文庫)
王の豪華な車も古びる。肉体も衰える。けれど善き人の教えは老いず、善き人から善き人へ伝わっていく。体力や肩書きが変わっていく不安の中で、老いないものが一つあると教えてくれる言葉です。誰かに伝えてきた生き方の言葉、経験からにじみ出た「こう生きるといい」。それは自分が老いても朽ちません。残したい言葉を一行、書いてみる。
名言49【ブッダ】「いつかやろう」を何年も抱えているとき
比丘たちよ、今こそ、おまえたちに告げよう。諸行は滅びゆく。怠ることなく努めよ。
(ブッダ)
出典:長部経典(ディーガ・ニカーヤ)第16経 大般涅槃経(南伝大蔵経 第7巻144頁)
80歳で最期を迎える直前、ブッダが弟子たちに残した最後の言葉と伝えられています。「諸行は滅びゆく」と無常を告げ、そのうえで「怠ることなく努めよ」と締めくくりました。終わりがあると知る人だけが、今日を本気で生きられる。いつかやろうと抱え続けているあのことを、今週できる大きさに切り分ける。それだけでいい。最後の言葉は、始める言葉でもあります。
\ 明日の自分に、ひとつ言葉を渡すなら /
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まとめ
49の言葉を通して見えてくるのは、ブッダが「心を強くしろ」とは一度も言っていないことです。心は揺れるもの、善いことは難しいもの、怨みは簡単には消えないもの。その前提を認めたうえで、屋根を少しずつ葺き直す、一滴ずつ瓶を満たす、一拍おいてから言葉を出す、と続きます。
大きな決意ではなく、今日できる小さな手入れ。それを一つ選んで帰るだけで、この記事の役目は果たせたと思います。揺れる心は欠陥ではなく前提で、整え直す手は自分の中にある。ブッダの言葉がくり返し指しているのは、その一点です。
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