武者小路実篤の名言93選|仲良きことは美しき哉から『友情』まで

「仲良きことは美しき哉」「この道より我を生かす道なし」から小説『友情』『お目出たき人』の一節まで。武者小路実篤の言葉93を、出典と書かれた背景を添えて解説します。
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「仲良きことは美しき哉」。この一行を、どこかで目にしたことがある人は多いと思います。けれど武者小路実篤の名言を並べて読むと、短い言葉の裏に、90年の生涯をかけて試し続けた暮らしがあることに気づきます。人と比べて小さくなってしまう日、自分の道がこれでいいのか分からなくなる日。実篤の言葉は、そういう日に効きます。
この記事には93の言葉を載せました。作品・色紙・全集などの出典がわかる言葉と、広く語り継がれている言葉を、それぞれ出典の確かさがわかる形で添えています。出どころをまったくたどれなかった言葉は載せていません。色紙の言葉から順に、言葉が生まれた場面と、今の暮らしのどこで効くのかを一つずつ添えました。
全部を読まなくてもかまいません。見出しを眺めて、今の自分に近いところから開いてみてください。

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武者小路実篤とはどんな人物か

武者小路実篤は1885年に生まれ、1976年に90歳で亡くなった作家です。2026年は没後50年です。若い頃にトルストイへ傾倒し、1910年に志賀直哉らと雑誌『白樺』を創刊しました。自分を生かしながら他人も生かす。その信念を文章で終わらせず、1918年には宮崎県の山あいに「新しき村」をひらいて暮らしで試しました。1939年には埼玉県毛呂山町に「東の村」を開き、宮崎の村とともに今も続いています。
40歳ごろから絵筆をとり、カボチャや花の絵に言葉を添える「画讃」を晩年まで描きました。1951年に文化勲章を受章。70歳からは東京・調布の仙川が終の住処となりました。どの顔にも共通するのは、自分の道を自分の足で歩く一途さです。

色紙と画讃に書いた言葉(名言1〜16)

実篤は40歳ごろから絵筆をとり、カボチャや花の絵に短い言葉を添えました。まずは、色紙や画讃として多くの家に飾られてきた言葉からです。

名言1【武者小路実篤】人と比べて張り合ってしまうとき

仲良きことは美しき哉

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤の画讃(自筆の絵に添えた言葉)
40歳ごろから絵筆をとった実篤が、カボチャや花の絵に添えた言葉の中で、いちばん知られている一行です。「正しい」でも「得だ」でもなく「美しい」と言いました。仲よくすることを、義務ではなく、眺めて心地よいものとして置いています。誰かと張り合ってしまう日、勝ち負けの外にもう一本、「美しいかどうか」という物差しがあります。

名言2【武者小路実篤】考え方の違う同僚と働くとき

君は君 我は我也 されど仲よき

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤の画讃(自筆の絵に添えた言葉)
南瓜や冬瓜など、野菜を並べた絵に添えられたと伝わる言葉です。前半で「君は君、我は我」と線を引き、そのあとに「されど」が来ます。同じでなくていい、分かり合えなくてもいい、それでも仲よくはできる。合わない相手に無理に寄せると、自分がすり減ります。距離を保ったまま隣にいる。「されど」の一語に、人間関係の余白があります。

名言3【武者小路実篤】別の道が正しく見えて迷う日に

この道より我を生かす道なし この道を歩く

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤の揮毫(新しき村の門柱に書かれた言葉)
埼玉・毛呂山にある「新しき村」の門の木柱に、実篤が自ら筆をとって書いた言葉です。村は1918年に宮崎で始まり、理想論と見られながら今も続いています。これが自分を生かす道だと見きわめたら、あとは歩く。他人の道のほうが明るく見える日、迷いを消してから進もうとすると足が止まります。迷ったまま一歩出す、でいいのです。

名言4【武者小路実篤】殺伐とした一日の終わりに

天に星 地に花 人に愛

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤の色紙・画讃
色紙に書かれて広まった三つの対句です。空には星、地面には花、そして人には愛。三つとも、見ようとしなければ見えないものばかりです。言葉のとげに疲れた帰り道、空を見上げる人は少ない。実篤はそこを、たった九文字で呼び戻します。人に愛があるのは理想ではなく、星や花と同じく、もともとそこにあること。そういう置き方です。

名言5【武者小路実篤】上達の遅さに焦っているとき

桃栗三年柿八年 だるまは九年 俺は一生

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤の画讃(自筆の絵に添えた言葉)
桃と栗は三年、柿は八年で実をつけ、達磨は九年の座禅で悟りました。そこに実篤は「俺は一生」と続けて、絵のそばに書きました。不器用で、ゆっくりしか進めない。そう認めたうえで、一生かけるなら負けではないと言い切っています。同期に差をつけられた気がする日、比べる単位を「年」から「一生」に変えてみる。実る時期は、品種によって違います。

名言6【武者小路実篤】手を挙げるか迷っている場面で

思い切って咲くもの万歳

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤の画讃(自筆の絵に添えた言葉)
花の絵に添えられた言葉です。「きれいに咲くもの」ではなく「思い切って咲くもの」に万歳と言っています。うまく咲けるかどうかは、花にも分かりません。それでも出し惜しみせずに開いたものを、実篤は祝いました。会議で意見を言うか迷う、企画を出すか迷う。称えているのは結果ではなく「思い切った」ほうです。咲いてしまえば、それで万歳です。

名言7【武者小路実篤】周りの評価で気持ちが揺れるとき

どかんと坐れば動かない

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤の画讃(自筆の絵に添えた言葉)
だるまの絵に添えた画讃で、1974年、89歳のときの言葉です。どっしりと坐っただるまの姿が、そのまま言葉になっています。腰を据えてしまえば、風が吹いても動かない。他人の成果を見て気持ちが揺れる日は、たいてい自分が中腰のときです。何に腰を下ろすかを決めていない。坐る先は大げさな目標でなくていい。今週やると決めた一つで十分です。

名言8【武者小路実篤】チームで成果を出せたとき

共に咲く喜び

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤の画讃(自筆の絵に添えた言葉)
「仲良きことは美しき哉」と並ぶ、実篤の画讃の代表格です。一輪で咲く美しさもありますが、実篤が描き続けたのは、並んで咲く花、寄り添う野菜でした。「新しき村」で目指したのも、誰かを踏み台にしない暮らしです。自分だけが評価された日より、チームで仕上げた日のほうが長く覚えている。共に咲いて初めて立ち上がる喜びがあります。

名言9【武者小路実篤】もっと上をと自分を追い立てる日に

あるがままにて、満足するもの万歳。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
実篤の言葉には「万歳」がよく出てきます。ここでは、今あるままで満足できる者に万歳を送っています。足りないものばかり数える目では、手にしているものが見えません。満たされないから動くより、満ち足りたうえで選ぶほうが判断は狂わない。「あるがまま」は怠けの許可ではなく、出発点を見失わないための言葉です。

名言10【武者小路実篤】休日にだらりと過ごしてしまった午後

さあ、俺も立ち上がるかな まあ、もう少し坐つてゐよう

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
立ち上がろうとして、思い直してもう少し座っている。それだけの言葉なのに、読むと笑ってしまいます。実篤は「俺は一生」と言い切る一方で、こういう怠けの瞬間も隠しませんでした。休日の午後、予定をこなせずに自分を責めそうになったら、この一行を思い出してみてください。もう少し座ることは、立ち上がらないことではありません。

名言11【武者小路実篤】理不尽に何度も打たれたとき

ふまれても、ふまれても、我はおき上るなり 青空を見て微笑むなり、星は我に光をさづけ給うなり

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『人生論』
踏まれても起き上がる、まではよくある励ましです。この言葉は、起き上がったあとに青空を見て微笑み、星の光を受け取るところまで書いています。踏んだ相手を見返すのではなく、空を見る。理不尽に叱られた日は、仕返しの筋書きを回すより、帰り道に空を見上げるほうが早く回復します。起き上がる力の源は、踏んだ相手の側にはありません。

名言12【武者小路実篤】自分らしさを見失いそうなとき

生まれた者は やがて死ぬ者なり 我も亦 やがて死なん だが生きてゐる間は生きる也 我らしく生きる也 何者にも頭を下げず いぢけずに生きんと思ふ。

(武者小路実篤)

死ぬことを先に認めてから、生きている間の話をする。これが実篤の腹の据え方でした。投げやりではありません。どうせ死ぬのだから、生きている間は自分らしく、いじけずにいようと続きます。「何者にも頭を下げず」は傲慢ではなく、卑屈にならないという決意です。自分を小さく見せる癖がついた人ほど、「いぢけずに」の一語が刺さります。

名言13【武者小路実篤】失敗して気持ちが沈んだ夜に

まあいい 俺の一生を何かの役に立たせて見せる ころぶ時があっても

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
「まあいい」で始まる言葉は珍しい。失敗を帳消しにするのでも、反省を重ねるのでもなく、まず受け止めます。そのうえで一生を何かの役に立たせると言い、最後に「ころぶ時があっても」と逃げ道を残す。ミスで迷惑をかけた夜に、この順番は効きます。ころばない人生を目指すと、ころんだ瞬間に全部が崩れる。ころぶ前提の決意は、折れにくいのです。

名言14【武者小路実篤】思いどおりにいかない時期に

人生は楽ではない。そこが面白い。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤 画文集『人生は楽ではない。そこが面白い』
楽ではない、と先に認めています。そのあとに「そこが面白い」と続けるのが実篤らしいところです。理想の村をつくり、やがてそこを離れた人の言葉だから、軽くは聞こえません。思いどおりにいかない時期は、何かを間違えた気がします。けれど、楽でないことと間違っていることは別です。面白いと言える日は、あとから来ます。

名言15【武者小路実篤】あと少しで投げ出しそうなとき

もう一歩。いかなる時も自分は思う。もう一歩。今が一番大事なときだ。もう一歩。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
「もう一歩」を三回繰り返します。長い言葉ではないのに、読むとリズムで前に押される。実篤は大きな飛躍より、目の前の一歩を信じた人でした。「俺は一生」と画讃に書いたのと同じ姿勢です。資格の勉強、長引く案件、続かなかった習慣。やめたくなる瞬間は、たいてい終わりの少し手前です。全部を走り切る覚悟はいりません。今の一歩だけ出す。

名言16【武者小路実篤】伸び悩みが長く続いているとき

ものになるならないは、実に一寸した処で決まるのだ。昨日までものにならなかった人が、今日ちゃんとものになっていた。そう言う事実を自分は何度か見た。

(武者小路実篤)

昨日までものにならなかった人が、今日ものになっていた。それを何度も見た、と実篤は言います。才能の差ではなく「一寸した処」で決まる。村で多くの若者と暮らした人の実感でしょう。伸び悩みが長いと、向いていないと結論を急ぎたくなります。けれど変わる瞬間は、変わる直前まで見えません。今が「ちょっとしたところ」の手前かもしれません。

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人生論と随筆に残した言葉(名言17〜37)

実篤は小説や戯曲のほかに、人生論や随筆を数多く書きました。ここからは、文章の中に残された言葉です。

名言17【武者小路実篤】誰かを守る立場に立ったとき

どこまでも勝ちぬき、どこまでも生きぬくためには、勇敢であることが必要なのだ。そして勇敢の第一の条件は生命を捨てるのを恐れずに戦うということだ。それも弱者のため、自分の保護を要求する人のために身を犠牲として戦う。これが勇敢なものの特質である。

(武者小路実篤)

勇敢という言葉を、実篤は自分のためではなく「弱者のため、自分の保護を要求する人のため」に使っています。戦う相手は競合でも敵でもなく、守りたい人を脅かすものです。後輩が理不尽に叱られている場面。自分のためだと腰が引けることも、誰かのためなら足が出る。勇敢さは性格ではなく、誰のために立つかで決まります。

名言18【武者小路実篤】うまくいかない原因を外に探すとき

みな身から出たさびだ。さびを出すのが嫌だったら自分を純金にするか、絶えず自分を磨いていなければいけない。自分では何もせずに、さびが出るのに不平を起こすのは己を知らない者だ。

(武者小路実篤)

責められているように感じるかもしれません。でも言われているのは、磨ける余地がまだあるということです。さびは金属の性質で、人も同じだと実篤は言います。純金になるか、絶えず磨くか。評価が上がらない原因を上司や環境に求めたくなるのは自然ですが、磨けるのは自分の側だけです。磨けば落ちるさびなら、まだ間に合います。

名言19【武者小路実篤】自分の仕事に意味を感じられないとき

自分でも何かのお役に立つのだ。このことは喜びである。この喜びは自分の一生が、無意味でないことを示している。このことを幸福に感じるのである。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
役に立つことを、成果や評価ではなく「喜び」として語っています。この喜びがあれば、自分の一生は無意味ではないと確かめられる、と続きます。実篤は村づくりでも絵でも、この実感を手放しませんでした。自分がいなくても同じだと感じる時期があります。そういう時は、役に立った小さな場面を一つ思い出す。助かったと言われた一件で十分です。

名言20【武者小路実篤】感情に振り回された一日の後で

自分で自分を支配することが出来ない人は、不幸になりやすい。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
「支配」という強い言葉ですが、意味は「自分の手綱を自分で握る」に近いものです。実篤は不幸の原因を運ではなく、自分の内側の制御に置きました。感情をなくせという話ではありません。感情が出たあとで、どう動くかを選べるかどうかです。返信を一晩置く、会議で一拍おく。手綱を握る練習は、小さな場面から始まります。

名言21【武者小路実篤】背伸びした目標に押しつぶされそうなとき

自分の力に合うことだけしろ、その他の事は、おのずと道が開けてくるまで待て。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
「待て」と言える人は少ないものです。力に合うことに集中し、残りは道が開くまで待て、と実篤は言います。背伸びした目標を掲げ、追いつけずに自分を責める。その繰り返しに覚えがある人は多いはずです。力に合うことだけするのは、妥協ではなく配分です。確実にできる一つをやり切ると、次の道は向こうから見えてきます。

名言22【武者小路実篤】やろうと思って先延ばしにしていること

いいと思ったことは どんな小さいことでも するがいい

(武者小路実篤)

出典:『武者小路實篤全集』第十巻
「大きなことをせよ」とは言っていません。いいと思ったら、小さくてもすればいい。実篤の生涯は大きな構想に見えますが、実際は毎日の絵と原稿、畑仕事の積み重ねでした。同僚にお礼を言う、気になっていた本を開く。小さすぎて後回しにしていることほど、やると気分が変わります。いいと思った瞬間に動く癖は、小さな一日を確かに変えます。

名言23【武者小路実篤】人の優しさに不意に出会ったとき

この世に生きる喜びの一つは、人間の純粋な心にふれることである。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
実篤は多くの人と出会い、裏切られもしたでしょう。それでも「生きる喜びの一つ」に人間の純粋な心を挙げました。見返りのない親切、計算のない笑顔。それに触れた瞬間、疲れていた心がほどけます。席を譲る人、頼まれずに手伝ってくれた後輩。忙しいと見過ごしてしまう場面です。この言葉は、見過ごさないための目を貸してくれます。

名言24【武者小路実篤】目立たない仕事を手抜きしたくなるとき

すぐれた人間は、いざという時が来ないでも、いつも全力を出して仕事をしている。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
本番で力を出す人は、普段から出しています。実篤は画家としても、2万点とも3万点ともいわれる作品を残しました。多作は、いざという時のためではなく、毎日描いたからです。誰も見ていない資料づくり、数字に出ない下準備。そこで手を抜くと、見られている場面でも急には力が出ません。目立たない日の全力が、いざという日の全力になっていきます。

名言25【武者小路実篤】同期の才能に圧倒されたとき

才能で負けるのはまだ言い訳が立つ、しかし誠実さや、勉強、熱心、精神力で負けるのは人間として恥のように思う。他では負けても、せめて誠実さと、精神力では負けたくないと思う。

(武者小路実篤)

才能で負けるのは仕方がない、と実篤はあっさり認めます。そのうえで、誠実さや熱心さ、精神力で負けるのは恥だと言う。優秀な同期を前に、縮こまってしまう日もあるでしょう。けれど才能は選べなくても、誠実さは今の自分で選べる。そこは人と比べなくていい場所です。

名言26【武者小路実篤】損な役回りばかりだと感じるとき

心の美しい者は、皆に愛されるのは事実である。そして恐らく運命にも愛されるであろう。

(武者小路実篤)

心の美しい人が愛されるのは事実だ、と言い切り、「恐らく運命にも」と少し控えめに続けます。この「恐らく」に、実篤の正直さがあります。保証はできないが、そうだと思う、と。正直にやっていると損ばかりする気がする時期があります。けれど長い目で見ると、人は心の美しい人のそばに集まる。運命はさておき、そこはたしかです。

名言27【武者小路実篤】不安で先回りしすぎてしまうとき

心配しても始まらないことは心配しない方が利口だ。心配すべきことを心配しないのはよくないが、それも大胆に、いじけずに心配すべきだ。

(武者小路実篤)

心配を全部やめろとは言いません。始まらない心配はやめ、必要な心配は「大胆に、いじけずに」しろと言います。心配のしかたにも質がある、という視点です。頭の中で同じ場面を回しても、現実は一ミリも動かない。本当に備えたいことには、縮こまらず正面から準備する。それ以外は手放す。仕分けができるだけで、夜の長さが変わります。

名言28【武者小路実篤】自分のことで頭がいっぱいのとき

人間が死ぬ時の言葉は美しいと言われているのも、人間は死ぬ時は、自分のことを考えず、あとのことを考えるからである。

(武者小路実篤)

出典:『武者小路実篤人生語録』(亀井勝一郎編)
死ぬ時の言葉が美しいのは、その時だけ人が自分のことを考えず、あとに残る人のことを考えるからだ、と実篤は見ました。裏返せば、生きている間の言葉が濁るのは、自分のことばかり考えているからかもしれません。自分の評価を気にした一言と、後輩のために言った一言。あとに残るのは、たいてい後者です。

名言29【武者小路実篤】予定どおりに進まなくなったとき

人生と言うものは、思わぬ時に道がひらけたり、閉じたりするものだ。

(武者小路実篤)

計画どおりに道が開く、とは書いていません。「思わぬ時に」開き、閉じる。実篤自身、宮崎につくった村がダム建設で揺さぶられ、埼玉にもう一つの村を開きました。閉じた道の先に、別の道があったのです。人生の分岐は、たいてい予定表に載っていません。閉じた瞬間は全部終わったと感じますが、開く時もまた、予告なしに来ます。

名言30【武者小路実篤】知ったかぶりをしそうになったとき

僕が信用する人はどんな時でも、本音のあり場所を示す人だ。本当のことがわからない時は、わからないとはっきり言える人だ。

(武者小路実篤)

信用の基準を「正しいことを言う人」ではなく「本音のあり場所を示す人」に置いています。分からない時に分からないと言える人を、実篤は信用しました。評価が下がる気がして知ったふりをしてしまいがちですが、長く一緒に働くと、信用されるのは逆の人です。分からないと言った人の「分かる」は、重みが違います。

名言31【武者小路実篤】すごい人を見て落ち込みそうなとき

僕はいい画や字を見ると、自分より優れた人間がこの地上に生きていたことをはっきり知って、ありがたくなり、自分も負けていてはすまないと思う。

(武者小路実篤)

優れたものを見た時の反応が、ねたみでも卑屈でもなく「ありがたくなる」なのが実篤らしいところです。自分より優れた人間が生きていたと知ることがまず喜びで、そのあとに「負けていてはすまない」が来ます。同世代の成果に胸がざわつく日は、感情の順番だけ入れ替えてみる。先にありがたがる。悔しさは、そのあとで燃料にすればいいのです。

名言32【武者小路実篤】運が悪いと嘆きたくなるとき

僕は運命を信じないのです。ただ実力を磨くことだけを信用しているのですよ。

(武者小路実篤)

運命を信じない、と言いながら、実篤は別の言葉で「恐らく運命にも愛されるであろう」とも書いています。矛盾というより、どちらを先に置くかの話です。磨くことが先で、運命はそのあとについてくるかもしれない。嘆いている間も、磨く手は止まっています。信用できるものを一つ選ぶなら、自分で動かせるもの。それが実篤の答えでした。

名言33【武者小路実篤】大きな失敗から立ち直る途中で

本当にころがつた者は起き上がる時は何か得をしてゐる。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
「本当に」ころがった者、という限定があります。本気で失敗した人だけが、起き上がる時に何かを拾っている。失敗のあとは失ったものばかり数えてしまいますが、あの失敗がなければ分からなかったことが、一つはあるはずです。それを数え始めた時、人はもう起き上がりかけています。

名言34【武者小路実篤】前向きでいなければと無理している日

無理してよろこぶな。理屈でよろこぶな。自然によろこべる時によろこべ。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
「喜べ」ではなく「無理して喜ぶな」と言う人は少ないものです。実篤は、理屈で自分を納得させた喜びも、周りに合わせて作った喜びも、本物ではないと見ていました。前向きでいなければと思うほど、素直な感情は遠のきます。喜べない日は、喜べないままでいい。感情を無理につくらないことが、心を長持ちさせます。

名言35【武者小路実篤】スキルを見せようとして空回りするとき

最も進んだ技巧は技巧を忘れさす。

(武者小路実篤)

実篤の絵には、技巧の見せ場がありません。カボチャがカボチャとして、ただそこに描かれています。それを下手と見る人もいましたが、実篤は技巧を消すことこそ最も進んだ技巧だと考えていました。覚えたての技術ほど見せたくなるものです。けれど本当に伝わる仕事は技術が透明で、相手は内容しか覚えていません。消えるまで磨く。

名言36【武者小路実篤】決断に迷いがなくなる感覚について

自然、必然、当然。三つのものの、合一する道を歩く確かさ。

(武者小路実篤)

自然にそうなり、必然的にそうなり、当然そうである。三つが重なった時、道に迷いがなくなる、と実篤は言います。無理に決めた道は、どこかで「自然」が欠けている。周りに言われて選んだ道は、「必然」が足りない。転職、結婚、引っ越し。大きな決断の前に三つを一つずつ確かめると、迷いの正体が見えてきます。

名言37【武者小路実篤】個性の強いメンバーをまとめるとき

色と言うものはお互いに助けあって美しくなるものだよ。人間と同じことだよ。どっちの色を殺しても駄目だよ。どの色もいきなければ。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤「ある画室の主」(『武者小路実篤全集』第6巻、小学館)
戯曲『愛慾』の後日談「ある画室の主」に出てくる、画家のせりふです。色は単独で美しいのではなく、隣の色と助け合って美しくなる。どちらかを殺してはいけない、と実篤は人間にも重ねました。個性の強い人が複数いると、どちらかに合わせさせたくなります。けれど一方の色を消すと、画面全体が死ぬ。全員が生きる配置が、仕上がりを決めます。

幸福と愛と友についての言葉(名言38〜49)

幸福とは何か、愛とは、友とは。実篤が生涯を通じて繰り返し書いたテーマの言葉を集めました。

名言38【武者小路実篤】いい人間関係に恵まれないと感じるとき

よき友を持つものは、自分の方でもよき友に、なれるものでなければならない。自分だけが得することは、不可能である。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
「新しき村」を始めた時、実篤は友人たちと共に暮らすことを選びました。友情を、互いに引き受けるものと見ていたからでしょう。よき友が欲しいなら、自分がよき友になれるかを先に問う。自分だけが得をする関係は成り立たない、と続きます。恵まれないと感じる時は、相手の側ばかり見ていることがあります。問いの向きを変えれば、景色が変わります。

名言39【武者小路実篤】人を信じるのに疲れたとき

愛なくて人は生きねばならなかったら、人生は遂に地獄のなかの地獄である。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
「地獄のなかの地獄」という強い言い方を、実篤はめったにしません。それだけ愛のない人生を恐れていたのでしょう。裏返せば、苦しくても愛があれば耐えられる、と信じていた。裏切られて、もう誰も信じたくないと思う時期があります。閉じれば傷つきませんが、実篤はそれを地獄と呼びました。閉じるのは一時の手当てでいい。済んだら、少しだけ開ける。

名言40【武者小路実篤】友人との距離感に悩んでいるとき

友情の価値は、両方が独立性を傷つけずにつきあえるという点にあるのだ。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
『友情』という小説を書いた実篤ですが、この言葉が語る友情は甘くありません。価値は「独立性を傷つけずにつきあえる」点にある、と言います。一人で立ったまま隣にいる関係で、「君は君 我は我也」の画讃と同じ骨格です。誘いを断れない、相手の機嫌を先回りして読む。そんな付き合いに疲れたら、自分の独立性がどこで傷ついているかを見てみる。

名言41【武者小路実篤】つい愚痴や悪口が口から出るとき

まかぬ種子は生えぬと言うが、我等は不幸の種子をまかず、幸福の種子をまくように注意すべきである。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
ことわざを引いて、そこに自分の解釈を足しています。まかぬ種は生えないなら、何をまくかは選べる。不幸の種をまかず、幸福の種をまくように気をつけよう、と。畑仕事を暮らしの中心に置いた「新しき村」の人らしい比喩です。愚痴、悪口、先回りの悲観。口から出た瞬間は小さくても、まかれた種は育ちます。感謝やほめ言葉も、同じように育つ。

名言42【武者小路実篤】周りが結婚していって焦るとき

結婚するものも仕合わせだし、しないものも仕合わせだ。どっちにも人間としての喜びがある。

(武者小路実篤)

昔の作家の言葉とは思えないほど、今の空気に合います。結婚する人も、しない人も、どちらにも人間としての喜びがあると言い切り、両方を同じ高さに置きました。周りの報告が増え、取り残された気がする時期があります。焦りの正体は、一方にだけ喜びがあるという思い込みです。どっちにもある。それだけで、呼吸が楽になります。

名言43【武者小路実篤】幸せが向こうから来るのを待っているとき

幸福は与えられるより、努力で獲得する方が多い。

(武者小路実篤)

幸福は「与えられるもの」というイメージが強いものです。実篤はそこに、努力で獲得するほうが多い、と数の話をしました。与えられる幸福もあるが、割合としては自分で取りにいったもののほうが多い、という実感です。待っていれば来ると思っていたものが、実は動いた人のところに来ていた。そう気づくことがあります。比率は自分で変えられます。

名言44【武者小路実篤】うまくいきそうな時に身を引いてしまう癖

幸福をつかむことを恐れるな。

(武者小路実篤)

幸福を恐れる、という発想を意外に感じる人もいるでしょう。けれど心当たりのある人は多いはずです。うまくいきそうになると、自分にはもったいない気がして手を引く。あとで失う怖さから、最初からつかまない。実篤はそこに「恐れるな」と短く言いました。身を引く理由はいくらでも見つかります。つかんでから手放すのと、つかまないのとは違います。

名言45【武者小路実篤】何をしても満たされないと感じるとき

幸福を感じるのには童心とか、無心とか、素直さとか言うものが必要である。

(武者小路実篤)

幸福を「感じる」ために必要なものとして、童心・無心・素直さを挙げています。実篤の絵がカボチャや花を、ただ嬉しそうに描いているのと同じ目です。条件はそろっているのに満たされない時期は、感じる側の目が曇っています。計算と比較が先に立つと、幸福は目の前にあっても入ってこない。夕焼けに立ち止まる子どもの目を、少し取り戻してみる。

名言46【武者小路実篤】自分には幸せになる資格がないと思うとき

幸福は分に応じて、心がけよくして生きてゆけば誰でもなれるはずである。

(武者小路実篤)

出典:広く流通する語録(一次資料は未確認)
「誰でも」と書いているところに、実篤の信頼があります。幸福は選ばれた人のものではなく、分に応じて心がけよく生きれば誰でも届くはずだ、と。「分に応じて」は、人と比べないという意味に近いものです。過去の失敗が資格のなさに思えても、実篤の条件に「過去がきれいであること」は入っていません。心がけなら、今日の分から始められます。

名言47【武者小路実篤】無理を重ねて体調を崩しかけているとき

人生にとって健康は目的ではない。 しかし、最初の条件なのである。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『人生論』(岩波新書、1938年)
岩波新書の『人生論』で、実篤は健康や長生きそのものを目的にすることを退けています。そのうえで、自分の仕事をするための「最初の条件」だと位置づけました。この二段構えが実用的です。締め切り前の徹夜、休日の返上。やりたいことのために体を削っていると、体が先に音を上げます。やりたいことがあるからこそ、条件を先に整えるのです。

名言48【武者小路実篤】本音を言って笑われるのが怖いとき

笑はれるのを恐れるよりは、心にないことを云ふのを恐れなければいけない。

(武者小路実篤)

出典:調布市武者小路実篤記念館編『武者小路実篤名言集 生きるなり』(2022年)
恐れる対象を入れ替えています。笑われることを恐れるより、心にないことを言うことを恐れよ、と。33歳の時の言葉です。無難な意見を言い続けた末に残るのは、自分が何を思っていたか分からなくなる感覚です。笑われる痛みは一日で消えます。心にないことを言った違和感は、積もっていく。どちらを恐れるかは、自分で選べます。

名言49【武者小路実篤】誰かに使われている気がする毎日に

私は一個の人間でありたい誰にも利用されない誰にも頭を下げない一個の人間でありたい他人を利用したり他人をいびつにしたりしないそのかはり自分もいびつにされない一個の人間でありたい

(武者小路実篤)

「一個の人間でありたい」が繰り返されます。利用されない、頭を下げない。同時に、他人を利用しない、いびつにしない。自分の独立だけでなく、相手の独立も守る対になっています。「君は君 我は我也」の画讃と同じ願いです。部品のように扱われていると感じる日、部品にされない道は、自分も誰かを部品にしないことにあるのかもしれません。

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小説『友情』の言葉(名言50〜77)

『友情』は1919年に発表された実篤の代表作です。脚本家の野島が友人の妹・杉子に恋をし、親友で小説家の大宮に打ち明けるところから物語が動きます。前半は野島の目で、後半は手紙と告白だけで語られ、三人の関係は読者の予想を裏切る方向へ進みます。ここからの28件は、誰がどの場面で口にした言葉かを本文で確かめて載せています。

名言50【武者小路実篤】杉子とすれ違った日の日記

人生は空かも知れないが、そして色即是空かも知れないが、このよろこびは何処からくる。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
仲田の家を辞した帰り道、野島は生花の稽古帰りの杉子と出くわし、挨拶を交わしただけで別れます。言葉は出なかったのに、その僅かなことで別人のように快活になった彼が、家に帰って日記に書きつけたのがこの一節です。人生が空だと知っていても、よろこびは湧く。恋の入口で野島がつかんだのは、その矛盾そのものでした。

名言51【武者小路実篤】杉子の兄・仲田が語る恋愛観

恋は画家で、相手は画布だ。恋するものの天才の如何が、画布の上に現れるのだ。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
杉子の兄・仲田が、妹に届いた男からの手紙を見せない話のついでに野島へ語る恋愛観です。相手は幻想を壊さない資格さえあればよく、描かれる絵の出来は恋する側の才能で決まる。恋する当人の野島は内心反発し、次の章で「布の上に画をかくのとはちがう」と言い返します。恋をどう見るかで、二人の生き方の違いがにじむ場面です。

名言52【武者小路実篤】大宮が野島の恋を肯定する

ともかく恋は馬鹿にしないがいい。人間に恋と云う特別のものが与えられている以上、それを馬鹿にする権利は我々にはない。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
仲田の恋愛観を聞いて釈然としない野島に、大宮がきっぱりと言います。恋という特別なものが与えられている以上、馬鹿にする権利は誰にもない。駄目になるところまでは進むべきだ、と。野島はこの言葉を「大なる力」として受け取り、自分は賤しい人間ではないと思えるようになります。友の一言が、恋の後ろめたさを溶かしていく場面です。

名言53【武者小路実篤】純金を知らない者が鍍金をつかむ

恋を馬鹿にするから、結婚が賤しくなり、男女の関係が歪になるのだ。本当の恋と云うものを知らない人が多いので、純金を知らないものが、鍍金をつかまえるのだ

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
同じ場面で大宮が続けた言葉です。恋を軽んじるから結婚が賤しくなり、男女の関係が歪む。本当の恋を知らない人が多いから、純金を知らない者が鍍金をつかまえてしまう。大宮はこのあと、母の勧めで楽な縁談を選んだ姉が不幸になった話を打ち明けます。鍍金の比喩には、身内の結婚を見てきた彼自身の痛みが重なっています。

名言54【武者小路実篤】杉子が大宮に宛てた長い手紙の結び

二人で生きられるものは仕合せ者です。ね、そうではありませんか。大宮さま。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
後篇は手紙だけで進みます。パリの大宮に杉子が想いを打ち明け、大宮は「友を売ることになる」と迷いながらも返事を出しました。それを受けた杉子の長い手紙の、最後の一文がこれです。あなたのわきにいて仕事を助けるために生きている女だ、と言い切ったあとの「ね、そうではありませんか」。問いかけの形をした、まっすぐな宣言です。

名言55【武者小路実篤】三つの「よかった」が並ぶ告白

人間に生れてよかった。女に生れてよかった。あなたに逢えてよかった。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
同じ手紙の中で、杉子はトランプをした晩や海岸を二人で歩いた日を振り返ります。大宮が外国行きを決めた日の晩、うれしくてどうしていいかわからず、神に感謝せずにはいられなかった。そのときの気持ちが、人間に、女に、あなたに、と三つの「よかった」に重なります。大宮が冷淡にふるまうほど、彼の愛を信じられたとも書いています。

名言56【武者小路実篤】幸福の絶頂で忍び込む無常

生れたものは死に、会うものは又別れる。そう云う思想は何時となく彼の心にも忍び込んでいる。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
熱が下がった翌日、野島は浜で杉子と並んで砂に腰を下ろします。「妾ではお話相手になれなくって」と言われ、幸福が心を満たす。その直後の地の文がこれです。あまりに幸福なとき、人は一種の恐れを持つ。杉子がいつ立ち去るかが怖くて、いっそ早く立ってほしいとさえ思う。野島の喜びには、いつも別れの予感が影のように添っています。

名言57【武者小路実篤】病床で杉子の笑い声を聞きながら

自分は自分を偉大にする。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
鎌倉の大宮の別荘で熱を出して寝ている野島の耳に、隣室から杉子の笑い声が届きます。見舞いではなく、遊びに来ているのです。自分の病気など蚤が喰った程にも思われていない。腹を立て、淋しさを募らせた末に、心の中で言い切ったのがこの一文です。愛を得られないなら、自分で自分を大きくする。強がりと決意が半分ずつ混じった言葉です。

名言58【武者小路実篤】愛を嘆願はしないという宣言

自分は乞食ではない。愛を嘆願はしない。自分を愛することも尊敬することも出来ないものに用はない。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
名言57に続く独白です。乞食のように愛を乞いはしない。自分を愛することも尊敬することもできない者に用はない。そう言い切った直後、彼は「しかし淋しかった」と、枕許の雑記帳に杉子へ笑わないでくれと書きつけます。誇りと未練が同じ晩に同居している。この行きつ戻りつこそ、野島という人間の正直さです。

名言59【武者小路実篤】波乗りの大宮が語る運命

賢い人だけ次の波を待つ。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
鎌倉の海で、大宮は板を胸にあてて波に乗り、浜に上がってくると野島に話します。波は運命で、うまく乗れれば気持ちよく進むが、一つ乗り損なうと焦っても進めない。だから賢い人は次の波を待つ。野島はこの言葉を自分の恋にあてはめて聞きます。直後に杉子と早川が並んで立つ姿を見てしまうのが、この場面の切なさです。

名言60【武者小路実篤】千に一つも生かせない波

運命は波のように、自分達を規則正しく、訪れてくれるのだが、自分達はそれを千に一つも生かすことが出来ないのだ。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
名言59に続く大宮の言葉です。運命の波は規則正しく誰のもとにも来るのに、人はそれを千に一つも生かせない。本当に生かせたら大したものだ、と。恋に乗り損ねつつある野島には重く響いたはずです。この場面で彼は、早川と並ぶ杉子を見て自分の瘠せた体格を思い、「己を知れよ」と心でつぶやきます。波の比喩が急に他人事でなくなる瞬間です。

名言61【武者小路実篤】虫けらと人間は同じと言う杉子に

ちがいます、ちがいます。人間には精神があります。魂があります。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
神があるかないかの議論の場面です。早川が野島の話を「オゾンの働きだよ」と茶化し、杉子までが「虫けらも人間もつまりは同じ」と言う。その杉子に向かって野島が叫ぶように返した言葉です。虫けらから耶蘇も釈迦も出ない、と。仲田たちが帰ったあと、彼は急に泣き出します。論争に負けたからではなく、好きな人に魂を否定されたからでしょう。

名言62【武者小路実篤】杉子を得た大宮の祈り

天使よ、我を益々我たらしめよ。このよき時に、生れたる我を無意味に死なすな。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
杉子の手紙を読んだ大宮は、自分の中の二人の声を問答させる「対話」を書いて送ります。その終わり近く、杉子を「天使」と呼んで祈るのがこの言葉です。友を失う苦い選択の先で、自分をますます自分にしてほしい、このよき時に生まれた自分を無意味に死なせるな。恋の成就を仕事への使命感に結びつけようとする、大宮らしい祈りです。

名言63【武者小路実篤】杉子が戸をたたく決意

今はその戸をたたけるだけたたきたいと思います。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
「野島を愛してください」と嘆願した大宮への、杉子の返信です。野島を尊敬はするが愛せない、それは私の力ではどうにもならない絶対の事実だと書いたうえで、運命を黙って待つのではなく戸をたたくと宣言します。真心が通じなければ仕方がない、ともかく一生の勇気をふるって戸をたたく。この手紙が、三人の関係を決定的に動かします。

名言64【武者小路実篤】大宮による恋の定義

恋があって相手の運命が気になり、相手の運命を自分の運命とむすびつけたくなるのだ。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
名言52と同じ場面で、大宮が恋をこう定義します。相手の運命が気になり、その運命を自分の運命と結びつけたくなる。それがあってこそ家庭が自然になる、と。皮肉なことに、のちに杉子の運命を本気で気にかけ、自分の運命と結びつけることになるのは、この言葉を語った大宮自身でした。読み終えてから読み返すと、重みが変わる一節です。

名言65【武者小路実篤】恋と肉慾を分ける線

女の運命を第一に気にするのが恋で、自分の欲望を満そうと許りするのが肉慾だ。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
大宮はさらに、恋と肉慾の違いを一本の線で引きます。相手の運命を第一に気にするのが恋で、自分の欲望を満たそうとばかりするのが肉慾だ。日本人は恋を軽蔑しすぎていて、若い者は女を欲求することと恋とを一つに見ている、と嘆きながら語ります。この基準に照らすと野島の恋はどちらだったのか。作品はその問いを最後まで読者に預けています。

名言66【武者小路実篤】友のために日本を去った理由

男が自分を信じるものを裏切ることが出来るか。出来ない。自分は友の為に去るのが本当と思った。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
大宮の「対話」の中で明かされる、洋行の本当の理由です。杉子に惹かれていく自分に気づき、友から女を横取りしたくなる前に去ろうと決めた。野島は自分に恋を打ち明け、信じて安心しきっている。その信頼を裏切れるか、できない。決めたのは杉子が来て一緒にトランプをした晩で、翌朝、浜で幸福そうな野島を見て覚悟を固めます。

名言67【武者小路実篤】迷いながら出した一通の手紙

しかし僕は親友の恋している女を横取りには出来ません。それは友を売ることです。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
杉子からの二通目の手紙を受け取った大宮の、短い返信です。親友の恋している女を横取りはできない、それは友を売ることだと書きながら、僕を愛したのは野島への遠慮から冷淡にしていた態度を買いかぶったのではないか、とも問います。そして最後に「出さない方が本当と思う。だが出す。野島よ、許してくれ」。この一通で、彼は線を越えました。

名言68【武者小路実篤】野島が大宮に書いた最後の手紙

君よ、僕のことは心配しないでくれ、傷ついても僕は僕だ。いつかは更に力強く起き上るだろう。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
大宮が同人雑誌に発表した小説、つまり後篇の手紙と告白を読んだ野島は、泣き、怒り、わめきながら読み終えます。大宮から贈られたベートーヴェンのマスクを庭石に叩きつけ、すぐ机に向かって書いた手紙の一節です。仕事の上で決闘しよう、同情はいらない、と続きます。傷を否定せず、それでも自分は自分だと言う。野島の最後の立ち方です。

名言69【武者小路実篤】傷ついた孤独な獅子

僕はもう処女ではない。獅子だ。傷ついた、孤独な獅子だ。そして吠える。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
名言68と同じ手紙の中の言葉です。君の小説は予期どおり僕に最後の打撃を与えた、杉子さんの最後の手紙は立派に自分の額に傷を与えてくれた、それは僕にとってよかった、と書いたあとに続きます。処女ではなく獅子だ、と言い切る野島。この手紙を書き上げて初めて彼は泣き、神に助けを求める一行を日記に残して、小説は終わります。

名言70【武者小路実篤】パリから見た時代への使命

今は人類が、立ちあがらなければならない時だ。自分達精神的に働くものは真剣にならなければならない時だ。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
大宮の「対話」の後半です。フランス人もイギリス人も中国人もインド人も、パリに集まる若い芸術家たちはみな真剣で、人類のために尽くしたがっている。その仲間の中で、精神的に働く者は真剣にならなければならない時だ、と大宮は自分を奮い立たせます。恋を選んだ負い目を仕事で返そうとする彼の決意が、この大きな言葉の裏にあります。

名言71【武者小路実篤】往来で杉子と辞儀を交わした日

彼は持つべきものは友だと思った。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
失恋から時がたち、野島は往来でまばゆいほど美しくなった杉子に出会います。彼女は謝罪するように辞儀をし、彼も罪人のように辞儀を返し、一言も交わさず別れました。全世界を失ったと感じて家で泣いた彼が顔を押しあてたのが、大宮から届いたベートーヴェンのマスクです。杉子を失った痛みの中で、友の存在だけが確かだった。その実感です。

名言72【武者小路実篤】砂丘で大宮が野島に言ったこと

君は幸福になっていい人間だ。それで浮き足にはなれない人間だから。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
鎌倉の朝、砂丘で海を見ながら杉子との未来を夢見る野島のところへ、大宮が来ます。昨日初めて君がなぜ杉子さんを恋するようになったかがわかった、君の結婚の幸福を本当に望む、と伝えたあとの言葉です。幸運に浮かれない人間だから、幸福になっていい。野島は少し涙ぐみます。この朝が、二人の友情のいちばん明るい場面かもしれません。

名言73【武者小路実篤】女を得て仕事をする力を得る

僕は女を得て、益々仕事をする力を得る。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
大宮の「対話」で、もう一人の自分が「お前は女を得て仕事を失い、友は女を失って仕事を完成するのか」と問い詰めます。それへの答えがこの言葉です。自分は女を得てますます仕事をする力を得る、彼は女を失ってますます真剣になる、と。都合のよい理屈にも聞こえますが、大宮はそれを隠さずに書いています。

名言74【武者小路実篤】パリの大宮に届いた野島の手紙

自然は何の為に人間にこんな淋しさを与えるのだろう。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
大宮が「対話」の中で読み上げる、野島からの最近の手紙の一節です。杉子の洋行後、野島は郊外の田圃や雑木林を歩き、小川のふちで水を見てはややもすると泣きたくなる。子を失う母よりつらいと思う、と書いたあとにこの問いが来ます。この手紙を読みながら、大宮は杉子を迎えに行く準備をしている。読者だけがその残酷な重なりを知っています。

名言75【武者小路実篤】仲田が野島に言った締めの一言

皆その人のもっている価値だけきり発揮出来ないのだからね

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
物語のはじめ、野島は杉子に会えるかもしれないと仲田の家を訪ねます。仲田は政治家か学者か、将来への迷いを語りますが、野島が上の空で聞いているのに気づいて話をやめ、この一言で締めます。ぶつかればわかる、皆その人の持っている価値だけしか発揮できないのだから。軽い口調ですが、三人の恋の行方を先に言い当てているようにも読めます。

名言76【武者小路実篤】鎌倉でともに暮らした夏

ともかく二人はよき友であった。二人が知りあったことは二人にとって感謝だった。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
大宮に勧められ、野島が鎌倉の別荘で一緒に暮らし始めたころの地の文です。文学も人生も神も恋も語り合い、互いに感化し合った。年下の野島のほうが大宮を感化し、野島のほうが多く慰められた。評判のいい大宮に野島は時に嫉妬を感じるが、大宮が信頼と尊敬を示してくれるので感謝せずにいられない。嫉妬ごと抱えた友情です。

名言77【武者小路実篤】運命を開こうとする杉子

私は死力を尽して運命と戦います。戦うと云うよりは運命を開こうと思います。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『友情』
名言63と同じ、杉子から大宮への返信です。何もかも申し上げて私の一生をきめてしまいたい、恐ろしいが黙って運命に任せるわけにはいかない、と書いたあとに続きます。戦うというより運命を開く。私を一個の独立した人間、女として見てください、と杉子は求めます。受け身に描かれがちな時代の女性像とはまるで違う、自分で選ぶ人の声です。

小説『お目出たき人』の言葉(名言78〜93)

『お目出たき人』は1911年に洛陽堂から刊行された初期の代表作で、「自分は女に餓えてゐる」と始まる手記の形をとります。一度も口をきいたことのない鶴という娘への片思いを、「自分」は五年越しで抱き続けます。この章の引用は初出時の表記のまま、旧字・旧仮名で載せています。同じ本に収められた短い作品「無知萬歲」「生れなかつたら?」からも、それぞれ1件ずつ引きました。

名言78【武者小路実篤】曇り空の町で道ゆく人に問う

なんの爲に貴君逹は生きてゐるのですか。國の爲ですか、家の爲ですか、親のためですか、夫の爲ですか、子の爲ですか、自己の爲ですか。愛するものヽ爲ですか。愛するものを持つておゐでヾすか

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
鶴に会いに行くのをやめた「自分」は、恋も仕事も父になる喜びも知らずに滅びていく気がして、外へ出ます。曇った陰気な町を歩くうちに涙ぐみ、道ゆく人より自分が一段偉くなった気がして、心の中で人々にこう問いかけます。何のために生きているのか、愛するものを持っているか。自己憐憫が、そのまま人間への問いに裏返る場面です。

名言79【武者小路実篤】電車で一年ぶりに鶴と会った日

眞心は眞心に通ずる。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
五月十二日、中野の友を訪ねた帰りの電車で、「自分」は一年ぶりに鶴と乗り合わせます。降りてからも鶴が自分のあとを歩いてくる気がして、何度もふり向く。鶴も自分を恋していたのだと確信して、心の中で言うのがこの言葉です。一度も話したことがないまま、この確信だけで彼は夫婦になる運命を信じます。題名の意味がよく見える場面です。

名言80【武者小路実篤】女に餓えていると認める手記の冒頭

自然は男と女をつくつた。互に惹きつけるやうにつくつた。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
手記は「自分は女に餓えてゐる」という告白から始まります。二十六歳で、所謂女を知らず、鶴以外の女にも瞬間的に強く惹かれてしまう。その欲望を恥じる代わりに、「自分」は自然が男と女を互いに惹きつけるようにつくったことを感謝する、と書きます。恋し得るものがなかったらどんなに淋しいだろう、と。弱さを隠さずに始まる小説です。

名言81【武者小路実篤】真心にはうそはつけない

口ではうそがつける。耳にはうそがつける。しかし眞心はうそをつかない。眞心にはうそはつけない。自分はさう信じてゐる。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
中野の友と別の話をしながら、黙り込む合間に「自分」が考えたことです。鶴とは一年近く会わず、話したこともない。それでも心と心は他人ではないと信じている。口や耳ではうそがつけるが、真心はうそをつかない。ただし本文はこう続きます。「しかし疑問が入る隙間もない程には信じてゐない」。確信と疑いを同じ息で書く正直さです。

名言82【武者小路実篤】欠乏から自我の力を知る

女に餓えて女の力を知り、女の力を知つて、自我の力を自分は知ることが出來た。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
手記の序盤、鶴への想いを語りながら「自分」はこう言い切ります。三度の飯を二度に減らしても鶴と夫婦になりたい、しかし自我を犠牲にしてまで鶴を得ようとは思わない。女に餓えて女の力を知り、女の力を知って自我の力を知った。恋に溺れているようで、どこかで自分を手放さない。この人物の芯の強さと滑稽さが、同じ一文に同居しています。

名言83【武者小路実篤】死の床の叔父を見舞った帰りに

しかし人は死ぬ瞬間までも、もしかしたら助かるかも知れないと空想し得る力を與へられてゐる。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
入院中の叔父を見舞った場面です。「桜の咲く時分には本復の祝でもして騒ごうかね」と苦笑する叔父に、「自分」は気休めにしかならないと思って「え」としか返せません。病室を出たあとに考えるのがこの言葉です。人は死ぬ瞬間まで、助かるかもしれないと空想できる力を与えられている。叔父は三月二十日に世を去った、と手記は短く記します。

名言84【武者小路実篤】切られても生える空想

空想は現實によつて破られるかも知れない。しかし新らしい空想はヒドラの足のやうに切られても切られても生ずるものだ。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
名言83に続く一節です。空想は現実に破られるかもしれないが、新しい空想はヒドラの足のように切られても生じる。それが人間にとって唯一の隠遁場になる、と「自分」は考えます。叔父はこの逃げ場に時々逃げ込むだろう、だから逃げ場を大きくする手助けができてよかった、と。鶴への恋を空想で生きてきた人物ならではの、空想への信頼です。

名言85【武者小路実篤】深夜に自分を鼓舞する叫び

自分は男だ! 自分は勇士だ! 自分の仕事は大きい。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
鶴との縁談を一度片づけてほしいと頼む手紙を、仲立ちの川路氏に書き終えたのは深夜二時前でした。床に入っても眠れず、ややもすると自分を哀れむ涙がこぼれる。その中で「自分」が自分を鼓舞したのがこの言葉です。翌日から驚くほど勉強家になろうと決めて、そのうちに眠ってしまう。叫びの大きさと涙のつり合いの悪さが、いとおしい場面です。

名言86【武者小路実篤】雷か隕石で若死にする気がして

自分は之からの人間だ、大器晚成の人間だ。さう思はないではゐられない人間だ。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
鶴に会いに行くのをやめた「自分」は、本も読めず、ただの空想家ではないかと淋しくなります。雷か隕石に打たれて若死にする気がする、肺病で死ぬかもしれない。そう空想した直後に出てくる言葉です。大器晩成の人間だから、今死んではたまらない。根拠はないのに、したいことの多い自分は死ぬのがいやだ、と続けます。不安と自負が隣り合います。

名言87【武者小路実篤】恋人と話したあとの帰り道

生れたから生れたのではないか。生れなかつたら生れないのではないか。そんなことを考へる手間にどうすれば幸福にくらせるかを考へた方がいヽ

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』所収「生れなかつたら」
同書に収められた短篇「生れなかつたら?」の結びです。中田豊男は、自分が生まれたのは偶然の積み重ねではないかと考え込んで頭がむしゃくしゃします。往来に出て、友の家は留守で、恋人の家へ行く。二時間ほど雑談するうちに、謎はどこかへ行ってしまいました。帰り道に心で叫んで微笑んだ言葉です。考えるより、会いに行くほうが早かったのです。

名言88【武者小路実篤】若者の未来を知る二人の会話

一寸先は闇を喜んでいヽ譯です。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』所収「無知萬歳」
同書所収の短い戯曲「無知萬歲」の一節です。深夜一時、机で「二人に幸あれ」と書く十八歳の若者。その背後に立つ黒装束の甲と乙が、彼の知らない未来を語り合います。この恋は破れ、第二、第三の恋も破れ、三十歳で普通の結婚をする。「知らぬが仏です」と乙が言い、甲がこう返します。一寸先が闇だから、若者は幸福を夢みていられるのです。

名言89【武者小路実篤】事実によって証明して見せる

男女の眞の戀は種々の形をとるも永遠不滅のものであることを事實によつて證明して見せる。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
電車で鶴に会ったあと、「自分」は夫婦になれることをほとんど疑わなくなり、結婚後の生活を思い描きます。経験を笠に着て先生顔する人々ほど癪にさわるものはない。彼らの鼻をあかすために理想的な結婚をして見せる。その決意の中の一文です。真の恋は永遠不滅だと、事実で証明する。結末を知る読者には、宣言の大きさがそのまま痛みです。

名言90【武者小路実篤】自分の快楽のために他人を不幸にしない

自分は自分の快樂の爲に他人を不幸にしやうとは思はない。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
鶴を恋している男が自分のほかにもいるかもしれない、と「自分」は考えます。真面目に鶴を想う人がいて、鶴もその人に心があるなら、平然と結婚することはできない。そう述べた中の一文です。自分の恋のために他人の恋を犠牲にしたくない、と続け、「自分は生れつきの道學者である」と自嘲ぎみに結びます。相手の幸福を先に置く筋が通っています。

名言91【武者小路実篤】手紙を投函するときの祈り

自分は祈の餘りきヽめのあるものとは思はない。しかし祈ると祈らない時よりは幾分かの安心を得られる。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
川路氏への手紙を書いた翌朝、「自分」は朝食の前に自分で投函しに出かけ、ポストに入れるとき「幸あれよ」と心に祈ります。そのすぐあとに書かれた言葉です。祈りにそれほど効き目があるとは思わない。それでも祈ると、祈らないときより幾分かの安心が得られる。だから心配事があると一寸祈る癖がある、と。信じきれないまま祈る人の手つきです。

名言92【武者小路実篤】楽園を追われたアダムの幸福

しかし一人で樂園に居るよりはイブと共に樂園を逐ひ出された方がアダムにとつて幸福だつたかも知れない。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
手記の序盤で、「自分」は女を男にとっての「永遠の偶像」と呼び、その直後にこう書きます。アダムはイブによって楽園から追い出されたかもしれない。しかし一人で楽園にいるより、イブとともに追い出されたほうが幸福だったかもしれない、と。会ったこともない鶴を想う二十六歳が、創世記の物語に自分の渇きを重ねた一節です。

名言93【武者小路実篤】恵まれていてもなお望むもの

自分は更に愛するものと、賴つてくれるものを望む。

(武者小路実篤)

出典:武者小路実篤『お目出たき人』
叔父を見舞った日から数日後の章です。よき父、よき母、よき兄、よき義姉、よき姪、よき友を自分は持っている。「君程仕幸な人はない」と友はよく言い、自分もそう思う。それでも、とこの一文が続きます。そしてすぐ「自分は女に餓えてゐる」と冒頭の一文が繰り返されます。満たされていることと渇いていることは、両立するのです。

武者小路実篤の名言についてよくある質問

「仲良きことは美しき哉」はどんな意味で、どこに書かれた言葉ですか?

実篤が野菜や花の絵に書き添えた画讃(絵に添える言葉)として知られる言葉です。40歳ごろから絵筆をとった実篤は、南瓜などの絵にこの句を添えた色紙を数多く残し、その複製色紙は昭和30〜40年代に広く出回ったとされます。意味は字のとおりで、仲がよいことそれ自体を「美しい」と言い切るところに特徴があります。小説で三角関係の痛みを描いた人が、のちにこの当たり前の言葉を選んだと思うと、重みが変わります。この記事では名言1で扱っています。

「君は君 我は我也 されど仲よき」はどういう意味ですか?

こちらも色紙の言葉としてよく知られています。君と我は別の人間だ、と違いを認めたうえで「されど仲よき」と続ける構造です。相手に合わせて自分を消すのでも、違いを理由に離れるのでもなく、別々のまま仲がよい。『友情』で野島と大宮が互いに感化し合いながら、「一人になりたい時は一人になった」と描かれる関係にも通じる考え方です。詳しくはこの記事の名言2をご覧ください。

武者小路実篤の言葉をまとめた本はありますか?

実篤が晩年を過ごした東京都調布市の旧邸にある調布市武者小路実篤記念館が、2022年に『武者小路実篤名言集 生きるなり』を発行しています。記念館の案内によれば、短期間に3版まで版を重ねました。2026年9月5日〜10月12日には、同館で没後50年の展示「生きるなり-実篤の言葉-」も開かれました。小説のほうは『友情』『お目出たき人』とも新潮文庫で手に入ります。この記事の『友情』『お目出たき人』の引用は、本文と突き合わせて載せています。

ネットで見かける実篤の言葉が、この記事に載っていないのはなぜですか?

この記事には93件を載せています。作品・色紙・全集などの出典がわかる言葉と、広く語り継がれている言葉を、それぞれ出典の確かさがわかる形で載せました。実篤の名言として広まっている言葉の中には、色紙の文言が少しずつ変わって伝わったものや、どの本に書かれたか確かめられなかったものがあります。それらが誤りだと断定できるわけではありませんが、出どころをまったくたどれなかった言葉は載せていません。出典がたどれたものは、今後この記事に加えていきます。

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まとめ

色紙の短い言葉と、小説の長い言葉。並べて読むと、同じ人が書いたとは思えないほど温度が違います。「仲良きことは美しき哉」と書いた人は、親友と同じ人を好きになり、友を売ると知りながら手紙を出す大宮を描き、断られても戸をたたく杉子を描いた人でもありました。
野島は傷ついたまま「僕は僕だ」と書き、『お目出たき人』の「自分」は失恋のあとも、鶴は自分を恋していたのだと思い込んで手記を閉じます。どちらも格好よくはありません。それでも実篤は、その不格好さを削らずに残しました。丸ごとで生きる人の言葉は、整っていないところにこそ本音が残る。93の言葉を並べ終えて、そう思います。

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