がんばっているのに、心がついてこない。朝は前向きに出発したはずなのに、夕方には自分を責める言葉ばかりが頭に浮かぶ。そんな日が続くと、何かひとつ、拠りどころになる言葉がほしくなります。中村天風の名言は、そういうときに手を伸ばしたくなる言葉です。「心のもち方一つが、人生の運命を決める」と、本人が病と死の淵から戻ってきた実感として語っているからです。
この記事では、中村天風の言葉を100、出典が確認できたものは書名とともに紹介します。天風の教えは「心身統一法」と呼ばれ、松下幸之助や稲盛和夫が経営の土台に据え、大谷翔平が愛読書として『運命を拓く』を挙げていることでも知られています。ただ、それは偉い人のための言葉というわけではありません。天風自身が、地位も財産も手放して、上野公園で通りすがりの人に語りかけるところから始めた教えなのです。
100の言葉を、全部覚える必要はありません。読み進めるうちに、なぜか胸に引っかかる一つがあれば、それだけを持ち帰ってください。天風の言葉は、べらんめえ調で少し乱暴に聞こえることもありますが、その奥には「あなたはもう、だいじょうぶな力を持っている」という信頼があります。その信頼を、少しだけ借りるつもりで読んでいただけたらと思います。
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中村天風とはどんな人物か
中村天風(1876〜1968)は、東京生まれの思想家です。若いころは軍事探偵として満州で活動し、帰国後、三十歳で重い肺結核を患い、死を覚悟しました。救いを求めてアメリカ、ヨーロッパを回っても答えは見つからず、帰路のエジプトでヨガの聖者カリアッパ師と出会います。師に導かれてヒマラヤの山麓で修行するうちに病は癒え、天風は「心の態度が体と人生を動かす」という確信を得て帰国しました。
帰国後は銀行の頭取など実業界で成功を収めますが、1919年、地位も財産も手放し、上野公園で辻説法を始めます。この教えが「心身統一法」として広まり、やがて政財界や文化人、スポーツ選手にまで届きました。
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心のもち方が運命を決める|積極心の名言
名言1【中村天風】同じ出来事に、落ち込む日と平気な日があるとき
心のもち方一つが、結局、人生の運命を決定するんだ。
(中村天風)
三十歳で吐血し、医者から見放された天風は、治療法を求めてアメリカとヨーロッパを回りましたが、答えは見つかりませんでした。転機は帰路のエジプトで出会ったヨガの聖者カリアッパ師の教えです。ヒマラヤの山麓で「体ではなく心のもち方」を見つめ直すうちに、あれほど重かった病が癒えていきました。この言葉は、その体験の結論そのものです。同じ失敗をしても、ひどく落ち込む日と、まあいいかと流せる日がある。出来事の重さは、じつは心のもち方で変わっているのです。運命という大きな言葉を、今日一日の心の向きに置き換えてみると、少しだけ手が届く気がしてきます。
名言2【中村天風】職場も人間関係も変えられない、と感じる朝に
人生は、心ひとつの置きどころ
(中村天風)
出典:『君に成功を贈る』(天風会)
『君に成功を贈る』に収められたこの言葉は、天風の教えのいちばん短い要約と言っていいと思います。天風は、病も境遇のせいにしていた自分を、ヒマラヤの修行で見つめ直しました。境遇は変わらないのに、心の置き場所を変えたとたん、同じ毎日がちがう色に見えたというのです。職場も上司も家族も、明日すぐには変えられません。そう思うと息が詰まりますが、「置きどころ」という言葉には救いがあります。荷物をどこに置くかは、いつでも自分で決め直せるからです。今日の心を、不満の棚ではなく、ほんの少し明るい棚に置いてみる。それだけで、見える景色が変わることがあります。
名言3【中村天風】頭の中のひとりごとが、いつも暗いと気づいたとき
思考は人生をつくる。人間の心で行われる思考は、人生の一切をつくる。
(中村天風)
出典:『力の結晶』(天風会)
『力の結晶』は、天風が夏に開いていた修練会の講演をもとにした本です。そこで天風は、心の中で行われる思考が人生の一切をつくる、と繰り返しました。頭の中のひとりごとは、誰にも聞こえないぶん、気づかないうちに毎日をつくっています。「どうせ無理」「また失敗する」と心の中でつぶやいていると、体はその通りに動きたがるものです。だからといって、無理に明るいことを考えなくてもかまいません。まず、自分が今日どんなひとりごとを言っていたかに気づく。それだけで、思考は「人生をつくる材料」として扱えるようになります。材料を選び直す権利は、いつでも自分の手の中にあるのです。
名言4【中村天風】うまくいかない原因を外に探し続けてしまうとき
人生は一切合財、なにもかも終始一貫、この心というものが働いた結果として生じる現象なんだ。
(中村天風)
天風はもともと、病気を治す方法を「外」に探し続けた人でした。アメリカの医学にもヨーロッパの哲学にも答えがなく、最後にたどりついたのが、自分の心という「内」だったのです。この言葉には、その遠回りの実感がこもっています。仕事がうまくいかないとき、環境や相手のせいにしたくなるのは自然なことです。それが間違いというより、そこで止まると次の一手が出てこなくなるのがもったいない。「心が働いた結果」と考え直すと、原因の半分は自分の手の届く範囲に戻ってきます。全部を背負う必要はありません。ただ、変えられる半分があると知っているだけで、明日の動き方が少し変わります。
名言5【中村天風】つらい出来事を、どう受け止めていいかわからない夜に
心が積極的になれば、たとえ人生に苦難苦痛があろうと、心の力で喜びと感謝に振りかえることができる。
(中村天風)
天風のいう「積極」は、明るく元気にふるまうことではありません。苦難や苦痛があっても、それに心を奪われない状態を指します。天風自身、結核で死を覚悟し、それでも「体に病があっても、心まで病ませない」と考えを切り替えたところから、回復が始まりました。つらい出来事を、すぐに喜びや感謝に変えるのはむずかしいものです。無理にそうしようとすると、かえって自分を責めることになります。それでも、「この経験から何かひとつ受け取れるとしたら」と考えてみる余地は残っています。振りかえるのは出来事そのものではなく、それをどう持つか、という心の向きなのです。
名言6【中村天風】トラブルの連絡が来て、頭が真っ白になったとき
人生に一大事が起きたとき、凡人は心の平静を失って狼狽してしまうが、できた人物は、平然と対処する。
この境地を絶対積極という。
(中村天風)
「絶対積極」は、天風の教えの中でも到達点にあたる言葉です。相対的な積極が「負けまいと踏ん張る」状態なら、絶対積極は、そもそも動じない状態を指します。天風がこの境地を語れたのは、死を覚悟した病から生還し、その後の人生を「もう失うものはない」と生きたからでしょう。トラブルの連絡が来て、頭が真っ白になった経験は誰にでもあると思います。狼狽するのは凡人だからではなく、大事に思っているからです。ただ、狼狽したあとに「まず一つ、今できることは何か」と戻ってこられれば、それはもう平静に近づいています。平然とは、動じないことではなく、戻ってこられることなのだと私は思います。
名言7【中村天風】想定外のことが起きて、いつもの自分でいられないとき
どんな目にあっても、どんな苦しい目、どんな思いがけない大事にあっても、日常と少しも違わない、平然としてこれに対処する。これが私の言う積極的精神なんであります。
(中村天風)
この言葉は、天風が講演で「私の言う積極的精神」を定義した一節です。ポイントは「日常と少しも違わない」というところにあります。特別に強くなれ、ではなく、ふだんどおりでいろ、と言っているのです。天風は、ヒマラヤの修行で、心が体を先回りして疲れさせていることに気づきました。想定外のことが起きたとき、私たちは出来事そのものより「いつもの自分でいられない」ことに消耗します。だから、まず、いつもの手順をひとつだけ守ってみる。朝のコーヒーでも、机の上を片づけることでも構いません。日常を一つ取り戻すことが、平然さへの入り口になります。
名言8【中村天風】苦手な相手と、どうしても組まなければならないとき
心の態度が積極的であれば、敵をも味方にせしめられるんであります。
(中村天風)
天風は若いころ、軍事探偵として満州で活動し、敵味方が一瞬で入れ替わる世界を見てきた人です。その天風が「心の態度が積極的であれば、敵をも味方にできる」と言うとき、それは甘い理想論ではなく、体験からの言葉だと感じます。職場で苦手な相手と組まなければならないとき、こちらが身構えると、相手も同じだけ身構えます。逆に、こちらが「この人にも事情がある」と少し開いてみると、相手の態度がやわらぐことがある。相手を変えようとしなくても、こちらの態度が先に変わると、関係は動き始めます。味方にする、というより、敵にしない。その程度の小さな一歩からで十分です。
名言9【中村天風】無理だと決めつけて、動く前にあきらめてしまうとき
心の態度が積極的になると、心の力が不可能を可能に逆転せしめる。
(中村天風)
1919年、天風は銀行の頭取という地位と財産を手放し、上野公園で通行人に向かって話し始めました。誰も足を止めない日もあったでしょう。それでも語り続けた結果、東郷平八郎や原敬といった人物が耳を傾けるようになり、教えは全国に広がりました。「不可能を可能に逆転させる」という言葉は、その経験を抜きには語れないと思います。無理だと決めつけて動く前にあきらめてしまうとき、じつは「できない」のではなく「やる前に心が閉じている」ことが多いものです。逆転までいかなくてもかまいません。心の態度がほんの少し前を向いただけで、選択肢がひとつ増える。そこから始まります。
名言10【中村天風】同じ職場なのに、日によって天国にも地獄にもなるとき
人間の地獄をつくり、極楽をつくるのも心。
心は我々に悲劇と喜劇を感じさせる秘密の玉手箱である。
(中村天風)
「秘密の玉手箱」というたとえに、天風らしい遊び心があります。同じ職場、同じ家、同じ一日なのに、日によって天国のように感じたり、地獄のように感じたりする。その差をつくっているのは環境ではなく、箱を開ける心のほうだ、と天風は言うのです。天風は講演で、心が主で、体も環境もそれに従う、という考え方を繰り返しました。落ち込んだ日に「今日は地獄の側から箱を開けているな」と気づけるだけで、少し距離が取れます。悲劇と喜劇は同じ箱に入っていて、どちらを取り出すかは、思っているより自分に任されているのかもしれません。
名言11【中村天風】毎日がつまらないと、ため息が出てしまうとき
やれ運命がつまらないの、人生がつまらないのって人は、その考え方がつまらないんです。いいですか、幸福も健康も成功も、ほかにあるんじゃないですぜ。あなた方自身のなかにあるんだぜ。
(中村天風)
べらんめえ調が最も活きる一節です。天風の講演には、こうした「叱られているのに、なぜか元気が出る」語り口が多くあります。この言葉も、突き放しているようで、最後は「幸福も健康も成功も、あなた自身の中にある」という信頼で終わっているのです。毎日がつまらないとため息が出るとき、その気持ち自体を否定しなくていいと思います。ただ、つまらなさを「人生のせい」にしている間は、出口が見つかりません。考え方がつまらないなら、考え方は変えられる。そう聞くと、少し腹が立って、少しほっとする。その両方が、天風の言葉のいちばんの効き目なのだと思います。
名言12【中村天風】気づかないうちに、心がごちゃごちゃしているとき
心の奥の、大掃除をやらなければいけない。
(中村天風)
天風の心身統一法には「観念要素の更改」という考えがあります。心の奥にたまった古い思い込みを入れ替える、という意味で、天風はこれを大掃除にたとえました。長年たまった「自分はこういう人間だ」という決めつけは、気づかないうちに部屋の隅にほこりのように積もっています。大掃除といっても、いっぺんに片づける必要はありません。天風がすすめたのは、夜、眠る前に鏡に向かって自分に語りかける習慣でした。今日一日、どんな言葉を自分に向けていたか。それを一つ思い出して、明日は少しちがう言葉に置き換える。それだけでも、心の奥の掃除は始まっています。
名言13【中村天風】疑い深くなった自分に、ふと疲れたとき
常に心を積極的にしろ。もっとやさしく言えば、生まれたての心にかえるこった。
(中村天風)
出典:『君に成功を贈る』(天風会)
『君に成功を贈る』にある、この言葉の後半が好きです。「常に心を積極的にしろ」と聞くと肩に力が入りますが、「生まれたての心にかえる」と言い直されると、ふっと肩が下ります。天風のいう積極は、鎧を着ることではなく、余計な鎧を脱ぐことなのだと分かります。大人になるほど、疑ったり、先回りして身構えたりする癖がつきます。それは自分を守るためのものだったのに、いつのまにか疲れの原因にもなっている。そんな自分に気づいたとき、赤ん坊のように、ただ目の前のものを面白がってみる時間を、一日に数分でも取り戻せたら。積極とは、そのくらい素朴なことなのかもしれません。
運命を拓く|人生をむずかしく考えないための名言
名言14【中村天風】考えすぎて、身動きがとれなくなったとき
真理は足もとにある。人生を、あまり難しく考えない方が良い。難しく考えるとわからなくなる。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』は、天風が門下生に向けて語った瞑想の講話をまとめた本で、大谷翔平の愛読書としても知られています。その中で天風は、真理は遠くではなく足もとにある、と繰り返しました。悩みが深くなると、私たちは答えを遠くに探しに行きます。本を何冊も読み、人に相談し、それでもわからなくなる。天風は、その「わからなくなる」こと自体が、むずかしく考えすぎたサインだと言うのです。考えすぎて身動きがとれなくなった夜は、いったん問いを小さくしてみてください。「今日、いちばん困っていることは何か」。足もとに置き直した問いには、案外すぐ答えが出るものです。
名言15【中村天風】悪いほうにばかり想像がふくらむ夜に
暗い方面から、嫌な方面から人生を考えりゃあ、世の中に明るさ、何にもないわ。暗かったら窓を開けろ。光がさしてくる。
(中村天風)
出典:『盛大な人生』(日本経営合理化協会)
『盛大な人生』に収められた、天風らしい比喩です。暗い部屋で「暗い、暗い」と嘆いていても、明るくはならない。窓を開ければ光が差してくる。そう言われると、単純すぎると感じるかもしれません。でも、天風自身が、病の中で暗い方面ばかり考え、ますます弱っていった経験を経てたどりついた言葉です。悪いほうにばかり想像がふくらむ夜、無理に明るく考えなくてもいい。ただ、窓を一つ開けることならできます。誰かに短いメッセージを送る、外の空気を吸いに出る、明日の楽しみを一つ書いておく。光は自分でつくらなくても、開けさえすれば入ってくるのです。
名言16【中村天風】世の中が敵だらけに見えてしまうとき
この世は、本質的に楽しい、嬉しい、そして調和した美しい世界なのである。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
これは『運命を拓く』の中でも、天風の「悟り」に近い一節です。この世は本質的に楽しく、調和した美しい世界だ、という断言は、ヒマラヤで病を克服した天風が、生きて帰ってきた朝の実感そのものだったのだと思います。世の中が敵だらけに見えるとき、この言葉はきれいごとに聞こえるかもしれません。それでいいと思います。ただ、天風は「今日は楽しかった」と言っているのではなく「本質的に」と言っています。表面がどれだけ荒れていても、その下に調和があるという見方です。疲れた日に、空や木や誰かの笑顔を、ほんの数秒でも「美しい」と見る。その数秒が、天風の言う本質に触れる時間です。
名言17【中村天風】まだ起きていない失敗を、先回りして心配するとき
船に乗っても、もう波が出やしないか、嵐になりゃしないか、それとも、この船が沈没しやしないかと、船のことばかり考えていたら、船旅の愉快さは何もなかろうじゃないか。人生もまたしかりだよ。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』にある、有名な船のたとえです。天風自身、若いころに軍事探偵として何度も命の危険をくぐり、その後は病で死を覚悟した人ですから、「心配するな」と軽く言っているわけではありません。心配しても船は沈まないし、沈まない船を心配して船旅を台無しにするのはもったいない、と言っているのです。まだ起きていない失敗を先回りして心配するとき、頭の中では嵐が何度も起きています。実際の海は穏やかなのに、です。心配が浮かんだら、「今、船は沈んでいるか」と一度たしかめてみる。たいていの場合、まだ航海の途中で、景色を見る余裕はちゃんと残っています。
名言18【中村天風】ついてない日が続いて、運命を恨みたくなるとき
運命のよくないとき、運命にこだわれば、運命に負けてしまう。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
天風は、運命を「天命」と「宿命」に分けて考えました。変えられない部分はあるが、私たちが苦しんでいることの多くは、心のもち方と努力で変えられる宿命のほうだ、というのが天風の立場です。「こだわれば負ける」という言葉は、変えられない部分をにらみ続けることへの、やさしい警告だと思います。ついてない日が続くと、「自分は運が悪い」という物語が頭の中でできあがります。その物語にこだわるほど、次の出来事もその物語に沿って解釈してしまう。運を変えようとしなくてもいい。ただ、「今日はついてなかった」で一日を閉じて、翌朝は新しい日として始める。こだわりを手放すとは、そのくらいの区切りをつけることなのです。
名言19【中村天風】自分なんて、と口ぐせのように言ってしまうとき
自分を貧弱な哀れな人間と思う考え方ほど、値打ちがなく意味のない人生はない。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』で天風は、自分を卑下する考え方を、最も価値のない思考として退けました。厳しく聞こえますが、天風は謙虚さを否定しているのではありません。「自分なんて」と言い続けることが、自分の中にある力の使い道をふさいでしまう、と言っているのです。口ぐせのように「自分なんて」と言ってしまう人は、まじめで、周りに気を使える人が多いと思います。だからこそ、その言葉が本人を削っていくのがもったいない。今日、自分に向けた言葉を一つだけ、「自分なんて」から「自分も」に言い換えてみる。それだけで、貧弱だと思っていた自分の輪郭が、少し変わって見えます。
名言20【中村天風】流されるように毎日が過ぎていくと感じるとき
人生は生かされてるんじゃない。生きる人生でなきゃいけない。
(中村天風)
「生かされている」という言葉は、感謝の文脈でよく使われますが、天風はここで別の角度から光を当てています。流されるまま、周りに合わせるまま生きているなら、それは生かされているだけで、生きているとは言えない、というのです。天風自身、地位も財産も手放して辻説法を始めた1919年に、初めて「自分の人生を生きた」のかもしれません。毎日が流れるように過ぎていくと感じるとき、大きな決断は要りません。今日一日のどこかに、自分で選んだ十分間を置いてみる。読む本を選ぶ、帰り道を変える、誰に連絡するかを決める。その小さな選択の積み重ねが、「生きる人生」の手ざわりを取り戻してくれます。
名言21【中村天風】誰かの期待に合わせて、自分を後回しにしてきたとき
二度と生まれることのできない人生の刹那刹那は、自分というものがいつも完全な主人公でなければならない。
(中村天風)
「刹那刹那」という言葉に、天風の時間感覚が表れています。人生を長い物語として見るのではなく、この一瞬一瞬の主人公であれ、と言うのです。天風は九十二歳まで生き、晩年まで講演を続けました。その一日一日を、自分が主人公として選んでいたからこそ、老いても言葉に力があったのだと思います。誰かの期待に合わせて自分を後回しにしてきた人ほど、「主人公」という言葉に戸惑うかもしれません。でも、主人公とは目立つことではなく、自分の一瞬を自分で引き受けることです。今この瞬間、自分が何を感じているか。それに気づいて言葉にするだけで、あなたはもう、その刹那の主人公になっています。
名言22【中村天風】このままでいいのか、と立ち止まった夜に
生きている間は、真剣に自分の人生というものを、価値高く活かさなきゃいけないんですよ。
(中村天風)
天風の講演には、聴衆を「あなた方」と呼びながら、一人ひとりの人生に責任を持てと迫る場面が繰り返し出てきます。この言葉もその一つです。「活かさなきゃいけない」という強い語尾の奥には、天風自身が、一度は死を覚悟した人生を「もらい直した」という感覚があるのだと思います。「このままでいいのか」と立ち止まる夜は、じつは人生を真剣に考えている証拠でもあります。何も感じていなければ、立ち止まりもしないからです。価値高く、といっても、大きな成果は要りません。今日した仕事の中で、少しでもていねいにやれたことを一つ思い出す。それが「活かした」一日の証になります。
名言23【中村天風】笑う余裕なんてない、と感じる忙しい日々に
一生は、何百年生きたとしても、二度とは来ない。そう思ったならば、せめて生きている間だけは、どんなことがあっても、ニコニコ笑っていこうではないか。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』の中で、天風は「一生は二度と来ない」という当たり前の事実から、笑って生きることを導き出しました。理屈ではなく、覚悟の言葉です。笑う余裕なんてない、と感じる忙しい日々の中で、この言葉は少し遠く感じるかもしれません。でも、天風が言っているのは「楽しいから笑う」ではなく「笑うと決めた」という順番です。天風は、笑うことで心の態度が積極に変わると、講演で何度も語りました。朝、鏡の前で口角を上げてみる。うまくいかなかった日にも、寝る前に一度だけ笑ってみる。二度と来ない今日を、しかめっ面で閉じるのはもったいない、というだけのことなのです。
名言24【中村天風】ここまでやれば楽になれる、と思っていたのに
人生に卒業はない。そんなことは絶対に不可能だ。否、人生はそんな生やさしいものではない。
(中村天風)
出典:『真理のひびき』(講談社文庫)
『真理のひびき』は、天風が残した短い箴言に、みずから解説を添えた本です。この言葉は、そこに収められた中でも厳しい一つだと思います。「ここまでやれば楽になれる」と思っていたのに、また次の課題がやってくる。その落胆は、誰もが経験するものです。天風は、それを「生やさしいものではない」と、ごまかさずに言い切りました。ただ、卒業がないということは、遅れもないということでもあります。何歳で何を達成していなければ、という期限は、じつは人生のほうには設定されていません。学び続けていい、やり直していい。卒業がないことを、締め切りがないことだと読み替えられたら、この言葉は少しやさしい顔になります。
名言25【中村天風】成長している実感がなくて、やる気が出ないとき
人生というものは、そこに進歩と向上があってこそ生きがいを感じ、勉強もし、努力もするんだぜ。
(中村天風)
出典:『成功の実現』(日本経営合理化協会)
『成功の実現』は、天風の講演を文字に起こした本で、晩年の語り口がそのまま残っています。「努力もするんだぜ」という語尾に、聴衆の目を見て話す天風の姿が浮かびます。成長している実感がなくてやる気が出ないとき、天風の言葉は順番を教えてくれます。やる気が出てから進歩するのではなく、少しの進歩を感じるからやる気が出る、という順番です。だから、大きな成長を待つ必要はありません。昨日より一つ知っていること、先週より一つ慣れたこと。それを書き留めておくだけで、進歩は目に見える形になります。生きがいは、どこかで見つけるものではなく、小さな向上を数えることで、あとから育ってくるものなのです。
名言26【中村天風】目先のやり方ばかり変えて、空回りしているとき
土台を考えないでいて、家の構造ばかり考えたって、その家は住むに耐えられない家になっちまうでしょう。人生もまたしかりであります。
(中村天風)
家のたとえは、天風の講演で繰り返し登場します。天風にとって土台とは、心の態度そのものです。どんな仕事術や人間関係のコツを積み上げても、心が消極に傾いていれば、その上の構造はぐらつく、というのです。目先のやり方ばかり変えて空回りしているとき、この言葉は少し痛いところを突いてきます。でも、責められているのではありません。構造をいじる前に土台を見ろ、というのは、遠回りに見えて、いちばんの近道を教えてくれているのです。土台の点検は、大がかりでなくていい。今日、自分はどんな気持ちで仕事に向かっていたか。それを一つ思い出すだけで、家の下に何があるかが見えてきます。
\ ここまでで、心に残った言葉は /
誰かの言葉が、ふと心に留まる瞬間があります。私たちのiPhoneアプリ「
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病と心|心身統一法が教える体と心の名言
名言27【中村天風】体調が戻らず不安ばかりが膨らむ夜に
病は忘れることによって治る。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
天風は三十歳で、当時は不治とされた奔馬性肺結核を患いました。渡米し渡欧しても救われず、帰路で出会ったヨガの聖者に導かれてヒマラヤの山麓で修行するうち、病は癒えていったといいます。「忘れることによって治る」は、その体験から生まれた言葉です。病を軽く見ろという意味ではありません。朝から晩まで病のことばかり考え、恐れることで、心まで病ませていた。その心の向きを変えたとき、体が息を吹き返したという実感なのです。熱が下がらない夜、検査の結果を待つ日。不安に頭を占領されそうになったら、ほんの数分でいい、好きな音楽や窓の外に心を移してみる。体を治すのは医療でも、心を休ませるのは自分にもできることなのです。
名言28【中村天風】検査結果を待つ日の落ち着かない心に
病を怖れる心こそ怖ろしい。
(中村天風)
出典:『真人生の探究』(天風会)
『真人生の探究』は、天風が心身統一法の考えを体系的に書き残した一冊です。そこで天風は、病そのものよりも、病を怖れる心のほうがずっと厄介だと語ります。肺結核と診断された若い日、天風は救いを求めて海を渡り、欧米の医師や学者を訪ね歩きましたが、どこへ行っても不安は膨らむばかりだった。怖れが体の回復をさまたげていたことを、あとになって身をもって知ったのです。怖いと感じるのは、自然なことです。その気持ちを無理に消す必要はありません。ただ、怖れに心を明け渡したままにしないこと。深呼吸をひとつして、「いま自分にできること」に目を戻す。それだけで、体も少し楽になるのだと私は思います。
名言29【中村天風】何もかも失った気がして動けないときに
苦しい病に虐げられながらも死なずに生きているんじゃないか。その生きているという荘厳な事実を、なぜ本当に幸せだと思わないのだ。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
この言葉は、天風が誰よりもまず自分自身に言い聞かせた言葉でもあります。血を吐き、体は思うように動かず、世界中を回っても治らない。それでも今日、生きて息をしている。ヒマラヤの修行のなかで天風は、その当たり前に見える事実のほうに、「荘厳」という言葉をあてたのです。仕事で大きな失敗をした日、人間関係が壊れた夜。なにもかも失った気がすることは、誰にでもあります。落ち込んでいい。ただ、その真ん中で、まだ呼吸している自分がいる。それは当たり前のことに見えて、ほんとうは奇跡のようなことです。べらんめえ口調の裏で、天風はいちばん静かな事実を指さしてくれています。
名言30【中村天風】眠れない夜に時計ばかり見てしまう人へ
無理に眠ろうとしない。本当に眠くなってから就寝することが必要で、呑気な気持ちをもつことが何より大切である。
(中村天風)
出典:『錬身抄』(天風会)
『錬身抄』は、天風が体の側から心身統一法を説いた本です。眠りについて天風は、「眠らなければ」と焦るほど眠りは遠のくと見ていました。肺結核で夜ごと咳に苦しんだ天風にとって、眠れない夜は他人事ではなかったはずです。だからこそ、無理に眠ろうとしないという逆説にたどり着いた。明日の会議が気になって天井を見つめ、時計を見るたびに焦りが増す。そんな夜は、眠ろうとがんばるのをいったんやめてみる。本を開いてもいいし、温かいものを飲んでもいい。「呑気な気持ち」でいることが、いちばんの眠り薬なのだと天風は言います。眠れない自分を責めないところから、夜は静かになっていきます。
名言31【中村天風】つい言い返してあとで後悔したときに
人間は感情の動物ではなく、感情を統御できる生物である。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』で天風は、人間を「感情の動物」と呼ぶ通説を、はっきりと退けます。感情に振り回されるのが人間だと決めてしまえば、怒りも恐れも「仕方ない」で終わってしまう。天風はそこに、人間だけが持つ「統御する力」を見ていました。心身統一法の中心にある「積極心」も、感情を消すことではなく、感情の手綱を自分が握ることを指しています。理不尽な指摘に、つい強い言葉で言い返してしまった。帰り道で悔やむ夜は、誰にでもあります。感情が湧くのは自然なこと。ただ、その感情をどう扱うかは、まだ自分の側に残されている。そう思えるだけで、次のひと言は少しだけ変わるのです。
名言32【中村天風】心配事に一日中引きずられてしまうときに
心は使うもの、使われるものではない。
(中村天風)
出典:『真人生の創造』(天風会)
天風が繰り返し語った、心身統一法の根っこにある考えです。『真人生の創造』に収められたこの一文は、心と自分の関係を、ひっくり返してくれます。天風にとって心は、自分そのものではなく、命が生きるために与えられた「道具」でした。病に倒れたころの天風は、まさに心に使われていた。不安に引きずられ、恐れに支配され、体まで弱らせていた。その関係を逆転させたことが、回復の入り口だったのです。朝から気になることが頭を離れず、仕事が手につかない日。そんなとき、「いま、心に使われているな」と気づくだけで、少し距離ができます。道具なら、置き方も持ち方も、自分で変えられるのです。
名言33【中村天風】悩みが頭から離れず堂々巡りになる夜に
あなた方が現在、何か人生に苦労を感ずるものを持っているとしたら、それをただ苦しい、情けないと思うよりも、仔細にそれを検討なさい。心を己の生命が生きるための道具として使わないで、反対に心に使われているがための結果なんですよ、どんな心配でも。
(中村天風)
講習会で受講生に語りかけた、天風の肉声そのままの言葉です。天風は苦労を「ただ苦しい、情けない」と嘆く前に、「仔細に検討なさい」と言います。それは冷たい突き放しではなく、悩みの正体をよく見れば、心の使い方の問題に行き着くという確信からでした。天風自身、病に苦しむ日々のなかで、苦しみの大半が「病そのもの」ではなく「病を思い煩う心」だったことに気づいた人です。同じ悩みが夜ごと頭の中を回るとき、紙に書き出してみると、案外その多くが「まだ起きていないこと」への心配だったりします。心を道具として使い直す。その最初の一歩は、悩みを外に出して眺めることなのです。
名言34【中村天風】嫌な気分のまま一日を終えてしまう人に
あなた方ねえ、苦労したり、悩んだり、人を憎んだり、怖れたり、悲しんでるとき、気持ちいいですか。
あんな嫌な気持ちはなかろう。
その嫌な気持ちをなぜ心にさせるんだ。
喜ばせてやれ。
しじゅう楽しく考えさせてやれ。
それが心に対するあなた方の義務だぜ。
(中村天風)
天風の講演は、聴衆に「ですか」「なかろう」と畳みかけるように語りかける調子で知られています。この言葉も、その名調子のひとつです。憎んだり怖れたりしているときの嫌な気持ちを、なぜ自分の心に味わわせるのか。天風は「喜ばせてやれ」と言い切ります。心を「義務の相手」として扱うこの視点は、心身統一法の「観念要素の更改」、つまり心の癖を積極へ書き換えていく実践につながっています。夜、布団の中で今日の嫌な出来事を反芻していると気づいたら、ひとつだけ楽しかったことを思い出してみる。それは現実逃避ではなく、天風流に言えば、心に対する当たり前の「お世話」なのです。
名言35【中村天風】落ち込みから抜け出す糸口が欲しいときに
心ってものは、苦しまないときは喜んでいるんだ。
人間の心というのは、一度に二つのことは思えない。
苦しがっているときは、楽しがっていることが引っ込んじまう。
楽しがっているときは、苦しがっていることが引っ込んじまう。
両方いっぺんには無理だろ?
(中村天風)
「一度に二つのことは思えない」。天風は難しい理屈を並べず、誰もが自分の心で確かめられる事実だけを差し出します。苦しさと楽しさは、同じ場所に同時には居られない。だから楽しいことを心に置けば、苦しさは引っ込む。単純に聞こえますが、これは天風が病の床で自分の心を観察しつづけて得た実感でした。落ち込みから抜けたいとき、私たちは「苦しみをなくそう」と苦しみを見つめてしまいます。でも天風の言い方を借りれば、見つめるほど苦しみは席を譲りません。好きな曲、あたたかい飲み物、誰かの笑顔。心の席に別の客を座らせる。そんな小さなすり替えを、天風は「無理だろ?」と笑いながら勧めているのです。
名言36【中村天風】仕事がうまくいって気が緩みそうなときに
人生に最も注意すべきことは、得意の時に一しお心の備えを緩めぬよう心がけることである。
(中村天風)
天風は東京実業貯蔵銀行の頭取を務めるなど、実業界で成功をおさめた人でもありました。その地位も財産も手放し、1919年、上野公園で辻説法を始めます。得意の絶頂で身を退いた経験を持つ天風だからこそ、この言葉には重みがあります。人は苦しいときより、うまくいっているときにこそ、心の備えを緩めてしまう。病を得たのも、日露戦争を生き延びて帰国した直後のことでした。企画が通った、評価が上がった。そんな週ほど、少しだけ立ち止まりたい。喜びを手放す必要はありません。ただ、いつもの手帳に今日の一行を書く、いつもの時間に眠る。そんな「変わらない習慣」が、得意の時の心を守ってくれるのです。
名言37【中村天風】がんばっているのに空回りしてしまう日に
力を入れることに重点を置かずに、力を働かすことに重点を置く。
(中村天風)
心身統一法には「クンバハカ」と呼ばれる体の構えがあります。肩の力を抜き、下腹に力を込め、神経の緊張を静める。天風が説いたのは、力むことではなく、力が自然に働く状態をつくることでした。天風のもとには横綱の双葉山も通ったと伝えられますが、勝負の世界でも、力みは最大の敵です。がんばっているのに成果が出ない。そんなときほど、肩に力が入り、呼吸が浅くなっています。プレゼンの前、締め切りの前、ふと肩を落として息を吐いてみる。それは手を抜くことではなく、持っている力を働かせる準備です。力を「入れる」から「働かせる」へ。言葉ひとつの違いが、体の使い方をまるごと変えてくれます。
名言38【中村天風】漠然とした将来の不安に眠れないときに
恐ろしがっても恐ろしがらなくても、死ぬときは死ぬと思ってりゃ、恐ろしかないでしょう。
(中村天風)
出典:『幸福なる人生』(天風会)
天風は1968年、92歳で亡くなりました。三十歳で死を覚悟した人が、その後六十年以上を生き、最期は自宅で穏やかに過ごしたと伝えられています。『幸福なる人生』に残るこの言葉は、その生涯の重みを背負っています。死を恐れる心は、死そのものを一日たりとも遠ざけない。ならば恐れに時間を渡すより、今日を生きることに使おう。そう、天風はいつもの口調で言います。将来のこと、健康のこと、老いていく親のこと。夜になると、答えの出ない不安が押し寄せることがあります。恐れていい。ただ、恐れても恐れなくても変わらないことに気づくと、力が少し抜ける。天風はその「抜けた力」で、今日を生きようと誘っているのです。
言葉と誦句|怒らず恐れず悲しまずの名言
名言39【中村天風】朝、気持ちを整えてから一日を始めたい人に
今日一日、怒らず、恐れず、悲しまず、正直、親切、愉快に生きよ。
(中村天風)
出典:『天風誦句集』「三勿三行」(天風会)
天風会で今も唱えられている「誓詞」の冒頭にあたり、「三勿三行」と呼ばれます。三つの勿れ(怒らず、恐れず、悲しまず)と三つの行い(正直、親切、愉快)。天風の教えを、たった一行に凝縮した言葉です。大切なのは「今日一日」という区切りです。一生怒らないと誓えば、誰だって挫けます。でも今日だけなら、やってみようと思える。天風は、人が守れる約束の大きさをよく知っていました。朝、通勤電車の中でこの一行を心の中で唱えてみる。上司に理不尽なことを言われた昼、「今日一日、怒らず」が頭をよぎるだけで、返す言葉が変わります。守れなかった日は、明日また唱えればいい。それが誦句の使い方なのです。
名言40【中村天風】自分との約束を守れなかった翌朝に
今日一日、怒らず怖れず悲しまず、正直 親切 愉快に、力と勇気と信念とを持って、自己の人生に対する責務を果たし、常に平和と愛とを失わざる、立派な人間として生きることを厳かに誓います。
(中村天風)
出典:『天風誦句集』「誓詞」(天風会)
これが「誓詞」の全文です。天風会の行修会では、参加者が声を合わせてこの言葉を唱えます。天風は、言葉を心に刷り込むことを「自己暗示」と呼び、心身統一法の柱のひとつに据えました。読むのではなく声に出す。一度ではなく毎日。それは、心の癖を書き換えるための、地道で実践的な方法です。目を引くのは「厳かに誓います」という結びでしょう。誰かに誓うのではなく、自分に誓う。だから守れなかった日も、罰する人はいません。昨日、つい怒ってしまった。約束を破った気がして落ち込む朝に、もう一度この言葉を読んでみてください。「今日一日」から始まるこの誓いは、何度でもやり直せるように書かれているのです。
名言41【中村天風】自信がしぼんで一歩が出ないときに
私は力だ。
力の結晶だ。
何ものにも打ち克つ力の結晶だ。
だから、何ものにも負けないのだ。
病にも、運命にも、否、あらゆるすべてのものに打ち克つ力だ。
そうだ、強い、強い、力の結晶だ。
(中村天風)
出典:『天風誦句集』「力の誦句」(天風会)
天風会で唱えられる「力の誦句」です。声に出して読むと、ずいぶん強い言葉に感じるかもしれません。私は力だ、と言い切れる人など、ほんとうにいるのだろうか。そう思うのも自然です。でも天風は、思えるから唱えるのではなく、唱えるから思えるようになると考えました。肺結核で衰弱した体のなかで、それでも「病にも打ち克つ」と自分に言い聞かせた人の言葉なのです。自信がしぼんで、いつもの仕事にも手が伸びない朝があります。そんな日は、信じられなくてもいい、声に出さなくてもいい。「私は力だ」と心の中で一度だけ唱えてみる。言葉が先で、気持ちはあとからついてくる。天風は、その順番を身をもって示した人でした。
名言42【中村天風】逃げられない苦しさに向き合わされているときに
否、一切の苦しみをも、なお楽しみとなすの強さを心にもたせよう。
(中村天風)
出典:『天風誦句集』(天風会)
『天風誦句集』のこの一節は、「否」という強い打ち消しから始まります。苦しみに耐えるだけでは足りない、それを楽しみに変えるほどの強さを心に持たせよう。天風は、苦しみをなくそうとはしていません。苦しみがあることを認めたうえで、それを迎える心のほうを鍛えようとしたのです。ヒマラヤの修行で、天風は病を抱えたまま、師の課す行に向き合いました。逃げられない状況を、どう受け取るか。その問いへの答えが、この誦句です。避けられない繁忙期、断れない役割。楽しめと言われても無理だと思う日もあるでしょう。それでいい。ただ、「楽しみとなす強さ」を持とうとする心そのものが、すでにひとつの強さなのです。
名言43【中村天風】つい愚痴や弱音が口癖になっているときに
いかなる事があっても、又いかなる事に対しても、かりにも消極的な否定的な言動を夢にも口にするまい。
(中村天風)
出典:『天風誦句集』「坐右箴言」(天風会)
「坐右箴言」と名づけられた誦句の一節です。天風は、口にした言葉がそのまま心に刷り込まれると考えていました。だから「夢にも口にするまい」と、言葉の入り口で止めようとするのです。これは「弱音を吐くな」という根性論ではありません。心身統一法の「観念要素の更改」、つまり心の癖を積極へ書き換える方法の、いちばん具体的な入り口が言葉だった、ということです。「無理」「どうせ」「疲れた」が口癖になっているとき、その言葉は聞いている自分にいちばん深く届いています。全部やめなくていい。今日、ひとつだけ言い換えてみる。「疲れた」を「よくやった」に。天風の誦句は、そんな小さな置き換えから始めるものなのです。
名言44【中村天風】新しい挑戦を前に不安で足がすくむときに
新しき計画の成就は、ただ不屈不撓の一心にあり。さらばひたむきに、ただ想え。気高く強く、一筋に。
(中村天風)
出典:『真理行修誦句集』「自己陶冶」(天風会)
稲盛和夫は1982年、京セラの新たな船出にあたり、この天風の言葉を経営スローガンに掲げました。新しい計画がかなうかどうかは、ただ「不屈不撓の一心」にかかっている。挫けない心がすべてだと、天風は言い切ります。そして続く言葉が、この誦句の優しさです。「ひたむきに、ただ想え」。策を練れ、努力せよ、とは言わない。ただ想うこと。それが「気高く強く、一筋に」であればいい。転職、独立、新しい部署での仕事。挑戦を前にすると、うまくいく根拠を探して不安になります。でも根拠は、たいてい後からついてくる。いま持てるのは、想いの強さと、その気高さだけ。それで十分なのだと、天風は最初の一歩を軽くしてくれるのです。
名言45【中村天風】口癖が自分を弱くしていると気づいたときに
言葉は人生を左右する力がある。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』は、天風の講話をもとに「言葉」「信念」「勇気」など十三の主題で構成されています。そのひとつが、この言葉の力です。天風は、言葉を「心の姿を映す鏡」であると同時に、「心の姿をつくる道具」だと見ていました。誦句という実践がまさにそれで、良い言葉を毎日心に刷り込むことで、人生の向きそのものを変えようとしたのです。「どうせ私なんて」「また失敗するかも」。何気なく口にする言葉は、周りより先に、自分の耳が聞いています。逆に言えば、言葉を変えることは、いちばん手軽に始められる人生の手入れでもあります。今日、口にする言葉をひとつだけ、選び直してみる。天風なら、そこから運命が動くと言うでしょう。
名言46【中村天風】占いや縁起の悪さが気になって動けないときに
ぼやぼやしてちゃいけないよ。人がつくった衛星が宇宙を飛んでる時代に、縁起がどうのこうの、日の良し悪しや占いが迷信がなんて、みんな自分自身に、消極的な暗示をかけているんですよ。
(中村天風)
人工衛星が宇宙を飛ぶようになった時代、天風は晩年の講演でこう語りました。縁起や日の良し悪し、占いを気にするのは、結局のところ自分で自分に「消極的な暗示」をかけているだけだ、と。誦句で積極の暗示をかけることを説いた天風にとって、迷信は正反対の、心を弱らせる暗示だったのです。朝の占いが最下位で気が重い、大事な日が仏滅に当たって不安。笑い話のようでいて、案外、行動を鈍らせる小さな重しになっています。占いを楽しむのは自由です。ただ、それが自分の足を止める理由になっているなら、それは暗示に使われている状態かもしれません。ぼやぼやしていないで、と天風は背中を軽く叩いてくれます。
名言47【中村天風】自分を信じる力が弱っていると感じる夜に
私は毎晩の寝がけに、鏡を前において、顔を映して、じいっと顔を見て、「お前は信念、強くなる!」と一言いって、床の中に入る。
(中村天風)
天風が「命令暗示法」と呼んだ実践の、天風自身によるやり方です。寝る前に鏡に映る自分を「お前」と呼び、じっと目を見て、一言だけ命令する。「お前は信念、強くなる」。翌朝は「私は今日、信念が強くなった」と言葉にする。眠りに入る直前の心は暗示を受け入れやすいと天風は考え、一度に一つのことだけを、変化を実感するまで続けるよう説きました。目を引くのは、心身統一法を打ち立てた天風自身が、「私は毎晩」と現在形で語っている点です。自分を信じる力は、才能ではなく、毎晩の習慣で育つもの。鏡の前で一言。少し気恥ずかしいけれど、たしかに一分で終わる実践です。
名言48【中村天風】過去の後悔と未来の心配で今日が消えていくときに
昨日を悔やまず、明日を憂えず、今日一日を力いっぱい生きる。
(中村天風)
出典:『成功の実現』(日本経営合理化協会)
『成功の実現』は、天風の講演テープをもとに編まれた一冊です。その中で天風は、人が苦しむ原因の多くが「昨日」と「明日」にあることを、くり返し語りました。誓詞が「今日一日」から始まるのも同じ理由です。天風は、人の心が本当に扱えるのは今日だけだと知っていたのです。昨日の失敗を何度も思い返し、明日の不安を先取りして、気がつけば今日という日が手つかずのまま暮れている。そんな日は、誰にでもあります。後悔も心配も、消さなくていい。ただ、今日の分の力を、今日のことに使ってみる。目の前の一件、今日の一行。天風の「力いっぱい」は、大きな成果ではなく、今日を今日として生きることを指しているのだと私は思います。
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感謝と幸福|幸福は自分の心が決めるという名言
名言49【中村天風】「いいことなんて何もない」とつぶやいた帰り道に
感謝するに値するものがないのではない。感謝するに値するものを、気がつかないでいるのだ。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
天風は30代で結核を患い、アメリカ、ヨーロッパと救いを求めて渡り歩いた末、帰路のエジプトでヨガの聖者カリアッパ師に出会い、ヒマラヤの山麓で心と体を立て直しました。死を覚悟した人が、生きて戻って最初に見つけたのが「感謝の対象は、ずっとそこにあった」という事実でした。この言葉は、感謝しなさいという命令ではなく、見えていないだけだよ、という指さしに近いものです。残業の帰り道、いいことなんて何もないとつぶやく夜は、誰にでもあります。そんなとき、今日も足が動いて家に向かっている、その一つだけを数えてみる。気づく練習は、そこから始まります。
名言50【中村天風】月曜の朝に布団から出るのが重い日の習慣に
感謝につきまとってるのが喜びなんだから、まず感謝からだすことを習慣にしてごらん。
どんな苦しいなかにいても、苦しさを感じてこない。
(中村天風)
天風は講演で、感謝と喜びは別々のものではなく、いつもセットでやってくると語りました。だから、喜べることを探すより先に、感謝のほうから出してみなさい、という順番の話です。順番を入れ替えるだけなので、特別な才能はいりません。苦しみそのものが消えるとは言っていないところも正直です。感じ方の入口が変わる、と言っています。月曜の朝、布団の中で気が重くなる日は、無理に元気を出そうとしなくて大丈夫です。布団があたたかい、それだけをまず口にしてみる。習慣にしてごらん、と天風が言うとおり、一回で効くものではなく、繰り返すうちに体が覚えていくものなのだと思います。
名言51【中村天風】コンビニのコーヒーがやけにおいしく感じた朝に
どんな些細なことでも感謝を先にして喜びで迎えたなら、黄金花咲く爛漫たる喜びの世界になる。
(中村天風)
「黄金花咲く爛漫たる」という華やかな言い回しは、天風らしい大きな絵です。ただ、その入口はどこまでも小さくて、「どんな些細なことでも」とわざわざ断っています。天風は1919年、上野公園の辻説法から教えを始めた人で、聴いていたのは名もない通行人でした。大きな成功を待たずに喜びの世界に入る方法を、そこで語っていたわけです。コンビニのコーヒーがやけにおいしい朝、それだけで一日の景色が少し明るく見えた経験はないでしょうか。あの感覚を、偶然ではなく自分で先に用意する。感謝を先に置く、という順番は、その小さな仕掛けのことなのだと思います。
名言52【中村天風】転職サイトを眺めながら今の職場を責めてしまう夜に
何をする場合でも、現在恵まれていることに感謝しなさい。
(中村天風)
出典:『君に成功を贈る』(天風会)
『君に成功を贈る』は、天風の講演を若い世代に向けてまとめた一冊です。成功を贈ると言いながら、まず現在恵まれていることを見なさいと言うのは、意外に思えるかもしれません。天風自身、銀行の頭取まで務めて財産も地位も手に入れたあとで、それを全部手放して辻説法に立った人です。持っていない側から数えても、心は前に進まないことを体で知っていたのでしょう。転職サイトを眺めながら、今の職場の嫌なところばかり数えてしまう夜があります。ただ、次を選ぶときにも、今ある関係やスキルを数えておいたほうが、選択がぶれにくくなります。感謝は義務ではなく、足元を固める作業だと読んでみると、少し受け取りやすくなります。
名言53【中村天風】望まない部署異動を言い渡された日に
天命に従い、天命に処し、天命に安住して、万物万象に、感謝の心をもって接することができる人は、恵まれた幸福の人生に活きる人である。
(中村天風)
出典:『安定打坐考抄』(天風会)
『安定打坐考抄』は、天風が説いた瞑想法「安定打坐」の本で、心を静めた先の境地を語っています。「天命」というと運命論に聞こえますが、天風は運命に流される人ではなく、結核を抱えて世界を放浪し、自分で道を切り拓いた人でした。だからここでいう「安住」は、諦めではなく、変えられないものの上に足を置いて立つ姿勢なのだと思います。望まない部署異動を言い渡された日、悔しさや不安が湧くのは当然です。天風はその感情を否定していません。ただ、変えられない事実と、そこでの動き方は別の話です。事実を事実として受け取ったあとで、初めて自分が動ける余地が見えてくる。その順番を、静かに教えてくれる言葉です。
名言54【中村天風】友人の結婚報告を見て自分と比べてしまった夜に
幸福というものは客観断定にあらずして、主観の断定にあるのです。はたからどんなに幸福そうに見えても、本人がしみじみ、ああ、私は仕合せだと思えないかぎりは、本当の幸福を味わうことは出来ない。
(中村天風)
出典:『天風先生座談』(天風会)
『天風先生座談』は、作家の宇野千代さんが天風の講話を編んだ本で、天風の教えが一般の読者に届いた最初の一冊と言われています。ここで天風は、幸福は他人が決めるものではなく、本人が「私は仕合せだ」としみじみ思えるかどうかにあると語りました。天風自身、銀行の頭取まで務めながら、その暮らしを幸福だと断定できずに手放しています。はたから見た幸福が本物とは限らないと、身をもって知っていたのでしょう。友人の結婚報告を見て、自分と比べてしまう夜があります。比べる癖を責めなくても大丈夫です。ただ、それは客観の物差しであって、自分の幸福を測る道具ではないのだと、この言葉は思い出させてくれます。
名言55【中村天風】昇給しても心が落ち着かないと気づいた日に
本当の幸福とは、自分の心が感じている、平安の状態をいう。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』は天風の「真理瞑想行」を文字にした本で、天風の悟りが集められた一冊です。そこで幸福が「平安の状態」と定義されているのは、印象的です。天風は若いころ、軍事探偵として満州で死線をくぐり、その後は結核と闘い、実業界で成功した人でした。刺激も達成も知り尽くした末に、幸福を「静かさ」で語ったのです。昇給しても心が落ち着かない、目標を達成したのに次の不安がすぐ来る。そんな感覚に心当たりがあるなら、それは欲張りだからではなく、幸福を興奮と取り違えていただけかもしれません。夜、ふっと胸のあたりがゆるむ瞬間があるなら、そこが天風のいう幸福の入口です。
名言56【中村天風】「いつか報われるはず」と待ち続けている人に
自分の心が、幸福を呼ばなければ、幸福は来やしない。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』の一節で、天風が説いた「積極心」の核心にあたる言葉です。天風は心の態度を「積極」と「消極」に分け、幸福が向こうから来るのを待つのは消極の姿勢だと考えました。「来やしない」というべらんめえ調は、天風が講演で聴衆に直接語りかけた口調そのままです。「いつか報われるはず」と待ち続けている人にとって、この言葉は少し厳しく聞こえるかもしれません。ただ、天風が言っているのは努力の量ではなく、心の向きの話です。呼ぶ、といっても大声を出す必要はなく、今日の自分に「これでいい」と一言かけるだけでも、心の向きは変わります。待つ時間を、呼ぶ時間に少しずつ変えていく。それでいいのだと思います。
名言57【中村天風】欲しかったポジションが別の人に決まったときに
欲しいっていうものが自分のものにならなかったら、現在自分が持っているものを嬉しい、と思うように考え方を変えればいいんです。
(中村天風)
天風の教えの中心に「観念要素の更改」という考え方があります。心の奥にたまった消極的な思い込みを、少しずつ積極的なものに入れ替えていく実践です。この言葉はその日常版で、欲しいものが手に入らなかったときに、考え方のほうを変えればいいと言い切っています。天風は軽々と言いますが、自身は結核で命を諦めかけ、望んだ治療がどこにも見つからなかった人です。欲しかったポジションが別の人に決まったとき、悔しさを消す必要はありません。ただ、今の自分が持っている仕事や仲間を「嬉しい」と数え直すことは、諦めではなく、次に進むための立ち位置の確認です。考え方を変える、とはそういう小さな作業の積み重ねなのだと思います。
名言58【中村天風】寝る前に今日の失敗ばかり思い返してしまうときに
結局、思えば思うほど楽しい、考えれば考えるほど嬉しい、という事だけを心の中の絵巻物の中に、はっきり消えない形で書きどおしに書いて人生に生きることこそ、人生極楽の秘訣だぜ。
(中村天風)
心の中の「絵巻物」という言い方が、天風らしい比喩です。天風は、心に描いた絵がそのまま人生の景色になると考え、寝る前に消極的な想念を持ち込まないことを弟子に繰り返し説きました。「人生極楽の秘訣だぜ」という軽い調子は、講演で聴衆を笑わせながら核心を伝える天風の話し方そのものです。寝る前に、今日の失敗ばかり思い返してしまう夜があります。反省したい気持ちは真面目さの裏返しなので、責めなくて大丈夫です。ただ、その絵巻物に何を書き込んでおくかは、自分で選べます。今日よかったことを一つ、失敗の隣に書き添えておく。それだけで、翌朝の目覚めの景色が少し変わることを、天風は知っていたのだと思います。
名言59【中村天風】疲れて帰った家族に無表情で「おかえり」と言った夜に
人生は笑いで過すことである。
一家揃って・・・特に主人をはじめ家族の外出や帰宅の際は、一層にこにこすることが肝要である。
多少の不満や不平はさらりと捨てて・・・。
(中村天風)
出典:『心を磨く』(PHP研究所)
この言葉には「主人をはじめ」という時代の空気が残っています。天風の時代の家庭像をそのまま持ち込む必要はありませんが、外出と帰宅のときに一層にこにこする、という具体的な指示には、今も使える知恵があります。天風は「笑い」を精神論ではなく、心と体を整える実践として位置づけていました。疲れて帰宅した家族に、無表情で「おかえり」と言ってしまった夜。自分の余裕のなさに気づいて落ち込むこともあるでしょう。天風は不満や不平を持つなとは言わず、「さらりと捨てて」と言っています。抱えたままで構わないので、玄関の一瞬だけ表情をゆるめてみる。家族との関係は、その数秒の積み重ねで変わっていくのだと思います。
名言60【中村天風】眉間にしわを寄せたまま一日を終えていると気づいたら
笑いは無上の強壮剤であり、また開運剤なんです。
(中村天風)
「強壮剤」「開運剤」と薬にたとえるのは、結核を患って欧米の医学を頼った天風ならではの言い方です。どの治療でも治らなかった体が、ヒマラヤの修行で心の持ち方を変えたあとに回復した経験から、天風は笑いを心身統一法の実践の一つに数えました。笑いを気分の問題ではなく、体に効くものとして扱ったのです。眉間にしわを寄せたまま一日を終えている自分に気づいたとき、面白いことがないから笑えない、と思うのは自然です。ただ天風の順番は逆で、先に笑うから体がゆるむ、というものでした。洗面所の鏡の前で口角だけ上げてみる、そんな小さな試しから始めても十分です。
名言61【中村天風】泣きたい日に無理に笑って余計につらくなった夜に
笑いなるものは、その苦しみや悩みに疲れた心や身体を程よく癒し、心に調和をもたらすために人間に与えられた特権。
(中村天風)
天風はここで笑いを「特権」と呼びました。人間だけに与えられた回復の手段だという見方です。ただ、この言葉が優しいのは、笑いが「苦しみや悩みに疲れた心や身体」を前提にしているところです。悩んでいない人に向けた言葉ではなく、疲れている人のために用意された特権なのです。泣きたい日に無理に笑おうとして、かえってつらくなった経験はないでしょうか。天風は「程よく癒し」と言っています。全部を笑い飛ばせという話ではありません。涙のあとで、ふっと漏れる小さな笑いを自分に許してあげる。それも立派な特権の使い方なのだと思います。心の調和は、そういう小さな許しから戻ってきます。
信念と成功|初一念を貫くための名言
名言62【中村天風】何のために働いているのか分からなくなった帰り道に
信念、それは人生を動かす羅針盤のごとき尊いものである。従って信念なき人生は、ちょうど長途の航海の出来ないボロ船のようなものである。
(中村天風)
出典:『天風誦句集』(天風会)
『天風誦句集』は、天風が弟子たちに毎日声に出して唱えるようにと編んだ言葉の集まりです。この一節は天風会で今も朗誦されているもので、天風は信念を精神力の話ではなく、進む方向を示す道具として語りました。羅針盤がなければ、どれだけ懸命に漕いでも、船はどこにも着けません。何のために働いているのか分からなくなった帰り道は、誰にでもあります。それは怠けているのではなく、羅針盤を見失っているだけです。大きな志でなくて構いません。「誰かの役に立てたら嬉しい」程度の小さな針でも、方角さえ示していれば、船は進めるのだと思います。
名言63【中村天風】会議で発言しようとして喉が詰まったときに
勇気は常に勝利をもたらし、恐怖は敗北を招く。
(中村天風)
出典:『力の結晶』(天風会)
『力の結晶』に収められた一節で、天風の「三勿三行」にある「恐れず」に重なる言葉です。テニスの松岡修造さんは、ウィンブルドンでベスト8に入った年に天風の本と講話テープに出会い、「怒らず、恐れず、悲しまず」を自分なりに言い換えて、今も朝晩鏡の前で唱えていると語っています。ここでいう勝利は、相手を打ち負かすことではなく、自分の力が出せる状態のことです。会議で発言しようとして喉が詰まった経験はないでしょうか。それは臆病だからではなく、恐怖が体を固めているだけです。恐れを感じるなとは天風も言っていません。心を勇気の側に置いて、一言だけ声にしてみる。その小さな勝利が、次の会議の自分をつくっていきます。
名言64【中村天風】始めたばかりの習慣が三日で途切れそうなときに
初一念を貫徹する強い心が、成功させる。
(中村天風)
「初一念」とは、最初に心に決めた思いのことです。稲盛和夫さんは、天風の『研心抄』にある「新しき計画の成就は只不屈不撓の一心にあり」を1982年の京セラの経営スローガンに掲げ、2010年に日本航空の再建を引き受けたときも、全社員にこの言葉を紹介しました。大きな計画ほど、途中で初一念がゆらぐと知っていたのでしょう。始めたばかりの習慣が三日で途切れそうなとき、自分は続かないと落ち込みやすいものです。ただ、この言葉は才能ではなく「心」の話をしています。途切れたら、最初の思いに戻ってもう一度始めればいい。貫徹とは一度も休まないことではなく、初一念に何度でも戻ることなのだと読むと、少し気が楽になります。
名言65【中村天風】大事なプレゼンの前日に失敗する場面ばかり浮かぶ夜に
お前の頭の中に、何が描かれているか当ててみようか?それはお前が失敗して、しょんぼりしている哀れな姿だろう。そんな絵は消してしまいな!おまえが、堂々と相手を説得して「大成功」というシーンを描くのだよ、そうすれば仕事もきっとうまくいく。
(中村天風)
弟子の心配顔を見抜いて、天風がからかうように語りかけた場面が目に浮かびます。心に描いた絵が現実を先取りする、という天風の考えを、これほど生々しく伝える言葉はありません。「消してしまいな」と言い切る強さと、代わりの絵を具体的に示す親切さが、同じ言葉の中に同居しています。大事なプレゼンの前日、失敗する場面ばかり浮かぶ夜は、準備を真剣にしている証拠でもあります。だから浮かんでしまうこと自体を責める必要はありません。ただ、浮かんだ絵をそのまま置いておくか、成功の絵に描き直すかは選べます。相手がうなずいている姿を一枚だけ描いてから眠る。それだけで、翌朝の声の出方が変わるものです。
名言66【中村天風】新しい仕事の誘いを「まだ早い」と断りそうなときに
チャンスに直面した際にいたずらに逡巡遅疑しないこと。颯爽たる決断力を以て、万難を排してキャッチすべきである。
(中村天風)
出典:『哲人哲語』(天風会)
『哲人哲語』は天風の言葉を格言の形で集めた一冊で、この一節には文語調の硬さの中に、天風の決断のしかたが凝縮されています。天風は1919年、講演の途中で閃きを得ると、一週間のうちに銀行頭取などの地位を辞し、財産を処分して上野公園の辻説法に立ちました。逡巡しない人の生き方を、自分で見せた人です。声をかけられた新しい仕事を「まだ早い」と断りそうなとき、その慎重さは大切な資質です。ただ、迷いには準備のための迷いと、怖さを隠すための迷いがあります。天風が戒めたのは後者です。少し怖いけれど心が動いている、そんなときは、その動きのほうを信じてみてもいいのかもしれません。
名言67【中村天風】山積みのタスクを前に肩が重くなった朝に
颯爽溌剌と人生の難路をかがやかしく突破して進んでいこう。
(中村天風)
出典:『成功の実現』(日本経営合理化協会)
『成功の実現』は、天風の講演を書き起こした本で、語り口の勢いがそのまま残っています。「颯爽溌剌」は天風の口癖のような言葉で、難路そのものをなくすのではなく、進む姿勢を変えようという呼びかけです。天風は難路を「かがやかしく」突破すると言いました。苦しみながら這うように越えるのではなく、姿勢だけは明るく保つという意味です。山積みのタスクを前に肩が重くなった朝、気持ちまで重くなるのは当然です。ただ、背筋を伸ばして最初の一つに手をつけるだけで、同じタスクの見え方が少し変わります。難路は減らなくても、通り方は選べる。天風の言葉は、その選択肢を思い出させてくれます。
名言68【中村天風】意見を曲げられずに会話が止まってしまったときに
意志の力の強いっていうのと、強情っぱりと同じにしてちゃあだめだ。強情っぱりっていうのと、意志の力はぜんぜん違うんだよ。乱暴と勇気が違うのと同じようにね。
(中村天風)
天風の教えは「積極心」を柱にしていますが、それは頑固に押し通すことではありません。この言葉では、意志と強情を「勇気と乱暴」の違いにたとえて、はっきり線を引いています。天風自身、若いころは気性の激しさで知られ、その勢いをヒマラヤの修行で整えていった人でした。だから、勢いと強さの違いを身をもって知っていたのでしょう。自分の意見を曲げられずに会話が止まってしまったとき、あとで「意志が強いのか、ただ意地になっていたのか」と自問することがあります。天風の物差しなら、目的に向かっているのが意志、相手に勝ちたいだけなのが強情です。その違いに気づけるだけで、次に口を開くときの言葉が変わってきます。
名言69【中村天風】上司の見ていないところで手を抜きそうになったときに
数ある同僚の中からぬきんでて偉くなる人は、結局、偉くなるべき資格をもっているんです。その資格とは、「誰にも言われなくても、日々毎日、実際に努力している」ことなんです。
(中村天風)
「偉くなる」という言い方は、今の感覚では少し古く聞こえるかもしれません。ただ天風がここで語っている資格は、才能でも人脈でもなく、「誰にも言われなくても、日々毎日、実際に努力している」というひどく地味な事実です。天風は上野公園の辻説法から始めて、名もない通行人に向けて語り続けました。誰にも頼まれていない場所での積み重ねが、のちに多くの人を動かしたわけです。上司の見ていないところで手を抜きそうになったとき、それ自体は誰にでもある弱さです。ただ、見られているから頑張るのではなく、自分が決めたから続ける。その違いが、数年後の自分をつくっていくのだと思います。
名言70【中村天風】同じ研修を受けた同期だけが伸びていくと感じたときに
偉くなる人とそうならない人と、差が出てくるかっていうと、同じ話を聴いても、聴き方、受け取り方が全然違うからなんです。受け取ったことを自分の人生に、どう応用していくかということだけの差なんです。
(中村天風)
天風は講演で、同じ話を聴いても人によって結果が分かれることを、繰り返し語りました。この言葉は、その理由を「聴き方、受け取り方」と「応用」の二点に絞っています。天風の教えは知識ではなく実践だったので、聴いて感心するだけの人と、翌朝から一つ試す人の差を、目の前で何度も見ていたのでしょう。同じ研修を受けた同期だけが伸びていくと感じたとき、能力の差だと思って落ち込みやすいものです。ただ、天風の見立てでは、差は「応用」にしかありません。学んだことの中から一つだけ、明日の仕事で試してみる。頭の良さではなく、その小さな行動の有無が、時間をかけて差になっていくのだと思います。
名言71【中村天風】資格を取ったのに満たされない自分に戸惑うときに
もし、知識だけを磨いて人間が幸せになれるなら、学問を一生懸命勉強した人はみんな幸福になれそうなもんじゃないですか。そして、学問を勉強しない人はみんな不幸であるべきはずだが、そうじゃないでしょう。
(中村天風)
天風は結核を治す道を求めて、アメリカやヨーロッパで最先端の医学を学ぼうとした人です。知識の探求には人一倍熱心でしたが、それでも病は治らず、心の持ち方を変えて初めて回復した経験が、この言葉の背景にあります。知識を否定しているのではなく、知識だけでは幸福に届かないと言っているのです。資格を取ったのに満たされない自分に戸惑うとき、勉強が足りないのだと思い込みやすいものです。ただ、天風の問いかけどおり、学問を積んだ人が皆幸せなわけではありません。知識に加えて、それをどう使い、どう感じて生きるか。その部分は試験のようには採点されないけれど、自分で育てられるものなのだと思います。
名言72【中村天風】朝五分の小さな習慣に自信が持てないときに
習慣づけなさい。習慣は第二の天性。
(中村天風)
出典:『中村天風一日一話』(PHP研究所)
『中村天風一日一話』は、天風会が天風の言葉を366話に編んだ本です。「第二の天性」という言い方には、生まれつきの性格は変えられなくても、習慣は後からつくれる天性だ、という励ましがこもっています。天風の心身統一法は、クンバハカや誦句など毎日の実践の集まりで、才能ではなく反復で人が変わることを前提にしていました。朝の五分だけ続けている小さな習慣に、こんなことで意味があるのかと自信が持てないときがあります。天風なら、その五分こそが天性を育てている最中だと言うでしょう。大きく変わろうとしなくて大丈夫です。すでに続いているものを、もう少しだけ続ける。それが、自分で選び直す天性のつくり方です。
名言73【中村天風】「今日こそ早起き」と決めて二度寝した朝に
自分自身への約束を破るくらい、大きな罪悪はない。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』のこの一節は、天風の言葉の中でも厳しい響きを持っています。ただ、天風が「罪悪」と呼んだのは、他人への迷惑ではなく、自分への信頼を自分で削ってしまうことでした。心身統一法は自己暗示を重んじますが、自分との約束を破り続けると、自分の言葉を自分が信じられなくなる。天風はその積み重ねを一番怖れていたのだと思います。「今日こそ早起き」と決めて二度寝した朝、罪悪感で一日が始まるのはつらいものです。だからこそ、約束の大きさを見直してみてもいいのかもしれません。守れる小ささの約束を立てて、それを守る。自分への信頼は、大きな決意ではなく、小さな約束を守った回数でできています。
名言74【中村天風】才能がないと言われて努力をやめそうになったときに
百歩譲って、いくら磨いても玉にならないとしてもだよ、磨かない玉よりはよくなるぜ。ここいらが非常に味のあるところじゃないか。
(中村天風)
天風の言葉の中で、いちばん優しい励ましの一つだと思います。積極心を説く天風なら「磨けば必ず玉になる」と言いそうなものですが、ここでは「玉にならないとしても」と、百歩譲っています。それでも磨かないよりはよくなる、と。「非常に味のあるところ」という言い方には、結果を約束できないことを正直に認めたうえで、それでも磨く価値を見つけた人の実感がこもっています。才能がないと言われて努力をやめそうになったとき、この言葉はゴールを約束しません。その代わり、昨日の自分より少しよくなった、という手応えだけは保証してくれます。玉になるかどうかより、磨いている今日を味わう。それも一つの生き方です。
名言75【中村天風】「もう若くないから」と新しい挑戦をためらったときに
四十や五十はもちろん、七十、八十になっても情熱を燃やさなきゃ。
(中村天風)
出典:『君に成功を贈る』(天風会)
天風がこの言葉を語ったのは、自分がすでに高齢になってからのことです。40代で辻説法を始め、1968年に92歳で亡くなるまで講演を続けた人ですから、口先だけの励ましではありません。『君に成功を贈る』は、天風の講演を若い世代に向けてまとめたもので、年齢を言い訳にしない姿を、自分の体で示しています。「もう若くないから」と新しい挑戦をためらったとき、天風の年表を思い出すと少し気が楽になります。天風の人生の本番は、40代から始まったのです。今の年齢で遅いと感じている挑戦も、天風の物差しでは、まだ準備期間にあたるのかもしれません。情熱は、年齢ではなく、燃やすと決めた人のところに残るものです。
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欲と仕事|欲を燃やし人間をつくる名言
名言76【中村天風】「もっと欲しい」と思う自分を責めた夜に
欲は全ての進化と向上の源泉である。欲を押さえつける必要など少しもない。求めれば求めるほど愉快になり、楽しくなるのが本当の欲である。しかも、人の喜びが自分の楽しみとなるものが最も尊い。この尊い欲の炎をもっともっと燃やすことである。
(中村天風)
天風は実業界で成功を収めたあと、1919年に地位も財産も手放して上野公園で辻説法を始めた人です。それでも欲を「捨てろ」とは言いませんでした。欲は進化と向上の源泉だから押さえつける必要はない、と言い切ります。ただし条件があります。求めるほど愉快になり、人の喜びが自分の楽しみになる欲こそ本物だ、と。昇進が欲しい、認められたい。そんな気持ちを卑しいと感じて自分を責めてしまう夜があるかもしれません。けれど、その欲の先に誰かの笑顔があるなら、それは燃やしていい炎です。欲を消す努力より、欲の向きを整える。天風の答えは、そのほうがずっと楽しいということでした。
名言77【中村天風】無欲になろうとして苦しくなったときに
絶対に出来ないことなのに、出来そうだと思って懸命に努力し、結果、それが悩みの種となるということの一つに「捨欲」、欲を捨てるということがある。
これには多くの人が気が付かないでいる。
(中村天風)
出典:『成功の実現』(日本経営合理化協会)
『成功の実現』の一節です。欲を捨てるのは絶対にできないことなのに、できそうだと思って懸命に努力し、それがかえって悩みの種になる。天風はそう見抜いていました。人間として生まれた以上、欲は生きる力そのものだからです。「物欲がある自分はまだ未熟だ」「もっと無欲でいたい」と自分に言い聞かせるほど、苦しさが増していく。そんな経験はないでしょうか。天風の言葉は、その苦しさの正体を教えてくれます。無理な目標を立てていたのは意志の弱さのせいではなく、目標のほうが間違っていたのです。捨てるのではなく、向きを選ぶ。そう考えるだけで、肩の力が少し抜けていきます。
名言78【中村天風】執着から抜け出せなくて疲れた日に
自分が世のため、人のためを考えていれば、そんなわがままな欲望や執着心は消えてしまうよ。
(中村天風)
「執着を手放しなさい」と言われても、簡単には手放せないものです。天風もそれを知っていました。だから、執着と真っ向から戦わせません。自分が世のため人のためを考えていれば、わがままな欲望や執着心は自然と消えてしまう、と語ります。心身統一法の根っこにある「観念要素の更改」は、悪い考えを消そうとするのではなく、積極的な考えで心を満たしていく発想です。この言葉も同じ構造をしています。あの人に勝ちたい、あの評価が欲しい。その気持ちを責める代わりに、「この仕事は誰の役に立つのか」を一度だけ考えてみる。視線の向きが変わると、握りしめていた手が緩むことがあります。
名言79【中村天風】スキルを積んでも自信が持てないときに
どこまでもまず人間をつくれ。それから後が経営であり、あるいはまた事業である。
(中村天風)
出典:『成功の実現』(日本経営合理化協会)
『成功の実現』は、天風が経営者たちに向けて語った講演をもとにした本です。その聞き手に向かって天風は、まず人間をつくれ、経営や事業はその後だ、と言い切りました。稲盛和夫が天風の言葉を京セラの経営スローガンに掲げたのも、この順番に共感したからでしょう。資格を取り、スキルを積み、それでもどこか自信が持てない。そんな感覚があるなら、足りないのは技術ではなく、土台のほうかもしれません。人間をつくるといっても、大げさなことではありません。約束を守る、嘘をつかない、機嫌よくいる。その積み重ねの上に、仕事は自然と乗ってきます。
名言80【中村天風】「忙しい」が口癖になってしまった週に
忙しいという字は、心に亡と書く。忙しくてしょうがねえというのは、おれは体ばかりで、心が亡くなっちゃったというのと同じことなんだから、これは恥ずかしいことなんだ。
(中村天風)
出典:『心を磨く』(PHP研究所)
忙しいという字は心に亡と書く。天風はこの字の成り立ちを引き合いに、忙しくてしょうがないと言う人は、体ばかり動いて心が亡くなっていると笑いました。べらんめえ調の裏に、心身統一法の核心があります。心が主で体が従、というのが天風の人間観だからです。予定が詰まり、返事に追われ、気づけば「忙しい」が挨拶がわりになっている。そんな週は誰にでもあります。恥ずかしいと言われると少し胸が痛みますが、天風の意図は責めることではないはずです。体が忙しくても、心まで手放さなくていい。深く息を吐いて、今日の一つを丁寧にやる。それだけで、心は戻ってきます。
名言81【中村天風】頼まれ仕事を引き受けて憂うつなときに
進んで持てば重荷も軽い。
いやいや持てば半紙も重い。
(中村天風)
天風の言葉の中でも、ひときわ短くて覚えやすい一つです。同じ荷物でも、進んで持てば重荷も軽く、いやいや持てば半紙一枚さえ重い。荷物の重さが変わったのではなく、持つ側の心が重さを決めている。これは心身統一法でいう積極心の、いちばん日常的な説明かもしれません。頼まれた雑務、気の進まない会議、断りきれなかった役割。引き受けた瞬間から憂うつになっている自分に気づくことがあります。そんなとき、荷物を減らす交渉も大切ですが、もう一つの選択肢があります。「どうせ持つなら、進んで持つ」と決めてしまうこと。持ち方を変えるだけで、同じ荷物が違うものになります。
名言82【中村天風】自分を大きく見せて疲れてしまったときに
鉛は鉛、金は金。鉛に金メッキして、俺は金だというような顔をしなさんな。
(中村天風)
鉛に金メッキをして金だという顔をするな。厳しく聞こえますが、天風自身が若い頃から自分を偽らなかった人です。軍事探偵として生死の境を歩き、結核で死を覚悟し、それでも「救われたい」という本音を隠さずに海を渡りました。だからこの言葉は、自分を低く見ろという意味ではありません。鉛なら鉛のままで堂々としていろ、ということです。経歴を盛る、知らないことを知っているふりをする。そうして疲れ切っている自分に覚えがあるなら、メッキを剥がすのは負けではありません。等身大の自分で立てたとき、人はようやく本当の力を出し始めます。
名言83【中村天風】頑張っても結果が出ないと感じる時期に
自分が知って知らずに関わらず、蒔いたとおりに花が咲く。
(中村天風)
蒔いたとおりに花が咲く。天風のこの言葉には「知って知らずに関わらず」という前置きがあります。自覚のあるなしに関係なく、日々の心の向きと行いは、そのまま結果として現れるという意味です。逆に言えば、今すぐ咲かないのは、まだ季節が来ていないだけかもしれません。努力しているのに評価されない、続けているのに変化が見えない。そう感じる時期は、種を蒔いた直後の土を見つめている状態に近いものです。芽が出ないからといって掘り返す人はいません。今日、どんな種を蒔いたか。それだけを確かめて眠れる日が続けば、花はいつか勝手に咲きます。
名言84【中村天風】朝から「今日はついてない」と思ったときに
だいたい天地自然が公平につくりだした日に、ある日が良くってある日が悪いなんてことあるかい。
(中村天風)
出典:『君に成功を贈る』(天風会)
『君に成功を贈る』の一節です。天地自然が公平につくった日に、良い日と悪い日があるはずがない。天風はそう言って、日を占うような心の癖を笑い飛ばしました。この言葉の土台には、外側の出来事ではなく、それを受け取る心が人生を決めるという天風哲学の根本があります。電車が遅れ、朝一番でミスをして、「今日はもうだめだ」と決めつけてしまう。その決めつけが、残りの時間まで暗くしていくことは、誰しも経験があるはずです。日は公平です。悪いレッテルを貼ったのは自分の心で、剥がせるのも自分の心です。午後からでも、一日は取り戻せます。
名言85【中村天風】誰かに答えを決めてもらいたくなる夜に
本当に価値の高い自分の人生を生きていこうと思ったらば、頼るな、すがるな。
(中村天風)
出典:『幸福なる人生』(天風会)
『幸福なる人生』の言葉です。頼るな、すがるな。突き放すように聞こえますが、その前に「本当に価値の高い自分の人生を生きていこうと思ったらば」とあります。天風は、他人の人生ではなく、自分の人生を生きる人に向けてこう言ったのです。天風自身、病を治すために名医や学者を頼り歩き、最後はヒマラヤ山麓で自分の心と向き合うことで癒えました。迷ったとき、誰かに決めてもらえたら楽なのに、と思う夜があります。相談することと、丸ごと預けることは違います。意見を聞いたうえで、最後の一歩は自分で踏み出す。その一歩の積み重ねが、自分の人生と呼べるものになっていきます。
名言86【中村天風】占いやお守りに頼りたくなる不安な時期に
大きな期待を胸に、自分の将来をプライドを持って築かんとする若人の中に、自分自身の人生を自分自身が活かさないで、相変わらず古くさい気持ちで、神だ仏だといって頼るようなことがあっちゃいけないんですぜ。
(中村天風)
若い人に向けた、天風らしい語り口の言葉です。将来をプライドを持って築こうとする若者が、自分の人生を自分で活かさずに神や仏にすがるのは違う、と言います。天風は信仰そのものを否定した人ではありません。ヨガの聖者のもとで悟りを得た人です。批判しているのは、自分の力を使わずに外側に丸投げする姿勢のほうでした。不安な時期に占いを見たり、お守りを買ったりするのは、心の支えとして自然なことです。ただ、支えと丸投げは違います。「あとは自分がやる」という一言を心の中に残しておく。その一言があるかどうかで、同じお守りが違うものになります。
名言87【中村天風】一人で抱え込むのが強さだと思っていたときに
孤立と独立は全然違う。独立は自己を正しく自覚した人間として最も尊い人生の在り方。しかし孤立は自然の法則に背くもので値打ちがない。
(中村天風)
出典:『真理のひびき』(講談社文庫)
『真理のひびき』の言葉です。頼るな、すがるなと説いた天風が、同時に「孤立は値打ちがない」とも言っている点が大切です。独立は自己を正しく自覚した人間のあり方。孤立は自然の法則に背く。天風は自ら辻説法に立ちながら、東郷平八郎ら多くの人に支えられて天風会を育てました。独立とは、誰にも頼らないことではなく、頼るべきときに頼れる自分でいることです。仕事を一人で抱え込み、助けを求めるのを弱さだと感じてしまう。そんなときこの言葉は、抱え込みの正体が強さではなく孤立かもしれない、と静かに教えてくれます。頼りながら立つ。それが天風のいう独立です。
愛と人間関係|憎い人はいないという名言
名言88【中村天風】不満ばかりが口をついて出る時期に
人が人の世のためを、本位として生きる時、その心の中に、卑しい不平不満の火は燃えない。
(中村天風)
人の世のためを本位にして生きるとき、卑しい不平不満の火は燃えない。天風は不平不満を「火」にたとえました。火は燃料がなければ消えます。その燃料が、自分本位の視線だと言うのです。とはいえ、不満を持つこと自体は悪いことではありません。給与、評価、人間関係。腹が立つのは、それだけ真剣に働いている証拠です。天風が指しているのは、その火に薪をくべ続けて、自分まで焦がしてしまう状態のことです。不満が口をつく時期には、一度だけ「この仕事は誰のためのものか」に視線を移してみる。燃料が変わると、火の質も変わってきます。
名言89【中村天風】職場に顔も見たくない人がいるときに
憎い人があろうはずがない。あなた方が何か憎らしいことを考えているだけだ。
(中村天風)
天風のもっとも知られた言葉の一つです。憎い人がいるのではなく、憎らしいことを考えているだけだ。ここで、あなたが悪いと言われているように感じたなら、その痛みは正当です。実際に傷つけられた事実まで、心の問題にすり替える必要はありません。天風が言いたかったのは、憎しみが続いている間、その人に心を占領され続けているのはこちらだ、ということでしょう。顔も見たくない相手のことを、家に帰ってまで考えてしまう。それがつらいのです。憎らしい「こと」を考える時間を、ほんの少し減らす。相手を許すためではなく、自分の心を取り戻すために。
名言90【中村天風】言い返したくなる場面が続いた日に
凡人は敵対し、優れし人は和合する。ケンカすることより、仲良くすることをまず考えなきゃだめですよ。
(中村天風)
凡人は敵対し、優れた人は和合する。天風は喧嘩することより、仲良くすることをまず考えろ、と言います。そんな天風ですが、若い頃は頭山満の玄洋社で「玄洋社の豹」と呼ばれた血気盛んな人物でした。喧嘩の強さを知り尽くした人が、晩年に和合を説いたのです。だからこれは、争いを避ける弱さの勧めではありません。言い返せば勝てる場面で、あえて和を選べる人の強さの話です。会議で否定され、メッセージにとげを感じ、言い返したくなる日があります。反射で返す前に一呼吸おく。その一呼吸の中に、天風のいう「優れし人」への入り口があります。
名言91【中村天風】苦手な後輩にだけ冷たくなってしまうときに
自分の気に入ったものだけかわいがって、気にいらないものはかわいがらない。そういうのは本当の愛情じゃないんだぜ。太陽のように、あれこれと選ばないで、普遍的な気持ちで愛さなければだめなんだよ。
(中村天風)
気に入ったものだけをかわいがるのは本当の愛情ではない。太陽のように選ばず愛せ。天風はよく太陽を持ち出します。天風の思想では、人の心の本質は大自然の調和と同じ性質を持つとされ、太陽はその象徴でした。とはいえ、人間は太陽ではありません。合う人と合わない人がいて当然です。この言葉は、好き嫌いをなくせという要求ではなく、態度を選び分けないでいよう、という提案として読むと、ぐっと現実的になります。気の合う後輩には丁寧に、苦手な後輩には素っ気なく。そんな自分に気づいたとき、態度だけ揃えてみる。気持ちは後からついてくることがあります。
名言92【中村天風】同期の活躍が素直に喜べないときに
自分の成功や幸福のことよりも、他人の成功や幸福を願い、かつそれに向けてまい進していけば、いつの間にか、自分も成功と幸福を掌中におさめることが出来るのです。
(中村天風)
他人の成功や幸福を願って進めば、いつの間にか自分も成功と幸福を手にする。きれいごとに聞こえるかもしれません。けれど天風自身が、実業界での成功を手放して人のために辻説法を始め、結果として100年続く教えを残した人です。この言葉には、その実感がこもっています。同期の昇進を知って、おめでとうと言いながら胸がざわつく。そんな自分を嫌いにならないでください。ざわつくのは、自分も前に進みたい証拠です。願うのは、無理にでなくていい。「あの人もうまくいくといい」と一度だけ思ってみる。その一度が、自分の心の風通しを変えていきます。
名言93【中村天風】何のために働いているか見失ったときに
人を喜ばせて、自分がまた、その人とともに喜ぶということがいちばん尊いことなんだ。
(中村天風)
出典:『盛大な人生』(日本経営合理化協会)
『盛大な人生』の言葉です。人を喜ばせ、その人とともに自分も喜ぶ。それがいちばん尊い、と天風は言います。辻説法を始めた頃の天風は、毎日腰に握り飯を下げて上野や芝の公園に立ち続けたと伝わります。それを続けられたのは、目の前の一人が救われる喜びが、そのまま天風自身の喜びだったからでしょう。数字に追われ、何のために働いているのか分からなくなる時期があります。そんなとき、自分の仕事の先で誰が喜んでいるかを一人だけ思い浮かべてみてください。お客様でも、同僚でも、家族でもかまいません。その一人の顔が浮かんだとき、仕事は少しだけ、尊いものに戻ります。
名言94【中村天風】自己啓発に疲れて虚しくなった夜に
修養は、ただ単に自分の幸福のためにするんじゃない。自他の幸福のためにするんだ、という広い意味を忘れてはいけない。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』の一節です。修養はただ自分の幸福のためにするのではなく、自他の幸福のためにするのだ、と。この本は大谷翔平選手が渡米前に熟読していたと報じられ、多くの人が手に取りました。読書、勉強、朝活。自分を高める努力を続けているのに、どこか虚しい。そんな夜があるなら、この言葉が効くかもしれません。天風は修養の目的を、自分一人の枠から外しました。成長した自分で、誰を楽にできるか。その視点が入った瞬間、努力は義務から贈り物に変わります。今日学んだことを、明日誰かに一つ話してみる。修養の輪が、自分の外へ広がりはじめます。
名言95【中村天風】善意の提案が通らなくて落ち込んだときに
本当の気持ちで人のためを思ってする仕事が、駄目とはいかなる理由か。人によいことを奨め、人を幸福にすることがなぜ駄目なのか。否、駄目とか、駄目ではないとかは考えない。ただ人を幸福にすれば良いのだ。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』の中でも、天風の信念がむき出しになった一節です。人のためを思ってする仕事が駄目なはずがない。駄目かどうかは考えない、ただ人を幸福にすればいい。天風が辻説法を始めたとき、社会的地位を捨てた行動を周囲がどう見たかは想像に難くありません。それでも「駄目かどうか」を考えなかったから、続いたのでしょう。良かれと思って出した提案が却下され、善意が空回りしたように感じる日があります。落ち込んで当然です。ただ、通らなかったことと、間違っていたことは別です。人のためという軸がぶれていないなら、出し方を変えて、また出せばいい。
名言96【中村天風】誠実に接しても報われないと感じるときに
誠と愛の心を以って、万事万物に接する時、期せずしてそれは光明となるのが必至である。
(中村天風)
出典:『真人生の探究』(天風会)
『真人生の探究』の一節です。誠と愛の心で万事万物に接するとき、それは期せずして光明になる。「期せずして」という言葉が要です。見返りを計算せずに接したときにだけ、結果として光が生まれる、と天風は言います。誠実にやっているのに報われない、と感じるときは、心のどこかで「これだけやったのだから」と帳簿をつけているのかもしれません。それは人として自然なことです。ただ、帳簿を閉じたときのほうが、不思議と人は寄ってきます。今日一日だけ、見返りを数えずに接してみる。光明は、こちらが探すのをやめたときに、向こうから差してくることがあります。
名言97【中村天風】自分は根っから駄目なのではと思う日に
人間の心の本質というものは、真・善・美という尊いもので、それは大自然の調和と同様なものなのである。
(中村天風)
人の心の本質は真・善・美という尊いもので、大自然の調和と同じだ。天風哲学の土台にある人間観です。天風は結核と死の恐怖の中で、心の奥にあるものを探し続け、ヒマラヤ山麓の修行の末にこの確信に至りました。自分は根っから駄目なのではないか。失敗が続くと、そんな考えが心に住み着くことがあります。天風の答えは明快です。駄目なのは表面に積もった観念であって、本質ではない。心身統一法の実践は、その積もったものを取り除く作業だとされます。自分を責める声が大きい日は、その声の下にもう一つ静かな声があることを思い出してみてください。
名言98【中村天風】決断の基準が増えすぎて動けないときに
現在も永久にも、自分がやましい気持ちを感じないというものこそ、本心良心のあらわれ。
自分の言葉や行いは常に本心良心そのままという気持ちを心がけの第一とされたい。
(中村天風)
出典:『心を磨く』(PHP研究所)
『心を磨く』の言葉です。現在も永久にも、やましさを感じないもの。それが本心良心のあらわれだと天風は言い、言葉と行いを常にそこに置くことを心がけの第一に挙げました。判断基準として、これほどシンプルなものはありません。損か得か、評価されるかどうか、誰が喜ぶか。決断のたびに基準が増え、かえって動けなくなることがあります。そんなとき「十年後の自分がやましく思わないか」という一つの問いに絞ってみる。答えは意外と早く出ます。正解を選ぶのではなく、やましくないほうを選ぶ。天風のいう本心良心は、迷いを減らすための道具でもあります。
名言99【中村天風】理不尽な扱いを受けて心が荒れそうなときに
いかなる場合にも、心を清く、尊く、強く、正しく持たねばならない。
(中村天風)
出典:『運命を拓く』(講談社文庫)
『運命を拓く』の一節です。いかなる場合にも、心を清く、尊く、強く、正しく持つ。天風の教えの中心は、常にこの「心の持ち方」でした。「いかなる場合にも」という前提が重いのは、天風自身が理不尽の極みを生きた人だからです。戦地で死線をくぐり、帰国後に不治とされた病を得て、それでも心を手放しませんでした。理不尽な扱いを受けたとき、同じ土俵で荒れてしまいたくなるのは自然な反応です。天風が求めるのは我慢ではなく、心の在り方の主導権を相手に渡さないことです。荒れそうな夜に、この四つの言葉を一度だけ口にしてみる。それだけで、少し違います。
名言100【中村天風】100の言葉を読み終えた今日この日に
いついかなる時といえど、心の尊さと強さと正しさと清らかさを失っちゃいけないのであります。
(中村天風)
出典:『君に成功を贈る』(天風会)
『君に成功を贈る』の一節で、名言99と同じ四つの心を、天風の語り口そのままで伝えています。「失っちゃいけないのであります」という口調には、講習会で目の前の聴衆に語りかける天風の声が残っています。100の言葉を辿ってきて、気づかれたかもしれません。天風の教えは、ほとんど一つのことを言い続けています。出来事ではなく、心の置きどころが人生をつくる、ということです。尊さと強さと正しさと清らかさ。全部を一度に持てなくてかまいません。今日、この中の一つだけを心に置いてみる。それが天風の言う「心の置きどころ」を、自分の手で動かす最初の一歩です。
中村天風についてよくある質問
中村天風とはどんな人ですか?
1876年東京生まれ、本名は中村三郎。日露戦争前後に軍事探偵として満州で活動し、帰国後に重い肺結核を患います。救いを求めて欧米を巡り、帰路のエジプトでヨガの聖者カリアッパ師と出会い、ヒマラヤ山麓での修行を経て病を癒しました。帰国後は実業界で成功しますが、1919年に地位と財産を手放して上野公園で辻説法を開始。生涯を「心身統一法」の普及に捧げ、1968年に92歳で亡くなりました。
心身統一法とは何ですか?
天風が自身の体験と研究から組み立てた、心と体の力を十分に発揮するための理論と実践法です。核になるのは「積極心」、つまり心の態度をいつも積極的に保つこと。そのために、良い観念を心に入れる「観念要素の更改法」、日常の言葉や態度を積極に向ける「積極観念の養成法」、衝撃から心を守る「クンバハカ」、雑念を離れる「安定打坐法」などが体系化されています。現在も公益財団法人天風会が講習会を開いています。
中村天風の教えを学んだ有名人は誰ですか?
天風会の記録では、東郷平八郎、原敬、作家の宇野千代、横綱の双葉山、野球監督の広岡達朗、経営者の松下幸之助、稲盛和夫などが挙げられています。稲盛和夫は『研心抄』の一節「新しき計画の成就は只不屈不撓の一心にあり」を1982年の京セラの経営スローガンに掲げ、日本航空再建でも社員に語りました。近年では松岡修造、『運命を拓く』を愛読した大谷翔平選手が知られています。
中村天風の本はどれから読めばいいですか?
入口としては講談社文庫の『運命を拓く』がおすすめです。天風の瞑想録をもとにした一冊で、大谷翔平選手の愛読書として知られ、文庫で手に取りやすいのが利点です。天風の語り口をそのまま味わいたいなら、日本経営合理化協会の『成功の実現』『盛大な人生』『心に成功の炎を』の三部作へ進むと、講演の熱がそのまま伝わってきます。ほかに天風会から『真人生の探究』『研心抄』などの原典も刊行されています。
「怒らず恐れず悲しまず」とはどういう意味ですか?
天風の教えの中でも広く知られる「三勿三行(さんこつさんこう)」の前半です。全体は「今日一日、怒らず、恐れず、悲しまず。正直、親切、愉快に」。三つの「勿(なかれ)」で消極的な感情に心を支配されないことを、三つの「行」で日常の態度を示しています。感情を無理に押し殺せという意味ではなく、心の主導権をそれらに渡さない、という心の置きどころの教えです。天風会では一日の誓いの言葉として唱えられています。
まとめ
100の言葉を辿ってきて、天風が言い続けていたことは、案外ひとつだったと気づかれたかもしれません。出来事ではなく、心の置きどころが人生をつくる。地位も財産も手放して公園の石の上に立った人が、生涯かけて伝えたのはそのことでした。気合いを入れろとか、根性で乗り切れとか、そういう話ではありません。同じ荷物をどう持つか、同じ一日をどう受け取るか。その「置きどころ」は、いつでも自分の手で動かせるという知らせです。
全部を実践しようとしなくて大丈夫です。100のうち、今日いちばん胸に残った一つだけを持ち帰って、明日の朝に一度だけ試してみてください。頼まれ仕事を進んで持ってみる。「今日は悪い日」という決めつけをやめてみる。それで何かが変わったら、また次の一つへ。この記事で得られた視点をひとことで言えば、人生は出来事ではなく、心の置きどころで決まる、ということです。