
つらい時に励まされる名言15選|逆境を乗り越えた偉人の言葉
つらい時に励まされる名言を15個厳選。被爆・人質・大怪我など、並大抵ではない逆境を乗り越えた偉人たちのエピソードとともに、明日へ踏み出す言葉を紹介します。
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仕事の失敗、人間関係のもつれ、先の見えない不安。つらい時は、どんなに前向きな人にも訪れます。そんなとき、同じように苦しみ、それでも立ち上がった人の言葉は、そっと肩を貸してくれます。
このページで紹介するのは、被爆、人質、大怪我、貧困。並大抵ではない逆境をくぐり抜けてきた人たちの15の言葉です。
名言だけを並べるのではなく、「その人がどんな逆境を、どう乗り越えたのか」というエピソードまで掘り下げて紹介します。言葉の背景を知ると、同じ一言がまるで違う深さで届くはずです。
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つらい時に励まされる名言15選
ここから、15の言葉を紹介していきます。
名言1【美輪明宏】つらさの意味が見えず心が折れそうなとき
辛い思いはすべてプラスになる。苦しかったこと、悲しかったことが、いつか必ず花開く時が来る。辛いこと、悲しいことは幸せになるための必要事項。
(美輪明宏)
美輪明宏さんは10歳のとき、長崎の自宅で被爆しました。焼け野原となった街を歩き、地獄のような光景を目に焼き付けた少年は、戦後、歌手としてデビューします。しかし中性的な姿は「シスターボーイ」と揶揄され、激しいバッシングにさらされました。ブームが去った後の不遇の時代も歌い続け、やがて歌でも舞台でも唯一無二の存在として返り咲きます。原爆、差別、没落。その全部をくぐり抜けた人が「幸せになるための必要事項」と言い切るのですから、重みが違います。今の苦しさは、無駄に積み上がっているのではなく、花開く日のために根を張っている時間なのかもしれません。報われない努力も、いつか「あれがあったから」と言える日が来る。そう信じられたとき、つらさは意味を持ち始めます。
名言2【本田宗一郎】失敗続きで自信を失ったとき
成功は99%の失敗に支えられた1%だ。
(本田宗一郎)
ホンダの創業者・本田宗一郎は、戦争末期、経営していた東海精機の工場を地震で失っています。持ち株をトヨタに売却して会社を手放し、「人間休業」と称して約1年間、あえて何もしない時期を過ごしました。再起後に興した本田技研工業でも、試作と失敗の繰り返し。世界のホンダを築いた本人が、成功は1%だと語り続けたのは、謙遜ではなく実感だったのでしょう。この言葉の救いは、失敗を成功の反対語ではなく、成功の材料と定義し直しているところにあります。うまくいかなかった企画も、不合格だった試験も、99%の側に積み上がっているだけで、捨て札ではありません。今日の失敗を「1%に近づいた」と数え直せる人は、つらい時期の過ごし方そのものが変わっていきます。
名言3【西本幸雄】楽な道に逃げたくなったとき
辛い方を選べ。楽な方はいつでも選べるんや
(西本幸雄)
プロ野球で大毎・阪急・近鉄の3球団を率い、リーグ優勝8回。しかし日本シリーズでは一度も勝てず、「悲運の名将」と呼ばれたのが西本幸雄さんです。本人はその呼び名を否定し、「本当に悲運なら戦争で死んでいる。あえて言うなら幸運な凡将」と語りました。日本一への挑戦に8度敗れてなお辛い道を選び続け、山田久志さんや福本豊さんら球史に残る名選手を育て上げています。楽な方は、いつでも選べる。だからこそ後回しにしていい。この理屈は、資格の勉強を始めるか迷う夜や、言いにくい報告を抱えた朝に、そのまま使えます。迷った時点で、本当はどちらが自分のためになるか、心は知っているものです。辛い方を選ぶ習慣が、少しずつ、揺らがない自分を作っていきます。
名言4【星野富弘】つらさの出口が見えないとき
辛いという字がある。もう少しで、幸せになれそうな字である
(星野富弘)
1970年6月、中学校の体育教師になってわずか2カ月。星野富弘さんはクラブ活動の指導中に宙返りで頭から落ち、頸髄を損傷して手足の自由を失いました。24歳からの入院生活は9年間。その中で口に筆をくわえて絵と文を書き始め、花の詩画作家として多くの人の心を支える存在になっていきます。「辛い」という字に横棒を一本足せば「幸」になる。この発見が言葉遊びに聞こえないのは、動かない体で一字一字を口で書いてきた人の言葉だからです。つらさと幸せは、正反対の場所にあるのではなく、一本の線ほどの距離で隣り合っている。今がどれほど苦しくても、幸せまでの距離は案外近いのかもしれません。足りない「あと少し」は、大きな変化ではなく、今日の小さな一歩の中に隠れているものです。
名言5【日野原重明】どん底で自分を見失いそうなとき
人間というのは不思議なもので、苦しいとき、逆境のときにこそ自分の根源と出会うことができるのです
(日野原重明)
出典:『生きていくあなたへ 105歳 どうしても遺したかった言葉』(幻冬舎)
1970年3月、学会に向かう飛行機に乗った医師・日野原重明さんは、日本初のハイジャックとなったよど号事件に巻き込まれます。3日以上機内に拘束され、韓国・金浦空港でようやく解放されました。地面を踏んだ瞬間に感じたのは「このいのちは与えられたいのちだ」という実感。以後、人のため社会のために生きると決め、105歳で亡くなるまで現役の医師であり続けました。命の瀬戸際という逆境が、この人に自分の根源を出会わせたのです。順風の日々では、自分が何を大切にしているかは案外見えません。それが見えてくるのは、思い通りにならない時です。今あなたが苦しさの中で「本当はどう生きたいのか」と問うているなら、それは根源に近づいているサインです。逆境は、自分の芯とつながり直す入り口にもなります。
名言6【マリリン・モンロー】自分だけが苦しいと感じるとき
誰もがそれぞれつらい問題をかかえているわ。胸をしめつけられるような問題を抱えながら、それを周囲に知られないようにしている人たちだっているのよ
(マリリン・モンロー)
20世紀を代表するスター、マリリン・モンローは、輝かしいイメージとは正反対の子ども時代を過ごしています。父は生まれる前に去り、母は精神的に不安定で入退院を繰り返したため、彼女は孤児院と里親の家を転々として育ちました。誰よりも華やかに見えた人が、誰よりも過酷な生い立ちを抱えて生きていた。だからこの言葉は、他人事の慰めではなく、当事者の告白なのです。SNSで楽しそうな同僚も、順調に見える友人も、画面に映らない部分で何かを抱えているかもしれません。つらいのは自分だけだという孤独感は、相手の「見えている部分」とだけ比べることから生まれます。みんな、見せていないだけ。そう気づくと、自分のつらさを恥じる必要も、独りで抱え込む必要もなくなっていきます。
名言7【萩本欽一】無理に前を向こうとして疲れたとき
悪いことがあったら落ち込んで泣いて受け入れろ。人生とはそういうもんだ
(萩本欽一)
「視聴率100%男」と呼ばれ、テレビの黄金時代を作った萩本欽一さん。多くの人を笑わせ続けた人の哲学は、意外にも「落ち込んで泣いて受け入れろ」でした。萩本さんは運についての持論でも知られ、悪いことから逃げずに引き受けた先に良いことが来ると語り続けています。73歳で駒澤大学に入学するなど、いくつになっても挑戦をやめない姿勢も、この受け入れる力と地続きでしょう。つらいとき、私たちは「早く元気にならなきゃ」と焦りがちです。けれど無理に張った空元気は、たいてい長持ちしません。まず落ち込む。ちゃんと泣く。それは弱さではなく、人生とはそういうもんだと認める強さです。感情を出し切った後にしか来ない回復があります。今夜は前を向かなくていい。そう自分に許可を出すことも、立派な乗り越え方の一つです。
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名言8【野口英世】境遇のせいにしたくなるとき
家が貧しくても、体が不自由でも、決して失望してはいけない。人の一生の幸も災いも自分から作るもの。周りの人間も、周りの状況も、自分から作り出した影と知るべきである。
(野口英世)
野口英世は1歳半のとき、囲炉裏に落ちて左手に大火傷を負いました。貧しい農家に生まれ、指が癒着した左手をからかわれる少年時代。しかし周囲の支援で受けた手術で左手が使えるようになると、医学の力に感動し、猛勉強の末に医師となり、世界的な細菌学者へと駆け上がっていきます。貧困と障害という、本人にはどうしようもない境遇。それでも「幸も災いも自分から作るもの」と言い切るところに、この人の凄みがあります。境遇を嘆く時間を、境遇の中で何ができるかに振り向けた人生でした。思い通りにならない環境にいるとき、「周りが悪い」と考えるのは自然なことです。ただ、その解釈だけでは一歩も動けなくなってしまう。変えられない条件の中で、変えられるものを探す。その視点の切り替えが、災いを幸の材料に変えていきます。
名言9【本田圭佑】現実を受け入れられないとき
「現実を認めたくない」自分がいて、「現実を受け入れろ」という自分もいる。現実を認めなければ、今を生きることができないですから。
(本田圭佑)
サッカーの本田圭佑選手は、エリート街道を歩んできたように見えて、原点に大きな挫折があります。ガンバ大阪のジュニアユースに所属しながら、ユースへの昇格を認められなかったのです。本人が人生最大の挫折と振り返るこの経験。しかし彼は現実から目を背けず、高校サッカーの道を選び直し、そこから日本代表の中心選手にまで上り詰めました。この名言の正直さは、「認めたくない自分」の存在を消していないところにあります。強い人だから現実を受け入れられるのではなく、認めたくない気持ちと、受け入れろという声の間で揺れながら、それでも認める方を選ぶ。失恋も、左遷も、不合格も、認めた瞬間は痛いものです。けれど認めた人だけが、「では今から何をするか」という、今日のスタートラインに立てるのです。
名言10【光浦靖子】今いる場所がすべてに思えるとき
世界はここだけじゃない
(光浦靖子)
お笑い芸人として約30年活躍した光浦靖子さんは、2021年、50歳でテレビの世界を離れ、単身カナダへ語学留学しました。知り合いも収入のあてもない土地で、自分を誰も知らない環境に飛び込んだのです。留学後のインタビューでは、面白いかどうかがすべてだった世界を離れ、人の魅力はそれだけではないと気づけたと語っています。「世界はここだけじゃない」は、それを実際にやってみせた人の言葉だからこそ響きます。今いる会社、教室、コミュニティ。つらいとき、私たちはそこでの評価が人生のすべてだと思い込みがちです。けれど、その物差しが通用しない場所は、世界に無数にあります。実際に海を渡らなくてもいい。別の場所があると知っているだけで、今いる場所のつらさは、絶対的なものから相対的なものへと変わっていくのです。
名言11【徳川家康】足りないものばかり数えてしまうとき
不足を常とすれば不足無し。心に欲求が生じたら困窮していた時を思い出すべし
(徳川家康)
徳川家康は6歳で織田家、8歳から19歳までは今川家の人質として、少年時代のほぼすべてを他家で過ごしました。自分の城にも帰れず、命の保証もない十数年。この「足りないことが当たり前」の日々を土台に、家康は焦らず好機を待ち続け、最後に天下を取りました。不足を基準にすれば、不足はなくなる。逆に、満ち足りた状態を基準にすれば、どれだけ手にしても不満は消えません。この言葉が現代に刺さるのは、私たちが「もっと」を基準に生きやすい時代だからです。収入も、評価も、フォロワーの数も、上を見ればきりがない。つらさの正体が、実際に足りないことではなく、基準が高すぎることである場合は意外に多いものです。一番苦しかった時期を思い出してみると、今持っているものの多さに、ふと気づけることがあります。
名言12【ナポレオン・ヒル】逆境に意味を見いだせないとき
失敗や逆境の中には、全てそれ相応かそれ以上の、大きな利益の種子が含まれている。
(ナポレオン・ヒル)
出典:『思考は現実化する』(きこ書房)
『思考は現実化する』の著者ナポレオン・ヒルは、1883年、米バージニア州の山あいの丸太小屋に生まれました。家は貧しく、9歳で母を亡くして荒れた少年は、継母に可能性を信じてもらったことで変わり、13歳から新聞記事を書いて働き始めます。後に鉄鋼王カーネギーの勧めを受け、500人以上の成功者を20年かけて調査。そこから導いた結論の一つが、この言葉でした。成功者たちに共通していたのは、逆境に遭わなかったことではなく、逆境の中から種子を拾い上げたことだったのです。失敗した仕事には、次に活きる教訓が。失った関係には、本当に大切な人を見分ける目が。種子は、探す人の目にしか見えません。今の逆境にどんな種が埋まっているか。一つでも見つけられたら、その逆境はもう、ただの不運ではなくなっています。
名言13【魔裟斗】逃げ道ばかり探してしまうとき
逃げたいけどでも一番辛い道を行くのが、成功への一番の近道だと俺は気付いたんだ
(魔裟斗)
格闘家の魔裟斗さんは、2003年に日本人として初めてK-1 WORLD MAXの世界王者になりました。しかしその後は王座から遠ざかり、奪還までに5年。2008年、日本武道館の決勝を制し、2度目の頂点に立ちました。過酷な減量、終わりのない練習、強敵との対戦。逃げ道はいくらでもあった中で、一番辛い道を選び続けた末の「気付いたんだ」という言葉には、体験の裏打ちがあります。注目したいのは、彼が「逃げたいけど」と認めているところです。逃げたい気持ちは、あっていい。その上でどの道を行くかだけが問題なのです。ジムに行くか迷う夜、難しい案件から降りたくなる午後。一番辛い選択肢は、たいてい一番成長できる選択肢と同じ顔をしています。近道は、実は険しい方に隠れているのです。
名言14【竹内まりや】晴れない日々が続くとき
人生に晴れの日は少ない、辛いこともたくさんある。そんな中でいかに日常を楽しむかが、私のモットー
(竹内まりや)
「元気を出して」などの名曲で知られる竹内まりやさんは、デビュー後の人気絶頂期に喉を痛め、アイドル的な売り出しと自分のやりたい音楽とのギャップにも悩み、1981年末に活動を休止しています。結婚後は家庭を軸に置きながら、楽曲提供や自身の作品づくりを自分のペースで続け、数十年にわたって愛される曲を生み出し続けてきました。華やかな世界の第一線を知る人が、モットーに掲げるのは「いかに日常を楽しむか」。人生に晴れの日は少ない、という現実の認識から出発しているのが、この言葉の優しさです。特別な祝福の日を待つのではなく、雨の日の中に小さな楽しみを作る。つらい時期こそ、朝のコーヒーや帰り道の音楽のような、天気に左右されない楽しみが心を守ってくれます。
名言15【孔子】歩みの遅さに焦るとき
止まりさえしなければ、どんなにゆっくりでも進めばよい。
(孔子)
約2500年前の中国。孔子は理想の政治を実現するため、50代半ばから約14年間、弟子たちと諸国を巡る旅を続けました。どの国にも受け入れられず、旅の途中で食糧が尽きる苦難にも遭った。それでも歩みを止めなかった思索は『論語』として結実し、2500年後の今も読み継がれています。孔子の言葉として伝えられるこの一文は、そんな生涯とよく響き合います。つらい時期は、前に進んでいる実感が持てなくなる時期でもあります。周りと比べれば、自分の歩みは止まっているようにすら見える。けれど、比べるべきは他人の速度ではなく、昨日の自分の位置です。1日1ページの読書も、5分の散歩も、進んでいることに変わりはありません。ゆっくりでも進み続けた人だけが、いつの間にか遠くまで来ていたことに気づくのです。
名言から見える、逆境を乗り越える3つの視点
15人の逆境の乗り越え方を並べてみると、共通する3つの視点が浮かび上がってきます。
1. つらさを否定せず、まず受け入れる
萩本欽一さんの「落ち込んで泣いて受け入れろ」、本田圭佑選手の「現実を認める」。乗り越えた人たちは、つらさを見なかったことにせず、まず認めるところから始めています。受け入れることは敗北ではなく、再出発の準備です。
2. 逆境そのものを、次の材料に変える
本田宗一郎の「99%の失敗」、ナポレオン・ヒルの「利益の種子」、星野富弘さんの詩画。逆境は避けるものではなく、そこから何かを拾い上げるものとして扱われています。拾い上げた人にとって、つらい経験は資産に変わります。
3. 今いる場所と今の速度を、絶対視しない
光浦靖子さんの「世界はここだけじゃない」、徳川家康の「不足を常とすれば」、孔子の「止まりさえしなければ」。視点をずらし、基準を変え、速度を比べない。つらさの多くは、物差しを持ち替えるだけで軽くなります。
つらい時の名言に関するよくある質問
Q1. つらい時にまず読みたい名言はどれですか?
「辛いという字がある。もう少しで、幸せになれそうな字である」(星野富弘・名言4)がおすすめです。短くて覚えやすく、つらさと幸せの距離を捉え直す視点を一瞬で与えてくれます。
Q2. 名言を読むだけで、つらい状況は変わりますか?
状況そのものは変わりませんが、状況の見え方は変わります。特に、その人がどんな逆境をどう乗り越えたかというエピソードごと知ると、「この人にできたなら」という感覚が生まれ、次の一歩を踏み出す力になります。
Q3. 座右の銘にしたい逆境の名言はありますか?
「辛い方を選べ。楽な方はいつでも選べるんや」(西本幸雄・名言3)は、迷った場面でそのまま使える行動指針です。日々の小さな選択に効くので、座右の銘として機能しやすい一言です。
まとめ
15の名言に共通していたのは、つらさを消す魔法ではなく、つらさとの付き合い方でした。受け入れて、材料に変えて、物差しを持ち替える。どれも、特別な才能がなくても真似できる姿勢です。
今日のあなたに必要な一言が、この中に一つでもあれば嬉しいです。その言葉を胸に、どんなにゆっくりでも、また進んでいきましょう。
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毎朝、あなたに響く
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※主要名言アプリにおける偉人の名言収録数 No.1(2026年6月、自社調べ)
7:12
6月18日(水)
人生に遅すぎることはない。今日、新しい何かを始めることができる。
— ジョージ・エリオット












